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優勝と準優勝は全然違う?女子サッカーについて考える
- 優勝と準優勝は全然違う。準優勝は敗者の中で一番上っていうだけ。
- 順位は度外視で試合が感動的だったから、優勝でも準優勝でもどっちでもいいって考え方なのかな?こんなこと言う人って。
- でもそういうアホは女子サッカーが予選敗退だったとしても「感動をありがとう」とか言うのか?絶対に言わないだろ。
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こんにちは。 とても良い指摘です。 柔道の谷亮子選手。 初めの二回のオリンピックでは決勝戦で負けて銀メダルでした。 その時、彼女がポツンと言いました。 『金メダリストと銅メダリストは勝って喜びの表情で表彰台に登る。 ところが銀メダリストだけは違う。 試合に負けて表彰台。 だから残念賞かな~?』 そして三回目のシドニーとその次のアテネで金メダル。 ママとなって出た北京では銅メダルでした。 最後の銅メダルって『良く頑張りましたね』【努力賞】というところでしょうか。 金メダルは勝って貰うメダルで銀メダルは負けて貰うメダル。 当然表彰台に立った時の気分は大違い。 後になって見ればどちらも大差はないでしょう。 しかし表彰式での気分は天と地ほどに違っているのではないでしょうか。 負けて嬉しいはずはないのですから。
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- fujic-1990
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> 「あそこまで行ったら優勝も準優勝も同じ。」←こんなこと言っている人 『こんなこと言っている人』って、選手や監督、強化予算を握っている人など、いわゆる「関係者」ではないのですよね? だったら、「思いやり」ですよ。 蓮舫は仕分け担当者、つまり予算を握る人間です。 蓮舫と同じく予算を左右する権限を持つ立場の人間が、努力を始める前の選手に向かって「おまえら、優勝なんてできなくたっていい」と言うのと、 声援を送ってきたファンが、優勝を目指して本当にがんばってきたけど優勝はできなかったという選手にむかって、結果が出てしまった後に「優勝なんてできなくたっていい」と言うのとは全然違います。 蓮舫の発言は、翻訳すると「優勝に大した価値はない。優勝狙いの予算はあげない」という意味です。優勝の価値をたいして認めないんです。「第1位はすばらしいことだ」なんて思っていない。 後者の発言は、「準優勝でも(がんばる姿を見せてくれたので)、優勝と同じ価値があった」という意味です。優勝の価値を認めているんです。「第1位はすばらしいことだ、なんて一々言わなくても当たり前だ」くらいに高く評価して、の話です。 2つは、まったく別物です。「真逆だ」と言ってもいいくらいでしょう。 > でもそういうアホは女子サッカーが予選敗退だったとしても「感動をありがとう」 >とか言うのか? 私は、サッカーには興味がないので、優勝しても言いません。感動しませんから。でも、ワールドカップ男子サッカー見物に、会社を辞めて渡欧した人間を知っています。 某氏はノーベル文学賞をもらっていますが、私には彼の人間性も作品も軽蔑の対象でしかない。 AKBのがんばりぶりに感動する人もいる。 そういうケースは実に多いです。 つまり、「人間、何に興味を持ち、何に感動するか分からない。人それぞれだ」という現実を私は知っていますので、ホントに『感動したなら「感動をありがとう」とか言う』だろうと思いますよ。
- lions-123
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>準優勝も優勝も変わらないってのは蓮舫と同じ思考? ↓ 確かに真理・深層心理をズバッと突い た鋭い質問&指摘だと思います。 ・世の中にはびこる良い子・優等生的対応の一種、ミエミエのお世辞やタテマエ論の類 ・経過が大切で、結果は二の次という精神論や慰め(本当にそうは思っていないのに) ・応援や視聴のエネルギーを単なる徒労にしたくない自分への納得感を導き出す為の美辞麗句の類。 ・甲子園の野球でも、オリンピックでも優勝&金メダルの評価や報道に比べ扱いの差は一目瞭然であり、それは時間経過で更に雲泥の差、NOー1以外は記憶は薄れ忘れされがち。 ・皆が格差や接遇の差を知っていながら、労り慰めの積りでの偽善者発言だろうが、ある種の嫌味、あるいはお情けは余計なお世話と受け取られることも・・・