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大相撲の歴代ベスト3は?

大相撲は輪島さんくらいの時代から見てますけど、最強は朝青龍かなっておもいますけど、みなさんはどうおもいますか?私の中では圧倒的かなっておもってます。 白鵬も朝青龍よりは劣るでしょうから、朝青龍が途中でああいう形でいなくならなければあんなに優勝してないとおもいます。 ベスト3でいえば 1、朝青龍 2、千代の富士 3、貴ノ花(二代目)  異論お待ちしてます(笑)

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  • eroero4649
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回答No.12

1.二代目貴乃花 若貴時代が、大相撲のあるピークの時代だったようにも思います。ベビーフェイス(正義役)としての若貴兄弟がいて、ヒール(悪役)として曙がいて、他にももしかしたら不世出の業師舞の海、玄人好みのイケメン力士寺尾、エンターテナーとしての役割だった水戸泉と、今思うとお客さんを集められる役者が揃っていましたね。 あの頃の貴乃花ときたらもう今の若い人には想像できないような「スポーツ・スーパースター」でした。プロ野球のONやサッカーのキングカズにも匹敵するようなスター選手(力士)だったといえるでしょうね。なにしろ、全盛期の宮沢りえを抱いたんだからなあ。同世代の男たちの羨望とやっかみを受けずにはいられません。俺は死ぬまでいうぞ、「サンタフェの頃の宮沢りえと愛のあるセックスをしてた」ちくちょう、羨ましいったらありゃしない。 そんなやっかみを受けるわけですし、当時としては常に一番の懸賞金がかかる(単純な懸賞金の本数では今のほうが多いそうですが)取組だったので、対戦力士はみな対貴乃花戦をピークにしていたそうです。本人からすれば、毎日やる相手が常に自分との戦いでコンディションを最高に持ってくるわけですからたまりません。そういった中でああいう成績を収めていたわけですからね。 思い出に残るといえばなんといってもあの武蔵丸との優勝決定戦。勝った後のあの鬼神の表情を見て、「鎌倉時代の仏師はこの一瞬の表情を捉えて作品を作ったんだ」と鳥肌が立ちましたよ。「あの表情は、想像のものではなく、真実の表情だったんだ」と。しかし、伝説の一戦の見返りとして、あれで力士生命は断たれてしまいましたね。 2.(全盛期の)小錦 体重過多で膝を痛め、晩年はボロボロとなってしまった小錦ですが、大関に上がるくらいの「黒船」と呼ばれていた頃の小錦はまさに「チート」とか「無双」という言葉が似合う状態だったのではないでしょうかね。 ヘビー級ボクサーや関取のパンチ力は、1トンくらいになるそうです。昔あるテレビ番組で当時現役だった武蔵丸のテッポウの重さを測ったら、800キロ以上ありました。本場所となると本気のフルパワーでやるんですから、1トン級でしょう。そういうのを受けていた千代の富士をして「あれはパンチじゃない。キックされるようなものだ」といっていたのですから、相当だったのでしょうね。「勝つためには組むしかないが、体が大きいのでいうほど簡単に組めない。仮に組めてもすごい重いから投げられない。突き押しの形になったら絶対勝てない」どうすりゃいいの、って感じですね。 3位はいろいろ考えましたが、特定できませんでした。北の湖、朝青龍、千代の富士、白鵬というような面々になると思いますけれどもね。あまり評価されることがない白鵬や北の湖ですが、「特徴がないほど強い」というのは強さの王道だと思います。「横綱相撲というのは、そういうもの」でしょう?「つけいる隙がないことが、横綱の強さである」のならば、北の湖か白鵬かなと思います。

samusamu2
質問者

お礼

回答ありがとうございます >>若貴時代が、大相撲のあるピークの時代だったようにも思います そうですね。この2人がいなくなって完全に人気が落ちたんで間違いないとおもいます。 >>2.(全盛期の)小錦 >>体重過多で膝を痛め、晩年はボロボロとなってしまった小錦ですが、大関に上がるくらいの「黒船」と呼ばれていた頃の小錦はまさに「チート」とか「無双」という言葉が似合う状態だったのではないでしょうかね。 若いころはぶちかまして相手を吹っ飛ばして勝ってましたが膝痛めてからは 完全な四つ相撲になりましたよね。四つ相撲でも結構強かったですけど。 >>「横綱相撲というのは、そういうもの」でしょう?「つけいる隙がないことが、横綱の強さである」のならば、北の湖か白鵬かなと思います。 他の回答者さんでも多いですけど、朝青龍のような荒あらしい相撲ではなくて割りとシンプルで綺麗なスタイルの相撲を好む方が多いですね。 たしかに白鵬や北の湖や貴乃花は正攻法の基本に忠実な相撲スタイルでしたよね。

その他の回答 (11)

  • hukuigoro
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回答No.11

私の年代(昭和初期) 1 双葉山を第一にあげます優勝回数も多いし人間的に完成した大横綱「我木鶏足りえず」の名言を残して相撲界を引退した、これからも到底彼にまさる横綱は出ないでしょう。横綱の模範のような人で69連勝を達成して 70勝目で「安芸の海」に敗れた時残念で、我々もつい涙した思いが蘇る、体力の限界を知り引退をして「時津風部屋」を起こした、だが惜しいことにここからは大横綱が出ていないのが残念。 2 千代の富士を2番に上げたい、あの小柄な体格で長い間横綱を努め、あの頃昭和の末期だったと記憶しているが、海外へよく旅行したが外国の人達にも人気があり「ケレン味」が無く負けた場合も悔しさも見せず堂々と記者や関係者に対応していた。 3 羽黒山目立たない存在であったが大横綱の一人に上げたい。 余談になるが今の横綱は風格がない、立会い、取り組み、賞金の受け取り、等々全然成っていない、勿論人種のせいも在るのだろうが、今どきの相撲はよこずなをはじめ、三役以上で褒められる風格のある人を見かけない,此れは私一人の意見だろうか?もっともっと「相撲道」に精進してほしい。

samusamu2
質問者

お礼

回答ありがとうございます >>余談になるが今の横綱は風格がない、立会い、取り組み、賞金の受け取り、等々全然成ってい>>ない、勿論人種のせいも在るのだろうが、今どきの相撲はよこずなをはじめ、三役以上で褒められる風格のある人を見かけない,此れは私一人の意見だろうか? 体罰で亡くなった力士がいたりして昔より厳しくできないのもあるかもしれませんね。 あとはそのようなマナーをまともに教えてないのかもしれませんね。 >>双葉山を第一にあげます優勝回数も多いし人間的に完成した大横綱「我木鶏足りえず」の名言を残して相撲界を引退した、これからも到底彼にまさる横綱は出ないでしょう。 私は昔の映像でみただけですけどやはり69連勝すごい記録ですもね。 人間的にも素晴らしかったんですね。確かにそういう意味では最近の力士は人格者的な人は少ないかもしれませんね。

  • OKWaveGT5
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回答No.10

1,雷電 身長197cm・体重172kgが本当なら現在でも強いはず。勝率.962は驚異的 2,千代の富士の全盛期・・・立ち合いの早さは陸上出身の瞬発力!「立った!」と思ったらすでにまわしを掴んでいた 3,貴乃花光司の全盛期・・・当たった力士が「スポンジの様」と言うほど当たりが吸収されて主導権を与えない 好きな力士は 1、琴錦・・・・まっすぐ男らしい取り口 2,貴闘力・・・相手を睨みつける様は闘志むき出し!時間前に立つこともしばしば 3,豪栄道・・・取り口が清々しい 嫌いな横綱 1,若乃花勝 ・・・・小兵力士の特権とばかりに横綱になっても相手力士と立ち会いを合わせようとしないで、一瞬でも早く立とうとするせこさが見苦しさこの上なかった(相撲をよく知らない人、主に女性ファンが多かった)

samusamu2
質問者

お礼

回答ありがとうございます >>1,雷電 身長197cm・体重172kgが本当なら現在でも強いはず。勝率.962は驚異的 たしかに現在でもこのカラダであれば強いかもしれませんね。 よみがえらせて今の力士との対戦がみてみたい! >>2,千代の富士の全盛期・・・立ち合いの早さは陸上出身の瞬発力!「立った!」と思ったらすでにまわしを掴んでいた 前みつを取れば十分ですからね。掴んだ瞬間にほとんど相手はもう負けが決定してましたもね。割と全盛期にがっぷりよつに組んでも千代の富士に力負けしなかったのは安芸の島くらいでしょうか。千代の富士も力負けしてましたし。 >>3,貴乃花光司の全盛期・・・当たった力士が「スポンジの様」と言うほど当たりが吸収されて主導権を与えない たしかにスポンジと表現はぴったりでしたね。あとずっと動きを止めなかったですよね。 止まらないんで相手はじっくり考えてとる隙間もなかったです。 >>1,若乃花勝 ・・・・小兵力士の特権とばかりに横綱になっても相手力士と立ち会いを合わせようとしないで、一瞬でも早く立とうとするせこさが見苦しさこの上なかった この人は引き技や投げ技ばかりで正攻法に勝つ相撲が少なかったですよね。 立会いがそんな感じだとはちょっと気づきませんでした。なるほど。勉強になります。

noname#255902
noname#255902
回答No.9

スポーツの類は古いものほど伝説化・神格化しますのでね。 現在に近づくほど頭打ちと力の均衡化が進みこれからもその傾向は強くなるでしょう。 白鵬と当時の大鵬や双葉山が対戦しても勝負にならないでしょうね 1.白鵬翔 2.朝青龍明徳 3.貴乃花光司 単純に朝青竜のほうがスキが多いと思います。

samusamu2
質問者

お礼

回答ありがとうございます あまりにも古い力士の場合はやはり現代の力士とは身体能力が落ちますからね。 戦前と戦後間もない力士はやはり今より弱いとおもってます。 >>1.白鵬翔 2.朝青龍明徳 3.貴乃花光司 たしかに白鵬とか貴乃花のほうは完成度は高いですよね。 他の方が仰るとおりきれいな相撲ですし

回答No.8

かまって寒寒ちゃんこんばんは 私は高見山関と千代の富士関と舞の海関 高見山関は初の外国人力士ということで慣れない日本の相撲という世界で良く頑張ったことに表彰状 千代の富士関は何と言ってもあの肉体&顔 舞の海関は身長が足らず、頭にシリコンを入れて検査合格しましたね 「技のデパート」楽しませてくれました 朝青龍は例のサッカー事件があって嫌い 白鵬は嫁の父ちゃんが未成年の女の子に買春して逮捕歴アリ (娘が白鵬と結婚する前は朝青龍の後援会長でした) 若貴ブームもよく覚えていますが、今は廃業したけど虎上お兄ちゃんが好きです ただ、皆さん仰せの通り、時代が違うので歴代の横綱が同時に勝負したらどうなっていたでしょうね?

samusamu2
質問者

お礼

美千代さんいつもどうもです^-^ >>高見山関は初の外国人力士ということで慣れない日本の相撲という世界で良く頑張ったことに表彰状 高見山が初の外人力士だったんですね。たしかにこの人がこなきゃあ曙も小錦も誕生しなかったでしょうからねえ。 >>千代の富士関は何と言ってもあの肉体&顔 彫刻で彫ったような綺麗な肉体美でしたよね。キュっと上がったお尻も魅力的でしたし。 >>若貴ブームもよく覚えていますが、今は廃業したけど虎上お兄ちゃんが好きです そういえば1回だけ兄弟対決ありましたね。お兄ちゃんが勝ちましたが。 >>時代が違うので歴代の横綱が同時に勝負したらどうなっていたでしょうね? 全員全盛期でやったら面白かったでしょうね。 千代の富士と貴乃花は対戦してるけど千代の富士は完全に引退まじけで ピークすぎてましたから全然参考になりませんでした。 貴乃花と朝青龍は何度もやってるけど、そのときはまだ朝青龍は安定感なかったですし

回答No.7

古今東西の強豪力士の比較というものは、非常に難しいですね。 各力士が同時代だったらどちらが強いのか。 全盛時代を比べようとしても、対抗する力士に強弱があるので、一概には言えません。 江戸時代の、谷風、雷電の2強は除くとして、 因みに年間2場所しかなかった当時、横綱・谷風21回、大関・雷電27回の優勝相当成績を残しています。 (この時代は、個人に対する優勝を表彰する制度はなしでした) 近代に入ってからも、双葉山の12回優勝は、やはり年2場所の時の成績ですから、年6場所制の現在ですと36回優勝していた可能性さえあります。 大鵬の優勝32回にしても、双葉山には及ばなかったのかも知れません。 そういう訳で、優勝回数で比較するなら、年6場所制になった1958年以降になります。 単純にその比較なら、(1)白鵬(2)大鵬(3)千代の富士です。 しかし、現在の白鵬の場合、対抗する強豪力士がいない時代だったとも言えます。 私が栃若時代以降、大相撲を見続けてきた感じでは、 勝った時のふてぶてしい態度と相まって、憎らしいくらいに強いと思ったのは、北の湖でした。 それから、若干遡りますが、柏鵬時代の後になる玉の海は、必ずしも体格に恵まれていたわけでもないのに、正攻法のきれいな取り口で、横綱時代の優勝はすべて14勝以上と非常に安定していました。 現役中に急逝しなければ、きっと大横綱になれたものをと、残念に思います。 北の湖以降では、次々と最年少記録を塗り替えていた貴乃花こそ、大鵬の優勝回数を更新してくれるものと、期待していたのですが、現役後半に体調を崩し、それが回復しつつあったのも束の間、土俵上の膝の怪我を押して強行出場した武蔵丸との優勝決定戦に臨み、奇跡的に勝利したものの、その無理がたたって完全復活がかなわなかったことがくれぐれも残念でした。 以上のような理由で、印象に残っているベスト3は、(1)北の湖(2)玉の海(3)貴乃花 です。

samusamu2
質問者

お礼

回答ありがとうございます >>江戸時代の、谷風、雷電の2強は除くとして、 因みに年間2場所しかなかった当時、横綱・谷風21回、大関・雷電27回の優勝相当成績を残しています。 谷風って他の方が名前あげてましたけど江戸時代の人だったんですね。 江戸時代だと映像ものこってませんけど、年間に場所でそれだけの優勝回数ってことはよほどずば抜けていたことがわかりますね。すごい!江戸時代の力士の動く姿みてみたかったです。 明治の横綱の映像はユーチューブでみたことありますが。 >>北の湖以降では、次々と最年少記録を塗り替えていた貴乃花こそ、大鵬の優勝回数を更新し>>てくれるものと、期待していたのですが、現役後半に体調を崩し、それが回復しつつあったのも束の間、土俵上の膝の怪我を押して強行出場した武蔵丸との優勝決定戦に臨み、奇跡的に勝利したものの、その無理がたたって完全復活がかなわなかったことがくれぐれも残念でした。 貴乃花は自分もほんと大鵬の記録破るとおもってたんであの怪我が悔やまれますよね。 安定感も抜群だったですし。

  • kia1and2
  • ベストアンサー率20% (482/2321)
回答No.6

大鵬、千代の富士、朝潮とかなり古い時代以上の力士さんて、いないみたい。

samusamu2
質問者

お礼

回答ありがとうございます 朝潮って何代いたかわかりませんがよく向こう正面の解説をしていた方が強かったようですね。 結構大きい人という印象が強かったけど。 大関の朝潮はあんまり強くありませんでしたが

  • 1951715
  • ベストアンサー率20% (124/609)
回答No.5

これは、時代差がありますね。生まれた年代差と言うか、私の子供の頃は、大相撲が大変な人気がありました。 なんといっても、栃錦と初代、若乃花、いらゆる「栃・若」時代です。もう、大変な人気でした。栃錦は、朝青龍と同じ、ヒル。初代、若乃花に人気がありました。 次は、「大鵬」、とライバルの「柏戸」ですね。大鵬は、人気があり、当時「巨人、大鵬、卵焼き」と言う、好きなランク付けが有りました。そして、これは、私、個人の意見ですが、外国人初の力士「高見山」(ハワイ出身)で、好きでしたね。

samusamu2
質問者

お礼

回答ありがとうございます 確かに今より人気が凄かったようですよね。割と人気があった時代は若貴時代までですよね。 それ以後は人気が落ちた印象があります。 大鵬は優勝回数多いけど昔の白黒の映像でしかみたことないですけど、やはりリアルで見た人にとっては最強にあげる人がいるかもですね。 >>外国人初の力士「高見山」(ハワイ出身)で、好きでしたね。 いましたね。私は一番強かったころはみてなくて晩年の弱くなってる時代だけみました。 華がありましたよね。足も長かったですし。

回答No.4

大相撲は両国国技館に時々観に行っています 砂かぶりも良いのですが、飲み食いしにくいので枡席の一番前を馴染みのお茶屋さんに手配してもらっています 相撲はスポーツも格闘技でもなく、神様への御供えです スポーツや格闘技みたいに勝てば良いというものではありません 特に横綱となれば、角界の手本となるような綺麗な相撲で勝たなければならないのです 一応、今現在のルールさえ守れば、どんなに汚い勝ち方をしても構わない方針だったのが朝青龍 歴代横綱も、格闘技として相撲を取ってもよかったのなら朝青龍並みに勝っていたことでしょう 手本となるような綺麗な相撲を取って勝つという相撲道では、最近だと白鵬、少し前だと貴乃花ですね

samusamu2
質問者

お礼

回答ありがとうございます たしかに荒あらしさがありましたし、たしかに格闘技色の強い相撲でしたよね~朝青竜は。 >>手本となるような綺麗な相撲を取って勝つという相撲道では、最近だと白鵬、少し前だと貴乃花ですね たしかに2人とも綺麗な相撲でしたね。荒っぽいことはあまりしませんし。 白鵬は昔よく貴の花と相撲スタイルが似てるといわれてましたよね。 逆に3代目?の貴の花の兄である若乃花ってサーカス相撲ばかりでイマイチでしたね。

noname#209100
noname#209100
回答No.3

こんばんは ベスト3ですか? んー No1(≧∇≦)/千代の富士 さん以外考えられません。

samusamu2
質問者

お礼

回答ありがとうございます 千代の富士はやはりパワーと瞬発力がずば抜けてましたよね。 瞬間的な瞬発力なら朝青龍より上だったかとおもいます。 上手取られても、相手の上手を切るのも上手かったですよね。 自分よりデカい相手を釣ったり投げ飛ばしたりしてたのはやはりすごいなあっておもいました。

回答No.2

1谷風 2千代の富士 3朝青龍

samusamu2
質問者

お礼

回答ありがとうございます 谷風ってちょっとわかりませんwじつは最近は大相撲みてないんで最近の人はほとんどわからないです。白鵬までですね。知ってるのは