労働者に協調性を求めるのは管理者がラクをしたいから
組織の和とかチームワークとか協調性って結局大したことないので、個の力の方が大事でしょ?
「どんなに能力があっても、組織の和を乱す人はいらない。」
こんな感じの「まず組織ありきで個人は二の次」って考え方は日本人は大好きですよね。
私はこの手のことを言う日本人がすごく嫌いです。まあ、日本人そのものが嫌いですが。
でも結局は「個の能力」が一番大事で、協調性とか組織の和こそが二の次じゃないですか?
プロ野球球団のヤクルトはチームで一番安定感のある投手を「チームの和を乱すから。」という理由で解雇しましたが、解雇された投手はメジャーのチームと契約し躍動しており、安定していた投手を解雇したヤクルトは下位に低迷。
「これだけ実績を出したんだからもっと金を寄こせ」と言ってきた技術者を
「組織に合わない。」という理由で賃上げしなかったシャープは台湾に買われるまで落ちぶれたし、技術者は韓国に渡って大金を稼ぎました。
本当に組織の和なんてものが重要なんだったら、ヤクルトもシャープも良くなるはずです。組織の和を良くするためにその障害となっていたものを取り除いたのですから。
しかし、良くなるどころか悪くなっています。
結局、組織なんていうのはいかに強い個を集めるかで決まるのであって、協調性とか組織の和なんてのはその組織を管理する側の人間がラクをしたいから求めてるだけでしょ?
各自で組織のために奉公するという奴隷意識があればマネジメントするのがラクだから。
能力さえあればいくらでも別の働き場所があるんだから、労働者は協調性なんて身につける必要無いと思います
能力が無いのなら組織に忠実な犬になるしか食い扶持がないから、反抗してはいけませんが。
組織の和や協調性よりも個の能力の方が重要ではないですか?
「どれだけ優れていても組織の和を乱す人はいらない」って言ってる日本人の意図がわかりません。
サークル活動でもしてるんでしょうか?
お礼
回答ありがとうございます。 そうですね。楽して生きている人ほど見下されるのですね。