日本語を学んでらっしゃる外国の方に、江戸川乱歩のトリックが素晴らしく推理が楽しめる作品をお勧めするのは余り気が進みません。というのは御示しの様の作品は江戸川乱歩の初期の短編に多いのですが、それは当時の日本の事が或る程度判らないと作品が正しく理会出来るとは思えないからです。
御示しの「二銭銅貨」ですが、これは江戸川乱歩のデビュー作です。既に御読みに成られて居るので種明しをすると、暗号が謎を解くカギになっています。この暗号、実は乱歩晩年になる迄間違いがあったのを誰も気付いていなかったと云う作品です。乱歩が最後に校訂した版で誤りに気付き訂正しましたが、日本の刊行本でもそれ以前の誤った版を底本にしている岩波文庫版の例もあります。中国語版もどのテキストで訳されたかによっては誤った暗号に拠って居るのかも知れません。しかもこの作品は当時の仮名遣いと漢字の書体が重要のトリック構成部分に成って居るので、今の若い日本人でもその点からはさして面白いものではないと云う意見もあります。
日本語で御読みになるのでしたら、一つの作品と云う事ではなく幾つかの作品を御読みになられた方が良いと思います。
短編では「D坂殺人事件」「黒手組」「何者」などが良いかも知れません。
長編は、乱歩が通俗的な路線を狙って書いた作品が多いのと推理小説としてよりも寧ろ活劇的な作が多いです。一応推理的な箇所もありますが派手な活劇的な場面も多いです。「黒蜥蜴」「黄金仮面」などがその例です。
なお、江戸川乱歩には少年向けの作品も多く「怪人二十面相」「少年探偵団」以下の作品がありますが、これは子供向けになお一層通俗的で活劇的なものが多いです。
乱歩の作品は、日本語読むにしてもどのテキストで読むかによって印象が違って来る事があります。作品の発表当時やその後の社会事情でテキストを改変させられて歪められたものもあります。乱歩の晩年、自身で校訂した際に著者が吃驚するようなものもあったらしいようですから。
テキストとしては比較的入手が可能なものでお勧めなのは、光文社文庫の「江戸川乱歩全集」(全部で30冊です。が、終りの方は随筆や評論などの巻が続きます。)です。これの第1巻、第2巻あたりを御読みに成られては如何でしょうか?
もう一つ乱歩には、不思議なはなしとでもいう作があります。むかしはこのようの作も「探偵小説」と呼ばれていたからです。有名なものは「押絵と旅する男」です。この作では推理はありません。但し、日本ならではの描写はあります。
御質問の日本文ですが、これ丈書ければ、十分ぢゃあないでしょうか。日本人でもこれよりも怪しげな文章を書いて居る若い人が沢山います。
蛇足。「二銭銅貨」等についての作に就いて、御読みになった上で、疑問点などがあれば別に御質問をしていただければ記者で判る範囲、記者の意見で宜しければお応えしたいと考えております。
以上、御参考にならば幸甚です。
お礼
ご丁寧に教えていただき誠にありがとうございます。「日本の推理小説の父親」とされる江戸川乱歩の作品にぜひ触れてみたいと思います。おかげさまで、氏の作品の全貌がよくわかりました。助かりました。