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平和を実現する手段の問題
- 「平和を実現する手段の問題」とは、平和を実現・維持するための方法論の違いと相互理解についての質問です。
- 集団的自衛権の問題において、武力行使の可能性や戦争をする国になるという議論がありますが、それぞれの意見がぶつかっており、議論がかみ合わない状況が続いています。
- この状況は感情論に基づいた応酬が多く、相手の意見を受け入れずに非難し合う傾向があります。
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おじさんです。 結論から書きます。 まず、軍備や自衛権に関しては、kisaragi056さんと同じ考えです。 次に、ご質問の「なぜ双方議論がかみ合わないのか」ですが。 これは学生の議論、職場での議論、TV討論のいずれでも同じなのですが、お互いに理解し合おうと思っているなら議論がかみ合います。 一方、お互いに理解し合おうと思っていなければかみ合いません。 何故なら、最初からかみ合おうとは思っていないからです。 TV討論の出演者はかみ合おうとは思っていません。自説を曲げずに主張することに決めているからです。 ですから、私はTV討論は見ません。内容が想像できるからです。 因みに、私は地域でいろんな人達とお酒を飲みながら議論します。政治や宗教、国際問題など何でも意見交換しますが、お互いに尊重し合っているので意見が違ってもかみ合います。 お互いの考えを尊重し合いながら意見交換すれば、お互いに勉強になりますね。 一方、けんか腰の意見交換はしません。 何も得るものがないからです。
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- wakaranyo2
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1.議論は、欲があるから噛み合わない、譲れない部分は、命です。 2.命の奪い合いをしなければよいのですが、それをしているから進化する方向に災害対応するだけでしょう。 3.騙しが有りますから、自己満足させて対応ですかね。 4.相互理解は、封建時代は、力の理解になります。
お礼
回答ありがとうございます。お礼が遅れ申し訳ありません。 欲得があると、やはりかみ合いませんか。難しいですね、色々と。 回答ありがとうございました。
- seto2004
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今日本を揺るがしている問題に焦点を当てた良い質問だと思います 私も今後日本が東アジアで平和に存立するためには集団的自衛権は絶対必要です ましてやアメリカの内向き外交を見ますと、早急に全アジアを見据えた安全保障体制が求められます (1)あなたのタイトルのとうり平和を実現するための手段・方法論の違いです。 中国の考え方は 「あの女性は美しいから俺の妻だ。この島は中国にとって必要だから中国の物だ」 と平気で言い放つ国と どう話し合いを せよというのか? 解決策として(2)お互いに声を出して議論する事。その上で選挙で決する。 3)もうあなたも感じているように、国内は何を発言しても自由。 自由すぎて、中日新聞のように「とにかく政権に何でも反対」とか、嘘を書きつずけても謝罪もしない朝日。 国賊的発言をする輩が日本にはあふれています。そういう人の声は えてして大きいものです。 したがって(4)は不可能。最後は選挙の道しかありません。 ただし選挙に至るまでに国民は個々に真剣に考えよく勉強する必要あり。それが(2)の回答にもなる。 いまの日本は発言が自由過ぎて、無責任発言が多すぎます。
お礼
回答ありがとうございます。お礼が遅れ申し訳ありません。 欲得が前面に出てくると、話し合いにならないということでしょうか。それを、相手の主張を理解し、こちらの主張を理解してもらうためにも、声に出して主張する。大事なことだとおもいます。 確かに、仰るように自由すぎてカオスな面もあるのかも知れませんが、私は抑圧された言論より、自由な言論のほうが好きですね。その分、真剣に情報を選択しなければならないのですが。 回答ありがとうございました。
- hanak00
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1.正義(自分の意見、好き、神、自分の利益など)と悪が人それぞれに違うから。 2.過半数ではなく最大多数を目指す。 正義より自由(悪の許容、寛容)を大事にする。 3.許容する。寛容になる。 4.無理。 寛容が大事。 正義なんて無理はせず、寛容(悪の許容)を目指す。 同じになるなんて無理はせず、違うことの許容を目指す。 相互理解なんて無理はせず、適当、いいかげん、ほどほどにして置く。
お礼
回答ありがとうございます。お礼が遅れ申し訳ありません。 寛容が大切とのこと、私もそう思いました。相手の主張を否定するのではなく、受け入れた上で話しを進められればと思います。 回答ありがとうございました。
「議論を通して物事を決めていく」と言うやり方が、日本人は本質的に苦手なのだと思います。 じゃあ日本人はどうやって物事を決めるのかと言うと、やはり「呼吸を合わせる」と言うか「場の空気を読みながら落としどころを見つける」のだと思います。 結局、遺恨を残すのが怖いと言うことなんでしょうが、こういうやり方は意見の相違が小さい場合は機能するが、真っ向から対立してしまうと、もうどうしようもなくなる。その結果、議論の目的は「相手を説得すること」ではなくなって「自分の意見に同調してくれる仲間を増やすこと」に変質する訳です。 それだったら、対立する相手と対話する必要などさらさらなく、選挙カーのように、お互いシュプレヒコールを叫びあうことが合理的な行動になる訳です。一流?マスコミでもこの行動原理は同じです。 残念ながら、これが日本社会の実態です。 もちろん、欧米だって多かれ少なかれ同じような現象はあるのですが、彼らの方が、議論慣れしていると言うか、「公の場での意見」と「個人的な気持ち」を分離する訓練が出来ているから、議論に負けても自分を否定されたと日本人ほど短絡的には考えないような気がします。 典型的な例が裁判制度で、善し悪しは別として、検事と弁護士が議論して真実を決めると言うやり方は日本人の発想ではなかなか出てこないように思います。(日本人だと、どうしてもこういう時は全知全能の黄門様に登場してもらって、快刀乱麻を断つような解決を求めてしまう。)
お礼
回答ありがとうございます。 場の空気や、雰囲気を読むのは、苦手です。だから、こういう考えを抱くに至るのでしょうが。何らかの絶対真理があればいいのにと思うのですがこれが仰る「黄門様」のような存在なのでしょうか。自分でも知らぬうちに、捕らわれているのかも知れません。注意してみます。 仰ること、とても参考になります。 回答ありがとうございました。
- hekiyu
- ベストアンサー率32% (7193/21843)
1 なぜ、双方議論がかみ合わないのか。 ↑ ・イデオロギー論争になっている、という点がまず 挙げられます。 保守は国家の存在を前提として、国家の平和を考えますが 革新は、そもそも国家という存在に対して否定的です。 共産主義に至ると、国家そのものを否定します。 朝生でも、時々出てきますが、世界平和の為には 日本など滅んでも良い、と断言する人すらいます。 つまり、イデオロギー論争になると次元が異なるため 議論がかみ合わないのは当たり前になってしまうのです。 2 相互に理解し、より良い方法を見出すためにはどうしたらよいのか。 ↑ ・イデオロギーそのものについて議論する必要があります。 特に、国防の場合は、国家とは何か、その必要性にまで 遡ることが必要です。 そうでないと、永久にかみあいません。 3 自分と違う立場の人の意見を取り込むためには、どうすればよいか ↑ ・自分の寄って立つ論拠をとことん極める ことだと思います。 そうすれば、自然と相手の立場の理解もできる ようになります。 4 そもそも相互理解は可能なのか ↑ ・理念的には可能でしょうが、現実には不可能 だと思います。 諸悪の根源が国家にある、と信じている人に 日本という国の平和を説いても効果は期待できません。
お礼
回答ありがとうございます。 共産主義のイデオロギーについて、私はあまり知らないのですね。ようは権力の構図の問題で、誰が権力を握るかという論法と考えていました。無政府主義とは、現行勢力を駆逐して、自分が権力を握る方便であると。もし本当にそれを信じる人がいたら。私はそれにどういう理解を示せるのか、受け入れられる自身がありません。 とにかく、自分の論の積み重ねをしていきたいと思います。 回答ありがとうございました。
- rokutaro36
- ベストアンサー率55% (5458/9820)
(Q)双方議論がかみ合わないのか。 (A)2タイプあります。 一つは、頭から、自分が正しく、相手が間違っていると 信じて疑わない。 もう一つは、相手の言っていることもわからんではないが、 立場上、公の場では絶対に譲れない なので、論議がかみ合わない。 というよりも、かみ合わなくて良いと思っている。 そういう論議をする場は、解決策を見出す場所ではないから…… (Q)相互に理解し、より良い方法を見出すためにはどうしたらよいのか (A)頭から、自分が100%正しいと思っている相手は、 どうしようもないですよ。 より良い方法を見つけだすには、まずは、 解決策を探しあいましょう……という態度が必要。 相手を説得しようなんて思っていては、だめです。 (Q)自分と違う立場の人の意見を取り込むためには、どうすればよいか (A)自分がパーフェクトではないと自覚すること。 議論をしても、相手の人格を批判しない。 (Q)そもそも相互理解は可能なのか (A)可能な人にとっては可能。 相手を理解しようと思わない人が相手では、 いくら論議しても無駄。 さて…… TV討論は、解決策を見つけだす場ではなくて、 相手をやり込めるための場です。 従って、論議がかみ合うはずがない。 ネットも同じようなもの。 相手を罵倒することに熱心ですから。
お礼
回答ありがとうございます。 なるほど、公の議論の場(テレビなど)は、自説の強さを示す場だと考えれば、確かに相手に妥協するわけには行きませんね。そうすると、相手を理解する気も起きない、相手を受け入れる必要も無い。むしろ自分は間違いなく、相手は間違いであると思い込むほうが、有利なのかもしれませんね。 他の回答者様も仰っていたように、自分も相手も、相手のことを理解したいと思わなければ、議論は実を結ばないのでしょうか。そういう場を見つけるのが難しいですが。 回答ありがとうございした。
- ryo_ky
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あくまで私自身がネットや特にTVを見て思うことを回答としたいと思います. 1 なぜ、双方議論がかみ合わないのか。 TVの議論の場というのは質問者さんも書かれている様に議論の体を成していません. ただ相手の主張を反対するだけという印象が強いと思います. もし,相互理解を含めた議論をするのであれば,相手の発言中に割り込んで自分の考えを話すような事はしない筈です. これが識者の性格なのかTVの演出の為なのかは分かりませんが,少なくとも不毛な言い争いでしかないと思いますし,言ってしまえば単なるショー(言論のプロレス)に過ぎないのかもしれません. 2 相互に理解し、より良い方法を見出すためにはどうしたらよいのか。 本来はそういう議論をする場を設けるべきでしょうね.もちろんそれはどっかの議会でもいいですし,ネット環境でも不毛な言い争いにならなければ,どこでもできると思います. 問題はどういう人間が参加するかです.質問者さんの様に前向きな取り組む方同士が集まれば,ちゃんとした議論は成り立つのは自明です.しかし前述のTVでの議論の様に互いが相手を否定し,自らの意見が正しい,それを声高に主張する様な人が参加すれば,議論の場が破綻する事になります. 相互理解は議論への第一歩だと思いますので,物事を論理的に話ができるメンバーで小さなところから始めていけば議論できる様になると思います. 3 自分と違う立場の人の意見を取り込むためには、どうすればよいか。 人間色々な考えがあって当然で1つの事象を取っても見方が変われば意見が変わるものです. 例えば質問者さんは質問文の中で,文章の並びを入れ替えますが, 「集団的自衛権の行使容認」と考えていてその理由は「自国防衛のためには相応の軍隊が必要」 と簡潔にまとめたとします(端折り過ぎて極端な書き方になり,すみません). 集団的自衛権の行使容認に対してきちんと理由がありますよね.もちろんそれに対して反対意見もあると思いますし,その理由も色々あると思います. そういう意見の理由・論拠というのが一番重要でその中で自分では考えつかないこと,興味を持った事があれば,それに対して調べるというアクションが取れますので色々な意見を取り込むことができるのではないでしょうか? 4 そもそも相互理解は可能なのか これは自身だけの問題ではなく,相手も相互理解する努力がなければ成り立たないことです.前述2の末文で書かせて頂きましたが,少なくとも感情論ではなく論理的に話し合える事が大事で,そういうメンバーで議論できれば,相互理解しやすいのではないかと考えます.
お礼
回答ありがとうございます。 有意義な議論を交わすには、それを目的とするメンバーを(主義の違いは別として)集める必要があるという理解でよろしいでしょうか。 相互理解を必要としていない人とは、理解しあうことが難しい。 あるいは、この場のように、教えを請う側と、情報を提供する側も役割がはっきりしているほうが、お互いの理解が早いのかもしれませんね。台頭ではない立場から、お互いに刺激がある関係が出来上がるのも、何だか変な話ですが。 回答ありがとうございました。
- Mokuzo100nenn
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>1 なぜ、双方議論がかみ合わないのか。 自己主張を楽しんでいるからです。 >2 相互に理解し、より良い方法を見出すためにはどうしたらよいのか。 議論(=自己主張)を楽しんでいるうちに、自分なりのジンテーゼが出来上がるものです。 >3 自分と違う立場の人の意見を取り込むためには、どうすればよいか そのような大それた発想は危険です。 他者の意見は意見としてそのまま聞くべきです。 他者の意見を取り込もうというのは、往々にして独裁者が志向する恐ろしい政治的野心と思います。 >4 そもそも相互理解は可能なのか 可能です。 しかし利害対立を排除するのが前提です。 意見の対立はたいてい背景に利害の対立があるからね。
お礼
回答ありがとうございます。 相互理解のためには利益が邪魔をする、個人よりも集団になれば、より相互理解が阻まれるということでしょか。 理解が及ばず申し訳ありませんが、参考になります。 回答ありがとうございました。
補足
回答ありがとうございます 1は、相手を見ていないということでよろしいでしょうか?こんな主張する自分に、酔っている状態? 3は、もう少し詳しく教えていたただけると助かります。相手の意見を聞いて、自分の意見と照らし合わせ、選りすぐれたあるいは整合性がつく意見を、自分の考えに反映させるのは、どう危険なのか、ちょっと思い付きません。 理解が足りず申し訳ありませんが、詳しく教えていたただけると幸いです。 取り急ぎ補足のみ、失礼致します。
お礼
回答ありがとうございます。 酒を飲みながらの政談、とても楽しそうですね。忌憚無くしかしお互いを傷つけない配慮をしながらの議論とは、本当にとても楽しそうです。 私が見てきたのは、自分の意見で相手を「押さえ込む」議論ばかりだったのかも知れません。相手の意見を否定しない態度、今一度自分に徹底したいです。 回答ありがとうございました。