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先生を今でも信じている私。
中3女子です。 恋愛か、メンタルのカテゴリーか迷ったのですが、こちらで、質問させてください。 今までも、たくさん相談させていただいたのですが、もう、精神的に限界が来てしまったかもしれません。 それは、あるトラブルがあり、好きな先生に相談したら、拒否られたということです。 そのトラブルとは、同級生に告白され、断ったらリストカットの画像を送ってきたということです。もう、こわくてしかたがなくて、相談なんて誰にも出来なくて、頼れるのは好きな先生だけだったんです。 それで、「誰にも話せない相談事があるのですが、聞いて下さりませんか?」と聞くと、喜んで「いいよ」と言って下さりました。そして、連れて行かれたのは告白した場所。 「で、話ってなんですか?」とニヤニヤして聞かれ、トラブルの話をしました。すると、「私はもう、あなたの担任じゃない。知らないよ」と怒られ、イライラしながら職員室へ帰って行きました。 担任じゃない生徒はどうでもいいのかなと思い、反論も出来ず、立ち尽くしていました。すごく、悲しいです。 トラブル自体はもう落ち着きました。だけど、精神的な疲れは消えず、今もねれなくて、泣いています。 両親にも相談しました。でも、「たいしたことないよ」と言われました。自分勝手かもしれませんが、「誰も私の気持ちなんて知らないのに、よくそんなこと言えるよね・・・」と思ってしまいました。 ただ、死にたくはないけど、生きるのが辛いです。自分を見失う前に、精神科に行ったほうがいいかなとも思っています。 前の質問で、「もう、先生に関わらないほうがいいよ」と言われました。でも、まだ、先生を信じている自分がいます。 だから、先生に、今の現状、気持ち、相談に乗って欲しいと書いて、送っろうかと思っています。それで、助けてくれなかったら、もう先生に助けは求めません。 みなさんは、どうすればいいとおもいますか? 重くてごめんなさい。みなさんのご意見、聞きたいです。
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- otomenome
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重いのはいいんだけど… はっきり言うけれど、『もう一度聞いて欲しいといって相談するとその先生はやっぱりいい先生でちゃんと話を聞いてくれて、ちゃんと自分の気持ちも判ってくれてしっかり受け止めてくれて、そのおかげで心が不安になっていた自分はすっきり心が晴れる...はず』という理想のカタチにいつまでもしがみついていたい気持ちは判るけれど…実際にある現実はもう全然違うよね? なんで現実にある実際をそのまま受け入れないの? 「私はもう、あなたの担任じゃない。知らないよ」ってその先生に言われてるんでしょ? そう言ってる先生にまたお願いですから聞いてくださいって言って...それで聞いてくれるとどうしてそう思うの??? そもそも“自分の思う通りの事”とか“自分の望むこと”といった『自分の理想のカタチ』を相手に求め過ぎだよ。 自分の思う通りの事や自分の理想を相手に求めちゃってるから、だからその通りには相手がしてくれないとイヤだし、求めすぎてるからその通りにならないから生きづらいと感じる。 それはまるで小さな子供がおままごとで相手が自分の思う通りに話が進まないから相手がしてくれないからとカンシャクを起こしているのと同じ。 そもそも世界は貴方を中心に回ってるわけではなくて、色んな人が色んな思いや事情を抱えて貴方と同時に生きてるんだから大抵は自分の思う通りにはならない事の方が多い。 今貴方は自分の話を聞いて欲しいかもしれないけれど、その相手は貴方と同じようにでも他の事で頭がいっぱいだったり、他に何か事情があって聞いていられないかもしれないのに。 何が聞いて欲しいのに聞いてくれない…だよって思う。 世の中はそもそもそういう風に自分が望んだ通りにならないものだし、自分の思った通りにはなかなかならないし、自分の希望がなかなか通らない事が普通なのに、なのに自分の理想どおりに相手がしてくれる答えてくれるなんて思ってたりするから逆に生きづらいなんて思うんだよ。 でも反対に、世の中はなかなか自分の望んだとおりにはならないんだって事をちゃんと理解して判っていると、するとめったにない事だけれど、でもたまたま自分のいう事を判ってくれたりちゃんと聞いてくれたり受け止めてくれたり理解してくれたりする人がふいに現れたりすると...するとそれがとてもラッキーな事に思えるはず。 そしてそのラッキーな事が1回や2回じゃなく3回も4回もあるんだ、いくつもあるんだって事が判ってくると生きる事ははむしろとてもいいものだとさえ思えてくるもの。 でも貴方は全く逆なんよ。 “無いもの”“得られないもの”ばかり目を向けそれを嘆くだけ...。 だから生きづらくも感じる。だから幸せを感じられない。 そうは思いませんか? 貴方はただ子供のように相手や回りに自分の思った通り望んだ通りの事をしてくれるその理想のカタチをとにかく欲しがるばかりで相手がしてくれるのが当たり前だしてくれてもいいだろとそんな風に思い込んでいるから、だから『相手がその通りにしてくれない』『思ったとおりにならない』事ばかりが目について、だから“生きづらい”なんて思ってしまってる。 相手だって聞ける時と聞けない時もあれば、悪い人だと思っていたのに実はいい人だったという人もいれば、その反対にいい人だと思っていたのに実はいい人じゃなかったというその先生みたいな人も当たり前にいる。 自分の思い通りにならない事や相手が自分の望む事をしてくれないって事に嘆いてばかりではなくて、そしてその理想にしがみついて現実を受け入れないなんてせず、そこにある現実をただそのままただ素直に受け入れ受け止めるようにした方がいいと思うよ。 大人になるって事はそこにある現実を現実として受け入れて、その現実の世界で当たり前にある事を当たり前にある事なんだ仕方ない事なんだそういう事もあるものなんだと普通に素直に受け入れて上手く対処できるようになる(生きれるようになる)って事。 そしてその現実の中で本来はなかなか得られない“幸せ”を一つづつ見つけていって拾っていって、そのみつけた幸せをどんどん自分の中に積み上げていくって事。 子供のおままごとのように相手に自分の望む事を押し付けてその通りにならないからといって嘆いたって仕方がないし、だから人生は生きづらいんだなんて言ったって何もいいことなんてやってこない。 いい事がやってくるのは、してくれないとやってくれないと嘆くのではなくそこにある現実をちゃんと受け入れ受け止めて、その現実にあわせて“じゃあどうしよう”と現実にあった対処を考えていく事だけだよ。 その先生は『もう知らないよ』って言ってるんだから...相談するなら他の先生か他の人だよね。
補足
確かに、そのとうりかもしれません。 だけど、信頼している人に助けを求める、それって普通なんじゃないですか? 現実を受け入れられなくて辛いから、誰かに相談するんじゃないですか。 回答者様がおっしゃるように出来れば、自殺する人なんていないと思います。