他の回答者さんも含めて、「小義」「大義」と「小利」「大利」を混ぜこぜにしていると思います。
「義」とは、正義や名分のことです。「利」とは利益のことです。
昔、湾岸戦争というのがありました。きっかけはイラクがクウェートに侵攻したからですが、このときイラクのフセイン大統領はアメリカ大使を呼んで「クウェートに軍事的攻撃を加えようと思っているが、アメリカはどうするか」と聞きました。大使は「それはイラクとクウェートの二国間の問題だ」と答えました。これは「二国間の問題だからウチは興味ないよ」という意思表示です。それでフセイン大統領はクウェート侵攻を決意しました。
しかし実際にイラク軍がクウェートに侵攻するとアメリカは手の平を返してイラクを激しく非難し、多国籍軍を結成。やがて湾岸戦争となり軍事的には大勝利を収めます。
しかし考えてみればフセイン大統領は事前にアメリカ大使にアメリカのお伺いを立てています。実はクウェート侵攻が始まるまで、フセイン大統領は親米だったのです。そしてそれほど重大なことは大使の一存で返事することはありません。本国からそう答えるように指示があったのは明らかです。だから、裏切ったのはアメリカなんですね。アメリカはイラクとの約束を破ったのです。
しかしそれによってアメリカは湾岸戦争の名目を得て、結果として中東に大きな地歩を築くことができました。ほぼ世界中の国が参加する(日本もすげえお金を払い、最終的に掃海艇を派遣しました)多国籍軍を作りリーダーとなるという大義を得ました。
イラクを裏切るという小義を捨てて、多国籍軍という大義を得たのです。これが、「小義を捨てて大義を得る」です。
しかし質問者さんや他の回答者さんが挙げているのは、「小利を捨てて大利を得る」だと思います。サンプルという名目で商品を少しタダであげて、大口契約を結んでもらって大きな儲けを得るというようなのがこれですね。
ことわざの類いは少し誤用されてそれが広まってしまうことがあります。例えば「義を見てせざるは勇無きなり」という言葉がありますが、時々「利を見てせざるは勇無きなり」と使う人がいます。わざとなのか、間違って覚えているのかは分かりませんけどね。「確信犯」という言葉は本来は「信念に基づいて、本人が悪いことでないと確信してなされる犯罪」という意味ですが、一般的には「悪いことだとわかっていながら行われた犯罪や行為」という意味合いで使われます。
「義」とは正義や義理などを指しますから、現代のビジネスで正義や義理が大手を振るって登場するってことはまずないですよね。部長に向かって「それでは正義が通らないじゃないですか!」なんていう場面なんてまずないでしょう。
もし職場でその言葉を使える状況ってなんだろうなあと思いましたが、例えばにっくきライバル企業を追い落とすためにライバル企業のスキャンダルを手に入れようと関係者にワイロを使うとかでしょうかね。いやいくらライバル企業のスキャンダルを手に入れるためとはいえワイロは正しくないという部長に対して「部長、ここは小義を捨てて大義を得るべきです!」と迫る、とかかな。
補足
お二人の商業的な例、とても わかりやすかったです、 ありがとうございます。 補足ですが http://news.mynavi.jp/news/2013/05/22/028/ 「長い目で見た守らないといけない普遍なこと」はあります。 でも、目の前の小さい正義にこだわって。もっと大きい正義を失うことや小さいことにこだわることは 愚かとしか言えないという言葉。 つまり、小さいことにこだわって大きい利を失うこと。その上で小さいことにいつまでもこだわるな という意味。 後は↑参考 といいますか、 これの文そのものの意味が例が無くてわからないのです(泣 これは例えば職場で意見の対立があったときには どういう当てはめ方をすればよろしいでしょうか??