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旧帝大の中で東大・京大以外で名大だけ歯学部がない訳

旧帝大の中で東大・京大などは歴史的にみても別格であり、医学部は特にその必要性・使命感から当然設置しているのは頷けます。 そもそも歯学というものに対し、当時の学問の根本からは外れている・軽く見ている(あくまで私感)からこの我が国最高峰の2大学にはあえて設置しなかったのかな?などとも思っています。 ただ、他の5旧帝大の中では名古屋大だけ歯学部がありませんがこれは何故なんでしょうか? 名大は旧帝大の中で一番最後に出来たと伺っています。だとしたらあってもいいのではと思うのですが・・・ 以上、単に素朴に疑問に思った次第です。お分かりの方よろしくお願いします。

みんなの回答

  • tanuki4u
  • ベストアンサー率33% (2764/8360)
回答No.4

No3の方が指摘しているように、ギルド問題があります。 医師で言いますと、各県一医学部が終了した(埼玉県は色んな意味で国公立がないので、医師の比率が一番低い) http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ishi/06/kekka1-2-4.html 1979年に大学受験だったので、「医者余るぜ」などと高校生でも推測したので、医学部受験はやめましたが、その後医師会の圧力で医学部定員の削減が生じています。 https://ishimanabu.jp/column/3 一方歯学は http://eic.obunsha.co.jp/viewpoint/20101102viewpoint/html/1 「その後さらに、平成10年の厚生省の需給検討会で「10%程度の削減」が提言されたが、10年度~20年度の10年間でわずか57人(10年度の定員2,714人に対する割合、2.1%)の削減に留まっていた。」 歯学の増員は、個別の私立大歯学部の定員増で行われました。 さてここまでが数字的な背景。 医師会が武見会長のもと、一致団結したのに対して、歯科医師会は、東京歯科大と日本歯科大のライバル関係が成立しています。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%8C%BB%E5%B8%AB%E4%BC%9A http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%AD%AF%E7%A7%91%E5%8C%BB%E5%B8%AB%E4%BC%9A ゲーム理論でいえば、歯科医師会はチキンゲームを行なっています http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0 個別に経営して行かなければならない私立大学が主導権を握っている状況に対して、医師会は個別には経営努力(授業料をたくさん集めるために学生を増やす)をしなくても良い、国公立大学が主導しています。 本来の質問からは外れますが、医師会と歯科医師会の組織としての動きを見ると、構成プレーヤーの構成による違いがあるかと思います。

  • tekcycle
  • ベストアンサー率34% (1839/5289)
回答No.3

今は医師ギルドや弁護士などの法律ギルドがそうですが、 人が増えてくると、取り分が減るため、今度は人数を抑制しようという力が働くようです。 歯科医師ギルドもおそらくそうだったのが、橋本派への不正献金疑惑等々で壊滅状態に追い込まれたのが現状ではないかと。(よく知りませんが) というわけで、関西圏中京圏で歯科医師学校を増やす前に、総定員オーバーになった、という説はどうでしょうか。 裏は全く取っていません。

jupitan
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 医師会、弁護士会→医師ギルドや弁護士などの法律ギルド 歯学部、歯科大→歯科医師学校 それぞれ普段聞かない表現で少々違和感を覚えました。 そもそも、ただ単に旧帝大の中で東大・京大以外で何故名大だけ歯学部が無いのか?という旧帝大に拘った回答が欲しかったのですが・・・

  • tanuki4u
  • ベストアンサー率33% (2764/8360)
回答No.2

名古屋大学はそれなりに学部数が多くて地域分散で考えても必要なかったから。 戦後の国立大学施策は、研究型大学への予算の傾斜配分が始まるこの10年ほど前までは、基本的には「公平」です。 東に唯一の歯学部があれば、次は西。 東大・京大が戦前にすでに総合大学であったので、西での選択は、京大をでかくするよりは二番手の大阪大学を整備する選択は妥当な地域的な公平な施策となります。 歯科医育成で考えれば、東京偏重・愛知と大阪にはあるとなれば、地方に歯学部を作るのが施策として妥当となります。 歯学は私学が作った という言い方がありますが、私立の歯学部は1970年の段階で東京主力 岩手医大 城西歯科ー埼玉 東京歯科 日本大学-東京 日本歯科-東京 鶴見歯科-神奈川 神奈川歯科 愛知学院大 大阪歯科 この状況で、歯科医を全国均等に育成するためには、名古屋は優先される地区ではありません。 国立大学 東京医科歯科大学(東京都文京区) 1928 大阪大学(大阪府吹田市) 1960 広島大学(広島県広島市南区) 1965 新潟大学(新潟県新潟市中央区) 1965 東北大学(宮城県仙台市青葉区) 1965 ※ 教育学部分離 北海道大学(北海道札幌市北区) 1967 九州大学(福岡県福岡市東区) 1967 徳島大学(徳島県徳島市) 1976 鹿児島大学(鹿児島県鹿児島市) 1977 長崎大学(長崎県長崎市) 1979 岡山大学(岡山県岡山市北区) 1979 1946年 弘前大医学部 1950年 岐阜県立医大(現岐阜大医学部) この間国公立の新設なし 1970年 秋田大医学部設置 この間、各県、一医学部へ 1979年 琉球大学医学部設置 愛知県 名古屋市立医学部(1920年) 名古屋大学 1953年 新制大学院発足。文学、教育学、法学、経済学、理学、工学の各研究科を設置。 1955年 医学研究科、農学研究科を設置。すでに七学部 大阪大学 1949年 文学部・法経学部・理学部・医学部・工学部の5学部と一般教養部からなる新制大阪大学が発足 1953年 法経学部を法学部と経済学部に分離 1955年 薬学部を設置 1960年 歯学部を設置 八学部目 1961年 基礎工学部を新設 東北大学 1953年(昭和28年) 大学院設置(文学研究科・教育学研究科・法学研究科・経済学研究科・理学研究科・工学研究科・農学研究科)。 1955年(昭和30年) 大学院医学研究科設置。 1961年(昭和36年) 大学院薬学研究科設置。 1965年(昭和40年) 歯学部を設置。(10学部目)教育学部の教員養成系統を宮城教育大学として分離。 東京大学 1958年(昭和33年)4月 薬学部設置 10学部目 京都大学 1960年4月 薬学部設置 1992年10月 総合人間学部設置

jupitan
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 詳しくいろいろと羅列して頂きました。(特に国立大・旧帝大の沿革ご苦労様でした) で、東京(神奈川、千葉)圏域に歯学部、歯科大が多いのは納得です。 そして関西以西、特に中・四国~九州にかけて多いのが目をひきます。広島大、岡山大、徳島大、福岡県には九州大、九州歯科大、福岡歯科大と3つもありますし!九州の他県では長崎大、鹿児島大にもあります。 それに比べ、近畿圏域は大阪大と大阪歯科大。関東以北もまばら。北大を除き、東北や北関東の人たちは地元に行くかあとは殆んどが東京(関東圏域)に行く傾向がありますからそのあたりは納得できますが。 で、中部というか名古屋近辺。関東と関西に挟まれているのか私立の愛知学院大のみです。仮に名古屋大に歯学部があれば中部・北陸の人たちは選択肢が広がると思えるのですが。 やはり、名大は旧帝大の中でも新しく、さらに昭和50年前後に全国に国立や私立の医学部・歯学部が次々と開学していった経緯などからすでに飽和状態で歯学部設置には至らなかったと解釈したほうがいいのですかね・・・

noname#232424
noname#232424
回答No.1

素朴に想像すると,名古屋の人は遺伝的に歯質が丈夫か,あるいは歯磨きの習慣が徹底しているか,あるいは水にフッ素を含んでいて,虫歯が少ないから。

jupitan
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 アハハ、思わず笑ってしまいました!(失礼) でも、確かに名古屋にはお洒落な人も多く健康や外観に気を使い、特に歯を大切にしているのかも?知れませんね。

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