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本気で反省するには?

本気で反省したいのですがどうすればいいでしょうか? 自分はほとんどことで自分が悪いとは思えないです。 例えば、人ともめたりして、自分が悪いと思いその時はすぐに謝ります。 しかし、自分が悪いとは本当に思ってないので反省をしないことが多々あります。 結局、その場しのぎで相手に謝ったり反省している素振りを見せてるだけで、 本当に悪いとは思ってません。心の中ではむしろ相手の方が悪いから、絶対に許せないって気持ちが強くなります。自分の過ちを素直に認めることができません。 物事の失敗もそうですが、自分が悪いのは事実ですが、あれこれ理由をつけて自分は悪くないと思ってしまいます。 客観的に見れば、相手が本当にすべて悪いということもありますが、大抵の場合は自分がすべて悪い、 あるいはお互いに悪いことがあるというのがほとんどです。 こんな自分に疲れました。 どうすれば、自分が悪いと心から自覚をして反省することができるでしょうか? よろしくお願いします。

みんなの回答

  • taka-aki
  • ベストアンサー率12% (748/6126)
回答No.9

とりあえず生まれたころから振り返って いつからそんな風になったのか記憶をたどる。 そしてそのようになったのには理由があるのだから その理由をなくす。

noname#187573
noname#187573
回答No.8

反省しないのは悪人だけです。善人は反省します。あなた様は反省しようとしている時点で善人です。 だから心配無用です。

noname#183245
noname#183245
回答No.7

反省など、しなくていいです。 大事なのは、「これからどうするか」です。 過去に起こったことをクヨクヨしてたって、しょうがないでしょ。 よく「100%自分の責任と考える」っていう言葉があります。 あれは、自分を責めろってことじゃないんです。 自分の手で次の策を考え、何とかしろということです。 反省より具体的な行動しましょう。

noname#246720
noname#246720
回答No.6

その気持ちがあれば充分だと思います。 察するに、今までは本当に100%自分が悪い、他に言い逃れのしようがない事態に出会っていないのだと思います。 誰かと少し揉めたくらいでお互いケガもしていない状態であれば、いや多少ケガをしたとしても、喧嘩両成敗という言葉もありますし、自分が全部悪いと認めることは非常に難しいと思います。 これがもし、自分の過失で、たとえ相手の不注意があったにしても自分のせいで誰かが亡くなるという事態になってもまだ反省できないというなら問題ですが… 恐らくお若い方かと思いますので、これから取り返しのつかない失敗などをする機会もあると思いますし、段々謙虚さが増して行くと思いますよ。 今すぐそうならなくとも大丈夫だと思います。

回答No.5

なんだか、少し私と似てると思いました。 私は、論理的な考え方が染み付いているので、いつも理屈で相手を論破したり、論理的に考えて相手に非があるときに意見を譲らなかったりします。 相手が悪いという理屈が私の中に確立していれば、やはりいつまでたっても相手が悪いと考え続けます。 だから、同じような状況かもしれません。 けれど、「反省」って何なのかと考えたとき、 その考え方を変えることができると思います。 反省とは、過ちを振り返って「私が悪かった。今度からそうならないようにしよう。」と考えることなんでしょうか。 その反省は「解決する」ことにフォーカスした「反省」ではありますが、 「心をケアする」という意味での反省とは大きく異なるのかもしれません。 反省とは、衝突があって「こんなことで大切な関係に傷をつけてしまった。自分の対応の仕方が少し違えば、もっとお互いに幸せな結果になっていたのではないだろうか。」と考えることなのではないでしょうか。 すでに起きてしまったことの原因を探り、非難することで、問題を解決する・・・、それにどれだけの価値があるのでしょう? それよりも、衝突してイライラモヤモヤした気持ちをお互いにスッキリさせ、また仲良く楽しく幸せに、深い人間関係を築いていくことのほうが、ずっと大きな価値があると思いませんか? 相手の心を癒し、自分の心を癒すために、何をすればいいのでしょうか。 その行動をとるために、どのような気持ちの切り替えをすればいいんのでしょうか。 その気持ちの切り替えにはどのくらいの時間をかける必要があるでしょうか。どのような環境であれば気持ちを整理しやすいでしょうか。 頭で良い/悪いを考えるのをやめて、 心で良い/悪いを感じるようにしてみましょう。 そこには全く違う自分がいると思いますよ。

  • tomban
  • ベストアンサー率26% (2616/9771)
回答No.4

「自閉症スペクトラム障害」の疑いがありますね。 自分で一度チェックしてみましょう。 http://www4.ocn.ne.jp/~ashikoko/kokoro_j_aq.html もし「そうかもしれない」と思ったときは、メンタルクリニックを受診されることをオススメします。

noname#210617
noname#210617
回答No.3

>客観的に見れば、相手が本当にすべて悪いということもありますが、 >大抵の場合は自分がすべて悪い、 >あるいはお互いに悪いことがあるというのがほとんどです。 ということは、反省できている、と思えますよ。 >あれこれ理由をつけて自分は悪くないと思ってしまいます。 善悪はさておいて、自分を防御するために自分の中で正当化することは、本能的な行動で、その意味で正しいことです。 もしそうしなければ、他人の意思のままに自分を否定してしまうことになります。 ですから、客観的な善悪は別問題として、自分を正当化する心の動きを否定してはいけないと思います。 また、だからこそ、相手を頭から否定することも良くないわけです。 他人との揉め事については、自分が悪いか、相手が悪いかの二つに一つだ、白か黒かで考えるのは良くないと思います。 出発点は、自分は自分の立場で正しく、相手は相手の立場で正しいということです。 俺は絶対的に正しくて、お前が間違っているという態度で向き合えば、喧嘩になるのは当然です。 第三者の眼でみたら、馬鹿と阿呆のからみあい、としか見えないでしょう。 互いの立場や意見を理解しあうことが大切です。そうすれば落としどころが見えてくると思います。 感情的なものにしてしまったり、面子の問題にしてしまうのは良くありません。 ”理”の問題を”情”の問題にしてはいけないと思います。 ”情”の問題は解決できるとは限りません。 ですから、反省すべきことは、もっとよい問題解決のアプローチがあったのではないか、ということであって、 自分が悪いとか悪くないとかいうことではないと思います。 他人の意見を聞くことで、自分の認識や考え方が誤っていたとわかることもあります。 誤りはだれにでもあることで、誤りに気づけばそれを認めて正せばよいのです。 そして同じ誤りを繰り返さなければよいのです。 自分が”悪い”という否定的な表現をしてしまってはいけないと思います。 否定してしまうと、そこから是正が見えてこない、つまり反省ができないように感じます。 自分が悪かったで片付ければ、それ以上考えないですみますから楽です。が、次につながる反省はでてきません。 考え方は良かったけれど、考慮すべきものを見落としていた、とか、判断するにあたって優先順位を間違ったとか、そういうところまで考える必要があると思います。 そこまで分析ができないとすると、相手の意思疎通が不十分であるということではないでしょうか。 揉め事が揉め事になる前に、自分の視点だけでなく、第三者にはどう見えるか、相手からはどう見えるかを考えるのがよろしいかと思います。 もっとも、相手のいることですから、相手によってはどうしようもないこともあるわけで、そういうのと正面から向き合っても疲れるだけで時間の無駄です。 第三者を巻き込むなど、別のアプローチを考えましょう。

  • bekky1
  • ベストアンサー率31% (2252/7257)
回答No.2

【どうすれば、自分が悪いと心から自覚をして反省することができるでしょうか? よろしくお願いします。】 無理。 だって、基本的に、悪くないのに、謝罪ってできない。 それに、責任の所在という意味合いなら、現場だけが悪いわけではないし、 仕事なら、そのようにやらされているわけで。 プライベートなら、微細なことまで、それぞれのポリシーがあったりするので、 誰にでも、’逆鱗’はあるし、虫の居所が悪いこともあるから、 何も、これぐらいで怒ることもない・・・というのはままあることです。 たとえ、自分が多少は悪いかなとか、もう少しこうすれば・・・と思うようなことがあっても。 反省はしない。 必要ない。 ただ、最初から、もめるようなことをしないということをポリシーとすることです。 譲れることは、どうでもいいことだと思って、譲る。 10分やそこらの損失なら、いらいらするより、お先にどうぞです。 そして、相手を観察するアドバンテージをもらう。 これね、とても、有益ですよ。 やってみるとわかる。 特に、すれ違うだけの人のような、関係者だったら、にこにこと相手にどうぞと。 逆に、親密に、仕事や、プライベートでかかわる人とは、きちんと分かり合えるために、とことんやりましょう。 悪いとおもって、反省するべきではないのです。 悪くても、言うべきこと、するべきことは、’する’、にこだわる。 やっちゃった・・・・から、反省は、ナシです。 それがあなたの価値観だから。 そして、どうでもいいことにはこだわらないで、にこにこ・・・です。

回答No.1

それでいいのではないですか? 己の信念のもと動いたが周りには理解されなかったので体裁を保つため表面上では謝る。 中々できることでは無いと思いますよ。 団体で生きていくには協調性と潔さが必要ですし自身が真に悪いと思ったことだけ反省すれば上出来だとおもいます。 人の真意なんて相手には解りません。形だけで収まるのであれば無益な争いはしないに越したことはないとおもいます。 ただ自分を正当化するのはそれを理解してくれる人の前だけにしましょうね。 ただ裏切りも付き物ですので悪しからず

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