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十字を切る癖が抜けない 強迫行為?
- 一年ほど前から、不吉な事や予感を感じる度に十字を切る癖がついてしまいました。
- 信仰心もないのに十字を切ることで周囲から変に思われることもあり、辞めたいと思っているが辞められない状況です。
- この症状が長く続いているため、恐らく強迫行為や縁起強迫の一種といえるのではないかと思います。治療方法をご教授いただければ幸いです。
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十字の描き方:十字を切る時 - Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E5%AD%97%E3%81%AE%E6%8F%8F%E3%81%8D%E6%96%B9#.E5.8D.81.E5.AD.97.E3.82.92.E5.88.87.E3.82.8B.E6.99.82 Wikipediaが絶対的に正しいとは言いませんが、ここには【そのほか、何か不吉なものを感じたときなど宗教的には深い意味がなく、縁起直し的に行うことがある。】と書かれているため、一般的にはそれほど変なことではないように思います。 あなたにとって十字を切ることは精神を安定させるため、不安を取り除くためのルーティンと化しているのだと思います。 その動作を途中でやめたり、最初からやらないように止めたことはありますか? もし止めたことがあり、その後非常に不安や不快感を感じたというのであれば、強迫性障害の可能性はあります。 安易にその脅迫行為を止めてしまうと、払拭されるはずの強迫観念が払拭されず、ストレスを貯めることになります。 もしかしたら、今の十字を切るよりももっと奇異な新たな脅迫行為を生み出す可能性が……あるかもしれません。 強迫性障害 - Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%B7%E8%BF%AB%E6%80%A7%E9%9A%9C%E5%AE%B3 ここには治療法として【行動療法や認知行動療法、抗うつ薬を用いた薬物療法が有効である】とありますので、本当に困っているのなら、それらを試してみてはいかがでしょうか。 縁起脅迫の方は何も信仰してないという時点で除外していいのではないでしょうか。 自分でどうにかしたい、というのであらば、非常に疲れますが、その行為をしようとしてしまった時に思いっきり自制してください。 不快感や不安が残るというのならやらないほうがいいですが、残らないのであれば問題ないでしょう。 それが不可能であるのならば、代替動作に変えていくとかでしょうか。 髪をかきあげたりするなど、特に問題ない動作に置き換えて行ったり、十字を切る動作を手を前に持ってくるのではなく、普通に手を下に向けた状態でやるとか、その下に向けた状態で指先だけで小さく書くとか。 十字を切る事自体は、周りに同じ事をする人がいないだけで、変な行為ではないと思いますので、やってしまうことに対して過度な不安などを感じる必要はないと思います。 大体の人はその人の習慣なんだなぁと思うだけです。
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- michael-m
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それは貴方の意識が信仰を持たなくても、貴方の魂が信仰を持っているからなんですよ。 まぁ理由はどうでもいいんですけれど・・。 ミサ以外で十字を切る人がいないのは貴方の周囲だけで、世界ではいくらでもいますから問題ないです。 一番簡単なのは他の動作、要するにマジナイを覚えることです。 一般的なのは人差し指と中指を重ねるものです。これもキリスト教の風習です(全部がやる訳じゃない) コレなら人目につきませんね。 あとは拳を作って、胸をゆっくり、軽く3回叩く事。 もう一つは右手の小指から人差し指を軽く握り、親指を上におく。要するに親指を出した状態で握るだけ。 逆に左手を親指を中に入れて握り、右手掌を下に添える。 いずれも強迫観念を振り払う役目があります。内容を知る必要も無くマジナイとして癖にし、徐々に辞めていけばよろしいでしょう。
お礼
どうなのでしょうか、信仰を求めているように思ったことはあるのですが・・・。 もし主がおられるならこれもひとつの導きなのですが、 そのような考えに慣れておりませんしややもすれば独我論に行き着いてしまうような人間ですから、信仰には至っていません。 その考えから得られる孤独感からの逃避も少なからずありますし。 他の行為に切り替えていく努力をしつつよく考えてみます。 ご回答誠にありがとうございます。
お礼
早く的確な回答誠にありがとうございます。 そうですね、確かに精神の安定剤というふうに捉えればそれ程悪いものでもないのかもしれません。 やはり某かしないと気分が悪いようで、依然指をクロスさせてみたりイグナチオ・ロヨラの「霊操」を実践しようとしたりしましたがうまくいきませんでした。 受験生である身も考慮して、自然と治るか、代替動作への置換が成功するまで様子を見ることに致します。 変でないというお言葉に大変勇気づけられました。 重ね重ね感謝申し上げます。