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他人を受け入れる大らかな心になる方法
- 他人を受け入れるためには、自分自身を客観的に見つめることが大切です。自分が他人を避けたり壁を作ったりする理由を探り、それに向き合うことで心の変化が起こります。
- また、他人と接する際には相手の立場や感情を考えることが重要です。自分とは異なる視点や背景を持つ人々に対しても理解や共感を示すことで、寛容な心を持つことができます。
- さらに、自己成長を促すためには他人からのフィードバックを積極的に受け入れることも必要です。自分の欠点や課題に向き合い、改善する努力をすることで、自己成長が進みます。
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う~ん・・・ 人を愛することしか解決方法は無いと思います。 人を愛するなら自分とは違う感性の人も 受け入れられると思います。 私は人に教えることが仕事なので 生徒に愛情を持たないと仕事が出来ませんので 生徒一人一人に愛情を持ちます。 血の繋がった家族の中では 自分に一番似ているのは弟なので 弟が一番好きです。 夫は自分の半分の様に感じます。 一人でいる時は半分の自分、 夫といるときに やっと完全な一人の人間になれるような感覚です。 変な話しですが夫が生きていれば 自分が死んでもいいのでは?って感覚になるときもあります。 それぐらい夫は自分で、自分は夫なんです。 夫婦一心同体と感じます。
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- chappy813
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自分を客観視しながら、短所改善を志すところは偉いなぁと思いました。 でも、なんでしょうかねぇ~。あまり「他人」を気にしすぎなんじゃないでしょうか? 寛容に接するには心がけと思いやりが必要なのでしょうけど、年齢を重ねたり、色々な経験を重ねて身についていくもののほうが多いと思います。 他人を思いやることができれば、相手から自分に思いやりが帰ってくる。 どうやってあげたら、どう話してあげたら嬉しいか、ホッとするか・・・それを想像して相手を察した言動を返す。これを継続していけばいいのでしょうけど、そこには葛藤がつきもの。継続には心の自己練磨が必須。 それでも、志高い人間になろうと言う気持ちがあれば、次第に品や表情が内面からにじみ出てくるものではないかしら?
お礼
ご回答ありがとうございます。 本当に自分には問題があると思うので、直して行こうとは思いますが、確かに他人を気にし過ぎな面もあるかもしれません。 性格は社交的とか活発とか明るい、では無く、人見知り、恥ずかしがり、引っ込み思案などです。関係してるかは分かりませんが、両親も同じような性格で、また兄までもが同じで、で、私の恋人もなのですが。 両親においては他の親族から“気にし過ぎでは?”と正にささやかれているのを私は子供の頃知りました。 自分を客観視できちゃう‥しちゃうのが、もしかしたら人見知りな人の特徴かもしれないですね。分かりませんが。 テレビでやっていましたが、凄く社交的な人は、実は深く物事を考えてなくて、その場さえ盛り上がれば良い位な考え方があるらしいです。いちいち真面目に考えて無いそうです。 気にしすぎ、と言われてどうすれば良いのか分からない辺り、子供の頃は本当どうすればいいのか分かりませんでした。気にしないことは出来ないし、どうして気にしないで居れる人が居るんだろう?と思いました。 寛容に接するには心がけは考えてましたが、思いやりは私には無かったかも?新たな課題ですね(笑) 確かに、年齢を重ねたり、色々な経験を重ねて身についていくものって多いと思います。 自分でも実感しています。友人は短大生の時に既に気付いていたことに私は今気付いたのですし。 そうですか、年齢や色々な経験を重ねて身につく方が多いのですか‥‥そういうことも心にとめておこうと思います。 他人を思いやることができると、相手からも自分に思いやりが帰ってくるんですか‥それも今まで考えてなかったです。 凄く良いアドバイスです。ありがとうございます。 ↓ >どうやってあげたら、どう話してあげたら嬉しいか、ホッとするか・・・それを想像して相手を察した言動を返す。これを継続していけばいいのでしょうけど、そこには葛藤がつきもの。継続には心の自己練磨が必須。 そうです、そうです。継続って凄く難しい落とし穴です。 継続ほど難しいことは無いって位難しく感じます。 だけど、志高い人間になろうと言う気持ちはあるので、時折怠慢してるなぁと気付いては自分に反省して努力して行きたいと思います。 そうですね、次第に品や表情が内面からにじみ出てくる位自然に身についたら嬉しいなぁと思います。 出来れば結婚前、妊娠前に身につけておきたいことです。
- daiasa05
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今のままで良いじゃないでしょうか? 無理に他人を受け入れなくても良いと思いますよ。 他人は他人ですしね。 育った環境も、性格も」何もかも違うんだし、それが人間やし 他人それぞれいOKです。 社会人として、あいさつ、お礼など、一般的な礼儀が出来れば 無理に受け入れなくてもいいともいますよ。 私も似たような感じですけど、特定の人以外接触できません。 トイレの便座も無理だし、ドアノブにも抵抗あります。その他もろもろ 他人にも無礼などない程度のあいさつ、会話程度で44年間やってきましたが それでいいともいます。 全くの対人恐怖症では問題アリですが 質問者さん位なら問題無だと思います。
お礼
人に愛情を持とうと実践したところ分かったことは、それは誰にでも当てはめることが出来る事じゃない。ということです。 例えば会社の人。仕事外でイライラしていたことを仕事にぶつけてくる人。迷惑なので、そういう人に愛情を持って接することは出来ません。 相手も私に愛情を持って接していないのに、こちらが愛情を持つことは無理ということです。 私に粘りが足りないだけかもしれませんが、粘る価値を感じませんでした。 そうすると他人は他人だなあ~とやっぱり思いました。 粘ってでも関わらなきゃいけない人には愛情を注ぐ価値があると思いますが、その線引きが必要だなぁと思いました。 友人が言っていたのは、このことかと思いました。 他人とは、そつなく関係出来ればそれでヨシとする。それがベストだと自分も感じました。 ただ愛情注ぐべき人は居るから、その判断はちゃんとしなきゃ、そしてちゃんと接しなきゃと思いました。ただ恋人や旦那さんを他人と思っていいのか?は、違う気がしました。 恋人や旦那さんは元は他人だけど、密接な関係になった時点で他人じゃないなと思いました。 何もかも違うんだけど愛情を注がなきゃいけないのが難しい人間関係だと思いました。 それには、2人で1つなんていう素敵な考え方が出来ると、しっくりくるなぁと思いました。 夫婦としても2人で1つという考え方は、家庭を作ったり子育てして行く上でとても素敵だな~と思いました。 自然と協力しますし、相談なしには決めれませんし、まさにそれが一心同体ということで二人三脚であって、家族‥特に夫婦はそれが大切なんじゃないか?と思いました。多分夫婦が上手く行ってる家庭は子供もキレイに育つというか、自然と人と関われるというか、親を気持ち悪いとか思わないと思うし家庭内は上手く行くと思います。 そう思うと夫婦の絆や信頼や尊敬は大切だと、凄く凄く思いました。それから子供をつくったり結婚することが、凄く凄くたいせつだと思いました。 社会人として、そつなく関係するとは、回答者さんのいわれるとおりですね。 社会で生きてく為には、こちらは磨いて行こうと思います。 ↓ >あいさつ、お礼など、一般的な礼儀が出来れば無理に受け入れなくてもいいともいますよ。 そう思うと家庭が安らげる場所じゃないと息抜き出来なくて息苦しくて休まるところが無いのも分かります。 できれば家庭が安らぐ場所であってほしいですよね。 社会では“無礼にならない程度”という事に着眼点を置いて、これから生きて行くのが良いな~と思いました! 愛情はやっぱり友人の言う通り、家族とかの密接な人にだけ注ぐ事にちからを入れようと思います。 ご回答ありがとうございました。
お礼
いわれてみると人を愛したことってあるか?と考えてみると、滅多に無いです。赤ちゃんや小さい子供も前は苦手でしたが、今はこういう相手には大らかになれるよいになりました。また知らない老人とか道に迷った人とかにも同様です。聞く耳を持つようになったというか、老人も赤ちゃんや幼児も言葉がハッキリしなくてよく分からない事を言いますよね?そういうのを一生懸命聞いてあげようと出来るようになりました。それは愛情というのか良くわからないけど。 一応、愛情かなぁ? そうですか‥人を愛するなら自分とは違う感性の人も受け入れられますか‥。 まずは耳を傾けることからなのかな?と思いました。 教師を目指す人って、尊敬します。 教師を目指すにもそれぞれ理由は違うでしょうけど、その感覚にはなれた事がありません。 人に接するのが好きというのは、あるのでしょうね。私は心を開いてくれない相手は苦手かな‥‥。自分自身がそうなくせにね、何を言っているのか‥(笑) 心を開かせる力量もありません。 もし自分の子供が心を開いてくれなかったら、その時は努力しますけど。 大人社会は社交辞令とか建前とかありますから、大人社会で心を開く必要や、そういった機会も滅多に無いものかもしれませんが。 家族だって大人になったら、そういうものかもしれません。 私も愛情を持たないとやってけない場合には、人に愛情を持つように努力して、一人一人に相手によって変化をつけて愛情を持って行くようにしてみます。 それで寛容に、大らかに、優しい人になれたらいいなと思います。 やっぱり家族といえど相性はどうしてもあるのですよね、私は、私も兄弟が一番一心同体に近い感覚で次に母親かな?次に子供時代の友達かな? 旦那さまを自分の半分とか分身と感じられるのは凄いですね。それだけ尊敬もしておられるのでしょうね。旦那さまといるときにやっと完全な一人の人間になれるような感覚って凄いと思います。 そう思える夫婦関係も、とても素敵ですね! 私は、なかなか一心同体とまで難しいように思ってしまいます。 愛情を持って接することが出来てる時の自分を思い出して、みんなに“愛情を持って接する”をちょっとやってみます。ありがとうございました。
補足
凄く説得力があり、単純明快な答えでした。 難しい事をごちゃごちゃ考えても、なかなか心に覚えておけないというか、脳にも覚えておけないのですが、“人を愛すること”というのは凄くいいアドバイスでした。 人を愛するように念じて実行すると自然と思いやることになるし、自然と大らかになるし優しくなるし、凄いなぁと思いました。 たまに男女関係の愛って何?!とか疑問になっちゃってたのですが、愛に種類はなくて、全部の関係に同じように作用出来るのが“愛”なんだな~とこの回答で理解することが出来ました。 人を愛するよう念じて実行したら、自然と自分とは違う感性の人も受け入れられそうです。 “一人一人に愛情を持つ”というのも本当に凄いことだと思います。 私の疑問の原点は恋人との人間関係でしたが、回答者さんの“二人で一人”という考え方は本当に素敵です。こちらも単純明快で、これも心で念じれば、自然と恋人を尊重出来てしまう結果になるところが凄いなぁと思いました。 でも私に子供が居たら、親が片方生きていれば片方死んでしまっても大丈夫な感覚には私は今はなりません。 きっと回答者さんは旦那さんと一心同体と言われてますし旦那さんが、回答者さんの考えなどを網羅されてるから、もしも自分が居なくなってしまっても任せられると、旦那さまを信頼されているのですよね。 私は恋人と、まだまだそんな関係にはなれてないので今は思えませんが、そう思える位だと本当に夫婦として心強い相棒ですよね。 そんな夫婦関係は、他人を受け入れられない私には更に更に遠い話ですが、凄く凄く素敵だと思います。 多分、子供にとって親が片親でも、父母両方の考えや思いを網羅しているような大人が側に一人居れば、確かに大丈夫だと思います。 “愛すること” “二人で一人(一心同体)”は凄く素敵な言葉でした。