正力松太郎がCIAのエージェントだった話は有名ですが、「米国の手先」とまでは言えないのではないかというのがわたしの評価です。
奇しくもきょうは9月1日ですが、関東大震災で朝鮮人の虐殺が起こったのは当時警察官僚だった正力の指示だと言われておりますので、もともと相当にエキセントリックな人物だったことはまちがいないでしょう。人権や良識を一顧だにせず、権力志向が強く、そして思いこみが強い。
こういう人物がアメリカに近づいたのは、あるいはアメリカの保守派が有用な人物だと見なしたのは思考が近く利害が一致していたからであり、正力自身にはアメリカに従属しているという意識はあまりなかったようです。
というか、当時のわが国の保守派・タカ派のほとんどはアメリカから資金を提供されて指示を受けていても、現在の親米派ほどアメリカに追随することはありませんでした。吉田茂、岸信介、佐藤栄作と名前を並べてみるとわかるとおり、彼らは親米派でありながら日本独自の主張もかかげ、それなりに追求もしていました。論壇を見ても、福田恆存、小林秀雄、猪木正道等々、彼らはみな日本の保守派であってアメリカとは利害・理念が一致する局面が多かったにすぎません。
多くの論者が指摘するとおり、現在わが国の保守派には「対米従属を基本とする」論調が目立っています。ほとんどイコールで結んでも良いのではないかと感じてます。
ことに鳩山政権時の外務省など、どこの国の役所なのかわからないくらいでした。鳩山氏の外交政策に問題があったことは言うまでもないのですが、外務官僚が他国の意志を忖度して動く事態など世も末です。
この保守派の変質(堕落)がいつから進んでいたのか、わたしの実感では東側が崩壊してわが国の左翼の退潮がはっきりしてからです。あくまでも感覚でしかありませんが。保守派の劣化は目を覆うばかりですが、革新派は絶滅危惧種になってしまったせいで、現在のわが国の論調は全体として保守的になっています。
読売グループがその世相に乗っていることはまちがいないでしょう。読売新聞といえば昔から中道右派と目されてきましたが、渡邉恒雄氏が実権を握るまではそれほど保守的な論調が目立っていた印象はありません。あるにはあったのですが、バランスをとるような記事が載っていたせいでしょう。大阪社会部とか有名でしたね。
しかし、これらバランスをとっていた記事や論調は残らず意見を変えさせるか、左遷されるか、退社を迫られるなどして、いまではすっかり新聞紙面には渡邉恒雄氏の意見に反するようなものは見かけません。それでもたまにあるのがおかしいですが。
というわけで、読売グループを保守化(右傾化)させたのは渡邉恒雄氏のイニシアティブだと考えてまちがいないと思います。世相とは結果的に合致したにすぎないのだと考えます。
ところで、このいわゆるナベツネですが、わたしは彼は古いタイプの保守派・タカ派だという印象です。
渡邉氏は正力・務台と続いた読売の伝統を継いで独裁者器質の人であり、共産党支持者から転向した人の常としてかなり確信的な保守思想の持ち主でした。すぐれた記者だったことはまちがいないようです(スクープ記事も出してます)が、それ以上に政治家(大野伴睦)の信を得て日韓同盟のために陰で動くなど政界への力を根拠に出世を果たした人として知られています。
中曽根康弘氏との知遇もこの頃得たそうです。中曽根政権当時、ナベツネは中曽根の腰巾着になっていると思っていたのですが、魚住昭の本を読むとむしろ両者の関係は逆に取れます。ナベツネのほうが兄貴分のようですね。
結論としては、世論が右傾化していることはまちがいありませんし、読売新聞の右傾化もたしかです。しかし、それは必ずしも世の中に合わせたわけではなく、読売社内で独裁的な力を手に入れたナベツネの思想によるものでしょう。ただし、ナベツネ自身は現在の保守派に違和感を感じていると思います。少なくとも、アメリカに盲従する非理性的な人たちとは一線を画する存在と評価します。
わたし自身は彼を嫌っているのですが、いっぽうで一目置いてもいます。
お礼
渡邉氏についての詳細な解説、ありがとうございます。たいへん勉強になりました。