あなたの小さな抵抗、ありませんか?
好きな言葉に「われ抵抗する、故に我あり」」というのが有ります。
誰が言ったか忘れましたが、これはデカルトの「われ思う、故に我あり」をモジったもので、何事にも付和雷同では、自分が無いのと一緒だということだと思います。
みなさんも、自分らしさや、他人にない優れた点をアピールすることは有ると思いますが、同時に他人や世の流れに抵抗してることも有るではないでしょうか。
最近少し太ってズボンがきつくなり、新しいのを買いに行ったら、綺麗な女店員さんが「ボトムスですか?」と声をかけてきました。
意味が分からず「ボトムス?」と聞き返すと、また「ボトムスですか?」と言います。
ああズボンの事かと思い「ズボンです」と言うと、「パンツですね」と言います。
ズボンの事をパンツというのは知ってるので、「今はボトムスと言うのですか」と聞くと、当たり前のように「はい、ボトムスです」と言います。
結局気に入ったものが無くて、その店を出たのですが、「パンツ」と言うのも嫌で、ズボンと言い続けてるのですが、ボトムスは尚更使う気になれないです。
我々の時代は、ボトムと言えば、ズボンのすその部分の事で、当時流行した「ベルボトムのジーパン」は、ヒッピーが穿いてた裾がベルのように開いた形のものでした。
こんな小さな抵抗がありましたら、教えてください。
「リスボンのマクドナルド2018」
お礼
汚れた時が基準なんですね。 ありがとうございました。