映画を観ていて ”どうでもいいところ” で気になることはありませんか?
映画を観ていると、たまに本編とは関係のない端のほうとかが気になったりします。たとえば、洋画でのアクション映画など観ていると、暴走する車をパトカーや誰かが追いかけていたりして、そこになにも知らずに普通に走ってきた車がクラッシュしたり飛んでったり、店をぶっ壊したり、銃を乱射したりし、・・・最後は主人公が満面の笑みで退散、みたいな。
ちょっと待った!
「その人(車が巻き込まれた一般人)はどーすんだよ!」「その人に残された家族はどーすんだよ!」「慰謝料はいくらなんだよ!」「町の修繕費はだれが払うんだよ!」「どれくら不便になんだよ!」「それ一本でやっと生活していたかもしれないじゃんかよ!」「乱射した銃弾で誰か死んだかもしれねーじゃんかよ!」「笑顔で退散すんなよ!」・・・・みたいなことってないですか?
まぁ、真剣に考えてはいないのですが、そういう大掛かりな仕組みだからハラハラドキドキする、ということなのでしょうし。私としては、なんとなく気になったりします。ほかの方はどのへんが気になったりするのでしょうか?
日本の映画は繊細なのでそういう矛盾(?)点は無く気にならないのですが。日本の映画だからこそ、端のほうが気になる、という点は何かありますか?
あと、幼いころ、アニメや洋画を観ていて、エンドロールで何故登場人物の横に必ず他の人の名前がくっついて出てくるのか、不思議、というか遺憾でした(彼、彼女はたった一人で頑張ってたのに、あんたはだれなの!?何様なの!?・・・というかんじで)。のちに声優なのだと分かったのですが、声優という概念がなかったので、彼ら彼女らは一人しかいない、起こったすべては事実、と思っていたので、知ったときに、なんだか「作り物」としか思えなくなってしまった、ということがありました。DisneyLandにいるミッキーはミッキーなのだと思っていたのに、時間が経って大人になって行ってみると少しばかり動揺してしまうし。
他には、幼いころ、洋画を観て、白人と黒人が出ていると何故彼らはおなじ言葉を喋れるのだろう、と思っていました。国が違うんだから話す言葉は違うんじゃないの!?と。その割には、外国人を実際にはじめて見たとき、日本語じゃない!!と衝撃を受けました。世界は日本語だけだと思っていたのです、頭のどこかで。洋画の中では皆日本語を流暢に喋っていたので。
お礼
なるほど agent自体にそう言った意味があるんですね 参考になりました 回答ありがとうございました