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綺麗事について
人は自分に無関係な事や経験した事の無い事に関しては 理解しようとせず綺麗事で済ませる。 なので自分はその現実受け入れて 誰に何を言われようと自分を信じて生きていきたいと思ってます。 というのが私の考えなのですが これについて違う意見がある方がいれば聞かせて下さい。
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その、きれい事てのが具体的に何を指して いるのかよく判りませんが。 1,無関係なこと 無関係な事なら、客観的、公平に理解できる のではないですか。 関係があれば、それに縛られてしまいますから。 例えば、TPPです。 農業関係者は、日本がどうなろうと構わない訳です。 自分たちの利益が真っ先に頭に浮かびます。 だから、関係者は客観的、公平な判断、理解 が出来なくなります。 産業界も同じですね。 2,経験したことの無いこと 経験した人は、それに囚われます。 「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」です。 人が経験したことなんて、実はちっぽけな範囲に 過ぎない場合が多いのです。 そんな経験から導出されるものは、やはり ちっぽけなものです。 3, 他人は総て教師ですよ。 常に他人から学ぶ、という姿勢は大切だと 思いますが。 4,ただ、己の価値観というか軸というか、そういう モノは持っている必要はあると思います。 質問者さんは、これを言いたかったのではないですか。 己の価値観、軸を持っていれば、分水嶺に遭遇したとき 迷いません。 誤っても、納得します。
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>理解しようとせず綺麗事で済ませる 人によっては理解できる場合と理解したくても出来ない場合の両方があると思います。 最初から理解する気もない人もいれば、よく理解できる人もいる。理解したくても知識がないから理解しようと思っても出来ないという人もいるでしょう。いろいろなパターンがあると思います。 ちょっと考え方が堅すぎるように思えます。 人間は完璧ではないので、よく知っている事より知らない事のほうが遥かに多いのが当たり前ですから人間とは、その場限りのいい加減な事を言うときが多くあるのも仕方ない事だと思います。(相手を理解できずに綺麗事だけで済ませる場合もあるのは…) だから簡単に人の言う事を信用しないようにする。のは、普通の事だと思えます。反対に簡単になんでもかんでも信用するのはダメな事だと思います。 しかし人間とは複雑なもので何かの1つの分野が全然知らないから、他の全ての分野がダメで知らないという事にはならないと思います。 ある分野やは全然ダメでも他の分野では、凄く知ってるという事もあると思います。 ですから場合によっては人も、理解できて綺麗事だけで済ませない人も中には出てくる場合もあると思います。完全に全てを拒否までする必要性は無いと思います。ですので「誰に何を言われようと」という部分は賛成しかねます。 基本的なスタンスとして簡単に人を信用しない。でいいと思いますが、臨機応変に対応して信用するときは人を信用する。のほうがいいように思えます。(勿論 簡単に信用せずに、よく考えてからですが…) この臨機応変が1番難しい事かと思いますが、こういう臨機応変や柔軟さこそが上手くいく秘訣やポイントなのではないかと思えます。 あんまり回答になってないですね… ごめんなさい。
- YUNAS
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いいんじゃないそれがあなたの考え方。 あれもこれも悩むより、やってみて失敗して(しないかも) 後で反省や行動できれば、、、、。 具体的でないのでこんな回答です。