大河ドラマの謎
NHK大河ドラマ主人公の小物化は目を覆うばかりです。かっての主人公は信長とか秀吉とか天下人だったのに最近の主人公は大名の家臣。黒田官兵衛の最終回では家康が如水に「戦のない世を作ることを誓った」ということになっていますが、これって史実なんですか?(戦のある世にしたのはあんたたちじゃないのかいって言いたいですが)。小物に史実以上の働きをさせて取り繕っているような感じです。これはつまり文句なしに主人公にしたいような大物がいなくなっているということでしょう。深刻な人材難です!ところがその一方でとっくの昔に取り上げられてしかるべきある人物がずっとやらないままになっているという、とっても変な現象があります。その人物は
(1)戦国時代を切り拓き
(2)数多くのエピソードを残し
(3)関東を制覇した
もう、お分かりですね。そうです。言わずと知れた北条早雲です。北条早雲くらい大河ドラマの主人公にふさわしい人はそういません。流浪の武士から身を起こし、八面六臂の活躍、瞬く間に関東を制覇(実際はそうでもないようですが)。何といっても戦国時代を切り拓いたのです。この北条早雲を差し置いて他の誰が出る権利があるのでしょうか。北条早雲より優先度の低い人も多数やってるのに、それなのに北条早雲の番が回ってくる気配が一向にありません。前回の質問では北条早雲より優先度が低いにもかかわらず出ている人の例として山内一豊、北条時宗、新島八重を挙げましたが、他にも優先度の低い人はいっぱいいると思います。秀吉に敵わないと見るやさっさと降参し、家康が天下を取りそうと見るやさっさと徳川に鞍替えー結局のところ強いものにへつらうばかりだった伊達政宗、大河ドラマの主人公にするにはあまりにもスケールの小さい赤穂浪士、いくら人を斬り殺しても歴史の中で何の役割も果たしていない宮本武蔵、鎖国という日本史上最大の愚策で日本の進歩を止めてしまった徳川家光、時代に逆行し陰惨なばかりの新撰組、家康に向かってこぶしを振り上げたはいいが、こぶしを下ろすのに困ってしまった直江兼次ー何だか歴史上の人物の悪口大会みたいですが、それに引きかえ「関東に独立国を作るという雄志を持ち、謀略を駆使して堀越御所、小田原城などを次々に乗っ取り、関東に覇を唱え、大河ドラマのために戦国時代を始めてくれた北条早雲」は最優先でやるべき人材であることは明らかではないでしょうか。もちろん、北条早雲も「国中が麻のように乱れ、親子兄弟が争い、強盗殺人放火やりたい放題の恐怖の時代にした張本人」という見方も可能です。しかし大河ドラマの制作陣はそんな戦国時代が大好きなのですからこのことは北条早雲をやる理由にこそなれ、やらない理由にはならないでしょう。早雲が戦国時代を始めてくれたおかげで?大河ドラマを作ることができるのですからNHKは早雲に感謝しても良いくらいだとさえ思います。このように北条早雲は
(1)大河ドラマのコンセプトにピッタリ
(2)知名度がある(前回の質問では「北条早雲て誰?」という回答もありましたが...)
(3)北条早雲以外にいい人材は乏しい
(4)NHKは早雲に恩義がある
ということを考えれば早雲をやらないのはまったくおかしなことだと言わねばなりません。早雲をやらないで直江兼次をやるなんて早雲を故意に外しているとしか思えません。早雲のやっていることも実際には侵略やら、だまし討ちやらですが、「時代に逆行し陰惨なばかりの新撰組」などより夢があるような気がしませんか。大河ドラマのコンセプトを見ていると「北条早雲のためにある番組」と言っても過言ではないように思います。しかも早雲は単に大河ドラマの主人公に適任であるだけではありません。日本史は多士済々、主人公に適任の人材は早雲以外にもいっぱいいます(というようなことはなく、すでに人材が払底していることはこれまで見てきたとおりです)。北条早雲は単に適任であるだけではなく、早雲をやることはNHKの義務、責任です。そのわけをご説明しましょう。もし「大河ドラマ史観」なるものがあるとすればー日本の歴史は源平合戦に始まり、いきなり戦国時代に飛びます。そして戦国時代が日本史の大部分を占め、やっと江戸時代が始まったかと思うともう幕末です。こんなことになってしまった原因の一つは太平記物語と北条早雲という二大タブーがあったからです。この二つを放送できなかったために源平合戦と戦国時代の間をつなぐことができません。このままではまるで源義経が戦国時代を始めたみたいな、まるでおかしなことになってしまいます。「大河ドラマ史観」で日本史の重要人物を挙げると、鎌倉時代を始めた源頼朝、室町時代を始めた足利尊氏、戦国時代を始めた北条早雲、安土桃山を始めた信長と秀吉、江戸時代を始めた徳川家康、明治維新を始めた坂本龍馬となります。このうち頼朝、信長、秀吉、家康、竜馬は何回も出ているのに足利尊氏は1回だけ、早雲に至っては0回、というのは明らかに公平を欠いています。山本勘助や直江兼次、黒田官兵衛といった小物でさえ出場機会を与えられているのに、です。山本勘助と足利尊氏はともに出場回数1回ですが、勘助は尊氏と同程度の重要人物なんですか?いったい山本勘助が何時代を始めたというのでしょう。ましてや北条早雲は日本史の大部分を占める戦国時代の創始者ではありませんか(大河ドラマ史観では、の話です)。源平合戦と戦国時代の間の空白を埋め、戦国の始まりを説明することはNHKの義務です。戦国の始まりを説明するのに黒田官兵衛必要でしょうか?黒田なんかより早雲に御登場いただくことがNHKの喫緊の課題です!北条早雲は戦国時代の原点=大河ドラマの原点のはずではないでしょうか。
大河ドラマで北条早雲をやらないのがいかにおかしなことであり、NHKは故意に北条早雲を避けていることがご理解いただけたでしょうか。ここからがやっと本題です。太平記の場合には放送できない公式な理由がありました。北条早雲にはそんなものはないと思います。したがって北条早雲を放送できないのはNHKにとって公表できない、隠しておきたい裏事情があるのではないかと思われます。その裏事情とは何かというのが私の質問です。NHKが太平記と北条早雲を避けて日本人に間違った歴史観を植え付けた罪は大きいです。もっとも太平記の方は避けざるを得なかったわけですが、なぜ北条早雲を避ける必要fがあるのでしょう。乱世に彗星のごとく現れ、裸一貫から大国を築きレジェンドとなった北条早雲。本当はNHKも北条早雲をやりたくてやりたくてうずうずしているのではないかな。しかしある理由から北条早雲は大河ドラマにできない。その理由は太平記のように公表できるものではない。その理由はもっと問題にされても良いのではないかと思いました。前にも同じような質問をしたのですが、私の真意が伝わらなかったようなので再度質問させていtだきました。
お礼
回答ありがとうございます。 長浜市でしたか。確かに浅井三姉妹出生地の小谷城も近いですし、三姉妹はお市の方死後は秀吉の元に身を寄せていましたね。 「篤姫フィーバーの再来」を望んでいたNHKとしても願ったり叶ったりだったという事もあるでしょうけど、本当に2011年放送を実現させてしまったというのも凄いです。 ただ、肝心のドラマの出来があの体たらくでは、長浜市の方々の熱意も水の泡にされてしまったのではないか…と思ってしまいます。