『天罰』発言は国や国民全体に向けられたものとも解釈できます。
「死の町」という比喩は、その町に入った感想であり、その町にかつて住んでいた住民に対する侮辱とも解釈できます。
大きさという点では、石原氏の発言の方が、国や国民全体を指す以上、つまりは、日本国の象徴たる天皇に対する侮辱も含んでの事にも解釈できます。
天罰発言をマスコミは矮小化して、あたかも被災地に対する侮辱であるかのように流していますが、実際は、国全体国民全体に対する、天罰が下ったと発言しているとも解釈できます。
両方とも解釈をマスコミが、「死の町」は大きく誘導し、『天罰』は小さく誘導しているとも思えます。
実際は実績云々という話ではなく、どの解釈をマスコミがどのように宣伝するか、情報操作するかという点にあるとも言えるでしょう。
摩訶不思議なのは、保守も右翼も石原発言を批判しないことです。
自民党の中も議論も無いままに、都知事選挙を勝つために石原氏を推したのです。
これが政治だと言えばそれまでですが、愛国心がある人間が、『天罰』などと今までの日本歴史に罪があり国全体や象徴たる天皇に罪があるとも取れる発言をするのでしょうか?
しかもその発言に批判も怒りも表わさない、右翼と保守を名乗る人間はどういう思考をしているのでしょうか?
結局「死の町」は議論があり、『天罰』は議論がないというのが現状でしょう。
こういう事を見るにつけ、日本の右翼や自民党や保守陣営は、日の丸君が代反対の左翼を批判して、自分を愛しているだけのことでしょう。
それを愛国心といっているだけのように思えます。
お礼
有難うございました。 >両方とも解釈をマスコミが、「死の町」は大きく誘導し、『天罰』は小さく誘導しているとも思えます。 実際は実績云々という話ではなく、どの解釈をマスコミがどのように宣伝するか、情報操作するかという点にあるとも言えるでしょう。 >愛国心がある人間が、『天罰』などと今までの日本歴史に罪があり国全体や象徴たる天皇に罪があるとも取れる発言をするのでしょうか 全くその通りだと考えます。 >こういう事を見るにつけ、日本の右翼や自民党や保守陣営は、日の丸君が代反対の左翼を批判して、自分を愛しているだけのことでしょう。 それを愛国心といっているだけのように思えます。 全くその通りだと思います。 ところで福島原発事故の犯罪者は誰でしょうか。 日本のメディアは、法的責任を負うべき当事者、つまり検察がまっとうに機能すれば当然起訴の対象となるべき責任企業と責任官庁の証拠隠滅を、報道規制して出していないのではないでしょうか? http://65102915.at.webry.info/201109/article_2.html