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人生を悲観する女性の心情
- 自分の人生が悲観的な状況にある女性の悩みとは?彼女は幼少期から周囲の影響を受け、自己肯定感を持てずに生きてきた。
- 彼女は仕事でも人間関係でも悩みを抱え、自信を失っている。一人暮らしの彼女には理解のある彼氏がいるが、彼との関係にも不安がある。
- 彼女の人生は退屈で味気ないものであり、常に過去や未来を考えてしまう。彼女はこのままずっとこのような人生を送るのだろうか?
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質問者が選んだベストアンサー
> 私の人生、ずっとこんなのでしょうか? 違うことやれば違う人生です。 同じ生き方をするのはその方が楽だからです。 本気で変えようと思うほど困ってないということ。 10年後20年後に後悔しないと思うならそれでいいのでは。 自分で自分のことをほめてやりたいと思うなら、 自分の望むことを精いっぱいやるほかないです。 そのエネルギーがないというなら、充電が必要です。 ちっとも充電されずエネルギーがもれていくなら、 心が故障している可能性が高いので修理する必要があるでしょう。
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私も、四六時中、常に何事か、考えてばかりです。 最近のお題は「相手になんの期待もしない恋愛は果たして本当に恋愛といえるだろうか、それってもはや母性なんじゃない?いや、母親でさえ、子どもにあれやこれやと期待するよ?」ってことです。 益体もないことだと思う。小難しいことも考えたりします。それらのほとんどが余計なこと、くだらないことばかりです。 それらを考えつつ、職場の休憩室では馬鹿話で花を咲かせてたりします。 人生、楽しいです。 ようは性格だと思います。ものの考え方一つで、人生変わりますよ。 拝見する限り、決してあなたの人生は起伏のないものじゃないでしょう。彼氏という人の関わりがある。 「こういう性格だから、友達も普通にできるのかもしれませんが」という彼の性格を分析した文章ひとつとっても、ちょっと、その、なんていうか、ひねくれてるというか。そうなのかもしれないけれど、だったら、その彼には人生相談ではなく、自分が彼に合った付き合い方をしてみるのもいいかもと思います。まずは自分から歩み寄ってみないと。 その彼も本当に最初のころはあなたと結婚したいと思ってたのでしょうが、性格を知るうちに考え方が変わったのかもしれないですね。 私も以前、そんな感じで好きな人といい雰囲気になりかけたにもかかわらず、結局相手の気持ちが冷めてしまい友達どまりで終わりました。 私も相当、考え込む性質で、以前は「仕事のできない人間は普通の人と同じように笑ってはいけない。親しくしてはいけない」という気持ちにとらわれて、悲観的に生きてました。 それがあるとき、居酒屋に勤めだして、そこのメンバーが底抜けに明るくて、猥雑で、なれなれしくて、でもそこで私は社交性を身に着けました。そこでの人との出会いが転機になりました。 なので質問者様にも何か、きっかけがあると良いのですが。 そのきっかけつくりはやはり自分で作るものだと思います。 ずっとこんな人生が続くかどうかは、質問者さましだいです。
- yume19801981
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昔の自分と似ているな、と文章を拝見して思いました。 私も中・高と登校拒否をしました。その中で私は内向きでおとなしい性格なんだ、と思い込んでいました。 短大は何とか卒業しましたが、社会の荒波にすぐ負けてフリーターになり職を転々としました。 人との付き合い方が分からず、悩むあまり対人恐怖症とうつ病を併発しました。 彼氏なんて当然いませんでした。これは両親の目が厳しかったせいもあります。男性と付き合うことは単純にいけないことで両親が怒るからダメだ、と思い込んでいました。私の世界の住人は両親だけでした。特に母親は私にとって何をしても愛してくれると甘えて寄りかかってばかりの存在でした。 何とか社会人として一人前になりたいと焦り、色々仕事はしてみるものの対人恐怖症でうまくいかずすぐ辞めてしまう、そんなことの繰り返しで、あなたのように鬱々と悩み、その鬱憤を母親にぶつけていました。私の場合は弱さと甘えです。中・高のブランクのせいか精神的に全く成長出来ていませんでした。 それが25まで続き、その年母が病気で死にました。私の父は祖父のような年齢で、以前から少し懸念していた認知症が母の死で一気に加速しました。金銭的にも精神的にもどん底で、でも生きていかなければならない。自分一人だけで暗中模索するうちに、ある日コロッと性格が変わったのです。ネガティブ思考からポジティブになり、物事の割り切りも早くなりました。気も強くなりました。私の場合は、やはり母の存在が強かったのだと私自身もそこで気がつきました。 母はテキパキとした性格で弁も立ち、私が行動する前に先回りしてやってくれる、という人でした。本当に私を愛してくれたいい母でしたが、過保護ではあったと思います。それに私がすっかり甘え、全てを母任せにしていたことで自分で考えて動くことが上手に出来なかったのだと思います。しかし、本来の私は我が強く、気性も荒い性格だったようで、それを自分でも気づかずに過ごしていたためにアンバランスになっていたようです。 子供にとって親の存在はやはり大きいです。あなたも、ご両親からの影響は少なからずあるのではないでしょうか。 でも、あなたはちゃんとした定職に長年就いて、恋人もいる。私より余程立派です。 非常に我慢強い方だと思います。また、感受性も強いので色々深く考え込んでしまうのでしょう。その人が本来持っている性格というものもあります。 彼のことで悩んでしまうようですが、これは誰でもあり得る悩みだと思います。どこかで浮気してるんじゃ・・・相手を好きでいる限り心配は尽きません。でもそれが恋です。 友達が出来やすい人と出来にくい人と、やはりいると思います。私も性格は変わったものの友達は出来ません。ポジティブにはなったのですが本来持つ猜疑心の強さはそのままで中々人を信じて仲良くなることは出来ません。彼氏もいますが味方でもあり、敵でもあると思っています。時に傷つけられる存在だからです。利用されないようにあらゆる物事に譲れないラインを引いて踏ん張っています。苦しいですが仕方がないです。 私が大きく違ったのは、友達が出来なくても恥じることはない、また彼との駆け引きは苦しいが仕方がない、と思い切れるようになったことです。以前の私なら私は欠陥人間だと落ち込み、恋愛がこんなに苦しいなら私には無理だと逃げていたと思います。 、あなたも友達が出来なくても、うまく人間関係が築けなくても、それを恥じることはないんです。それが出来るから人より優れてる、出来ないから劣っているという定義はありません。それも自分の特色なんだと見方を変えて、思慮深い自分自身を楽しんでみてはいかがですか? 自身の考え方を変えるというのは容易なことではない、産みの苦しみだと思います。それでも見方を変えるだけでまた違った景色が開けてくることがあります。あなたは決して劣ってなどいません、悲観せずご自分を愛してください。