KYとゆう言葉について
KYとゆう言葉について
直訳ですと「空気が読めない」とゆうことになりますが、「読めない」わけではない場合もあると思うのです。
1:ホントに(空気を)読めてなくて、流れからズレた行動(発言)をする人と、
2:空気は読めているが、ここはその流れ(空気)ではいけない、とある種の信念のもと、独自(少数派。流れとズレる。)の考えを述べる人、
上記の2パターンあると思います。
そして、
空気を読み取る「洞察力」が非常に足りない人でも、表だった発言や行動をしなければ、流れからズレるとかズレないとかのジャッジが発生せず、結果的にKYにはならない事もあるはずです。
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「KY」は、「洞察力がない」のとは必ずしもイコールではないと思います。
空気とズレる、空気を乱す、のは現象を見れば分かりますが、「読めない(洞察力や観察力がない)」のとはイコールではないはずです。
強いて言うなら、「空気に合わせない」かな。
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KYとゆう単語の流通が一回りして、「読めない」Yとしてではなく、結果とにかく「空気と違う人」を指す記号のようになればいいですが、「読めない」とゆう要素が含まれてしまうと、賢くない感じがするので、しっくりこないんです。
KYを使っている人は、先述の、1と2の違いを意識していますか?
お礼
丁寧な解説のご回答ありがとうございます。 「痛い」と言われないよう、余裕のある立ち振る舞いを致します。