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人間としての「好き」と恋愛対象としての「好き」
よく、人間として「好き」だけど・・・(経験上、女性に多い)という言葉を耳にします。何故、このようなことが起こるのか?自分が考えるに人間としての「好き」と恋愛対象としての「好き」、両者の差はごくわずかではないかと思います。好意を持てない人とは、彼(彼女)をおろか、友達にもなり得ないはずです。 やはり、曖昧で不安定な恋愛感情が支配するから、こういう差異が生ずるのでしょうか? 両者の差を、理論的に説明をお願いします。 ※「直感」でとか、「一目惚れ」など理論的でない記述は求めていませんので不要です。
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No15の回答を読んでちょっと驚きました。 私も全く同じで下記のような告白をする人間でした。 >好きになった女性に対する告白は >「○○さんのことが好きです。でも付き合いたいとは思ってません」 >という告白 私は女性ですが、現在通院中でホルモンバランスが乱れていると言われています。 病気になって初めて知りましたが体内物質は人間の心や体調にかなり影響するんですよね。 精神病だってハッキリと断定はされていないですが脳内物質が不足する事による脳の機能障害だとかも言われているし、だから薬で不足した物質を補う必要もあるわけで・・・鬱病等が投薬治療になる事も実際に自分が病気になりわかった事実でもあります。もちろん精神的なものはものの考え方も関わってきますが。 でも、ホルモン分泌の問題があるという共通点でおかしな心理状態(好きだけど付き合いたいとは思っていないという気持)まで同じだなんてちょっと驚きました。。 精神薬は飲む人によって作用・副作用も様々で効果があることをかなり感じているので、そういった事を考えると人間の体内物質(ホルモンやその他物質)には見えないところでかなり左右されているといった印象を受けています。もうこれは・・・自分の身体で体感して実証された感じなので他の方に話しても理解しがたい話だとは思いますが。そういう経験をしている私はNo15さんの回答はとても興味深いものでした。 「恋愛対象=性欲」という結び付きについては・・・私も否定はできないと感じています。 動物であれば感情というコントロールや抑制がないわけですから本能のままに行きますよね。そのように人間もなってしまうと・・・それはレイプ等の犯罪になります。 でも人間は感情や理性等でコントロールが可能なので、私は女性だから一般の男性の性欲については解りかねますが「恋愛対象=性欲」というものはあるけど、そういう性欲だけで相手を見ているのではなく「愛している=ひとつになりたい」という欲求が沸いて、でも「愛している=相手が望まないのであれば我慢ができる」という事ができるのではないでしょうか。 好きな人としたいと思う事はごく自然な事だと思うので「恋愛対象=性欲」という事はあると感じます。 それだけをピックアップしてしまうと、じゃあ本能で襲うのか?といった印象も受けそうですが・・・それだけじゃないですよ。人間ですから。 なんていうか難しいのですが、「恋愛対象=性欲」というよりは・・・恋愛対象の相手に全く性欲を感じない事があるのか?と考えるとそれはないと思うんですよね。 質問に対する回答ではない話が長くなってしまってすみません。 で、本題については 両者の差はごくわずか。 私も質問者さんと同じように思います。 以前は全く別物かと思っていましたが。 理論的ではなく申し訳ないですが、なんとなく若い人ほど「人間としての好き」と「恋愛の好き」を分ける傾向があるように感じます。 としをとり結婚を意識する年齢になってくると(20代後半以降ぐらい?)、「好き」というもののとらえ方が変わってくると思うんですよね。 「恋愛対象」としてというより「結婚対象」とか「家族になる相手」といった目線が加わってくると思います。 そういう価値観が加わると、 人間としての「好き」 → 恋愛対象としての「好き」 この差があまりなくなるのではないでしょうか。 人間として好きで尊敬できて、一緒にいて楽しくて安らげる・・・そんな相手って最高だと思いますし。 理論的にというか私の経験談ですが、結婚を意識する年齢になってから感じるのはそういった人間として好きな相手が恋愛対象になりつつあるので、両者の違いはホボなしです。友達を経て恋愛対象~と考えているからです。 そう思うと何でしょうね。 価値観によって様々?と言ってしまうと全ての事に対して「価値観のせいだよ」という答えになってしまうじゃないかという感じがして微妙ですが、それぞれの恋愛の始まり方も大きく関係しているのでは? (1)人間として好き → 友達になる → 恋愛に発展 (2)人間として好き → 友達になる → 友達と恋愛はありえない (3)恋愛対象として好き → 恋愛に発展 簡単にパターンわけするとこの3種類がパッと浮かんだのですが、私は(1)の考えです。 だから人として好きと恋愛対象として好きは僅差だと考えます。 でも(3)の考えの人は僅差ではないと言いきるでしょうね。 となると理論的に説明するには難しいですね。 でも結局はやはり性欲・・・というか相手に対して性的魅力?を感じるかがこっそり絡んでいると思います。 だから理論的に説明するとやはり性的な魅力を相手に感じるかどうかじゃないですかね。 恋愛感情を持つタイミングは人によって様々だと思うけど、その恋愛感情が芽生えた時点で相手に対して性的魅力を感じているのではないかな~と。 上の(1)~(3)について考えると (1)最初は性的魅力を感じなかったが、性的魅力を感じるようになった (2)最初からずっと性的魅力を感じない (3)最初から性的魅力を感じた といった感じで。 長すぎて意味不明だったらすみません。 ということで、個人的には両者の差は「性的魅力を感じるかどうか」だと思います。
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そこに男と女としての立場が絡むか絡まないかでしょ。 質問者様と違って、そこに「好意」はないのです。 「好意」は恋愛感情ですよ。 その時点で男として・女として…なのです。 人間として好き…は、ただ単に「人間性を認めている」だけの事です。
お礼
ありがとうございます。男性として、女性としての立場が絡むかどうか?人間性を認められただけ、といいますが、人間として認められるのはそれなりに大変だと思いますし、苦労もします。人間として好意をもたなければ、恋愛感情にはなり得ないと思うのですが・・・
色々言いたいけど感情論になっちゃうから一つだけ。結局はセックス対象なら恋愛対象です。
お礼
SEXできるかどうかで決まる・・・となったらセフレはどうなんでしょうか?整合性がないです。恋愛感情がなくてもしますよね?
- bksazn
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恋愛感情はやっぱり理屈抜きで惹かれるという要素があると思います。 言い換えれば、極めて感情的なものでしょうか。 また、勘違いとも言えると思います。 だからこそ、恋愛感情に従って一緒になったカップルが、最終的に、互いにカタキのように険悪な関係に陥って終わる例が後を絶たないわけですよね。 人間的な魅力というのは、自分の中にある価値観とか人間観、こういうものにマッチすれば、生じるんじゃないですかねえ。 このように、自分の持ってる価値観をフィルターとして通ってくるから、冷静に相手を見ているということになる。 冷静だから、恋愛感情のような勘違いは起きにくいわけですね。 これを、特に女性の多くは勘違いして、 この人とつき合うとかはムリ!と頑なに恋愛関係を拒否してしまう傾向にあるのではないでしょうか。 逆に言えば、そういった方々は、そういう感情的なモノを求めるロマンチストなのかもしれませんね。
お礼
ありがとうございます。恋愛感情は曖昧で不安定であるので、理屈抜きで惹かれる、というのは同感ですし、理論的に彼のどこが好き、とか彼女のここがいい、と言って付き合っても人間性が理解されていくうちに恋愛感情と現実の差異が生じ、それが大きくなって別れる、というのが多いですね。恋愛も人間関係ですから、人間関係はお互いを知り合う、認め合うことで成長するものだと思っています。何の根拠もなしで理屈抜きで惹かれる、よりも冷静でシビアに相手を見つめ、結果的に恋愛対象になって、という方が合理的だと考えます。好きだからといっても、必ずしもその後の交際がうまくいくとは限りませんよね。 特に「いつかは運命の人が・・・:などと考えるロマンチストであれば、現実とのギャップに苦しむことになるはずです。恋愛感情は勘違い、非常に的を得た回答だと思います。
- taka-aki
- ベストアンサー率12% (748/6126)
性欲が湧かないからでは。 犬や猫のことがそれそのものの存在として「好き」 でもそれらとセックスする気にならないですし。 犬や猫とは友達になってもいいけど、ゴキブリとは 友達にもなりたくないですしね。 逆に言えば性欲が湧けば人間的にいまいちな相手とも 恋人っぽいことする人いるでしょう(男に多い)。 人は自分のしたいことをします。 人間として相手のことを好きでも、恋愛として 自分のしたいことを相手と一緒にしたいと思わなければ 相手と恋愛しようとは思いません。 相手とキスしたい。 いちゃいちゃしたい。 べたべたしたい。 甘えたい。 甘えられたい。 支配したい。 支配されたい。 セックスしたい。 一緒に子育てしたい。 かまって欲しい。 SMプレイがしたい。 とか。このようなことは相手の人間性とは関係ないのでは。 明確で強力な依存心と性欲が支配するからそういう差が生じる のだと思います。
お礼
ありがとうございます。恋愛対象が否かいは明確で協力で依存心と性欲の支配からくるものですか、なるほど、もし、性欲が湧く=恋愛対象ならば、セフレやレイプ(男性は基本的に誰とでも(?)Hできる傾向がある)はどのように説明すればいいのでしょうか?初対面で恋愛感情があるとは言い難いですよね。
- yanitta
- ベストアンサー率51% (20/39)
人として好き 道徳上の行為として立派である、尊敬できる。 恋愛対象としての好き 一緒にいたいという欲求が生まれる。 体を許せる=子供ができても構わない。 そういうことではないでしょうか? 人間として好き<恋愛対象として好き 両者に違いはなく、どちらかというと人間として好きであることは前提で、 恋愛対象として好きというのに至る。 よく聞く「人間としては好きだけど恋愛対象に見れない」というのは、 社会道徳として立派な人、友達や職場の仲間として一緒に働ける人であるけども、 恋愛対象までは至らない。 特別な存在になりえない。そういったことではないですかね。 その差として出てくるのは、一緒にいた時の楽しさ。頼もしさ、かわいらしさ。 一緒に生きていくに必要な頼もしさ、一生守っていきたいと思わせる可憐さ? そういったものがないと、恋愛感情として好きにならないですよね。 そういったものがあると、一緒にいてドキドキしますよね。 うーん。 やっぱり感情論になる気がしますね。感情の仕組みを理論で説明できるといいのですが・・・・・・・。
お礼
ありがとうございます。友達でも一定のキャリアを積めば、一緒にいて楽しいと思いますし、頼もしいと感じることもあります。一緒にいてドキドキする、というのが恋愛感情であるとしたら、それは非常に不安定なものでありますし、一生続くのか?という疑問符がつきます。自分は、人間的に好意をもたなければ恋愛対象にはなり得ない、即ち人間的に好き、という気持ちがベースにあるのだとお考えます。恋愛対お象には、貴殿の仰るような感情がなくてはなりませんが、それ以外にも複雑な要素が絡んでくると思います。
- wildthing
- ベストアンサー率15% (185/1186)
女性です。 >人間として「好き」だけど・ 大好きな友達が好きなのと同じです。 恋愛は違います。 心が締め付けられる位 愛おしいのです。手を繋いでいるだけで嬉しい。セックスしてても 好きで仕方がない。 つきよせるような激しいセックスで体も心もとろける。触られているだけで幸せ。口でイカセテと言われても かわいくてかわいくて一生懸命してあげる。 >やはり、曖昧で不安定な恋愛感情が支配するから、こういう差異が生ずるのでしょうか? 全く その通りだと思います。
お礼
ありがとうございます。さて、大好きな友達が好きなのと同じ=人間として好きなのですが、同性の友達と異性の友達では、やはりつきあい方が変化していくと思います。結束力や環境の変化はは同性の友達の方が強いと思います。恋愛の好きは心が締め付けられるほど愛おしい、と貴殿は仰いますが、それなりの理由があるはずです。しかし、そんな感情が不安定な状況が何年もつづくのでしょうか?あくまで自分の見解ですが、恋愛感情の持続期間は短く、その感情がなくなればもはや恋愛対象ではなくなると考えます。人として好感が持てなければ、恋愛対象にはなり得ないと思います。
- utyatopi
- ベストアンサー率49% (1127/2257)
おばさんです。 どちらも感覚でしかありませんので、理論的には…例えたら、解るかなぁ…? 1)笑顔の愛らしい、とても感じが良い<おばあさん>が、近所に住んでいたら…。 2)赤ちゃんを抱いているお母さんの笑みが美しさを通り越して、神々しささえ感じる時…。 3)とても人間的に尊敬でき、リーダーシップをとり、女性陣からモテモテの憧れに値する男の先輩…。 人間として「好き」だけど・・・恋愛対象としての「好き」ではないよね。 人間としての「好き」という言葉を使ってお断りする場合には、いろいろな理由から(生理的なものも含む)SEXを伴う恋愛関係には進めない…という事だと思います。 <人間としての「好き」>…自分のSEXの対象として考えられない人。 <恋愛対象としての「好き」>…自分のSEXの対象にもなり得る人。 私の感覚では、SEXで考えれば、答えが出ました。
お礼
具体的な事例をありがとうございます。しかし、恋愛対象である=Hできる、と括ってしまうと、セフレは必ずしも恋愛感情がなくてもしますし、合コンやお見合いパーティで知り合った初対面の人を「お持ち帰り」という事象を説明出来なくなってしまいます。基本的に個人差があるにせよ、性欲は男性の方が強いと言われています。ゆえに、恋愛感情がなくても必ずしもH出来ない訳ではない、という結論になります。あくまで、男性と女性ではHに対する認識の違いかと思われます。
- kei(@kei665)
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はじめまして。 理論的に説明できる自信はありませんが、そもそも「好き、嫌い」を理論で説明が出来ない気がします。 もしできるとしたら、人間の「思考・行動・感情」は三位一体です。 「お金持ちだから好き」のようにこれは「思考」で好きなのです。 ですから「人間として好き」とはやはり「思考」で好きなのではないでしょうか。 つまり、「恋愛対象で好き」は理屈抜きの「感情」で好きなのではないかと思います。 あまり回答になってなくて申し訳ありません。 参考になれば幸いです。
お礼
ありがごうございます。貴殿の仰る「思考」と「感情」の差異の説明が必要ですね。好き、嫌いを説明といっても、人間の感情は不安定であるので、なかなか難しいと思いますが、理屈抜きの感情ほどあてにならないものはないと思います。理屈抜きで相手を好きになっても、一体、相手のことをどれだけ理解しているのでしょうか?好意を抱かれた相手方はおそらく、何も思っていないでしょう。
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お礼
なかなか興味深い結果になりましたね。友達と恋人を分けるというのは、今までの経験上、女性に多いと思います。貴殿の分類を拝借しますと、恋愛対象になるのは人間としての好きがあることが大前提で、そもそも人間として好きでなければ、恋愛対象はおろか、友達にはなりたくないと考えるはずです。ですので、(1)の友達~人間として尊敬~恋愛対象というのが、最も整合性があると思います。女性のよくある発言で、恋愛対象かそうでないかは右脳で瞬時に判断できる、という人がいますが、あくまでもそれは一目惚れに近いような感覚なので、理論的に相手のどこが好きなのか?と聞かれても「ただなんとなく」という曖昧な回答しかできないでしょう。なんとなく付き合ったなら、別れるときも「何となくすいでなくなった」ということになるでしょう。 貴殿の仰るように、一緒にいて安心できる、信頼できる、落ち着けるというのは、とても重要なことで、実は結婚対象を考える上で恋愛感情よりもウエイトが高いと個人的には思います。燃え上がるような恋愛感情よりも安心、信頼、落ち着くという静かな感情、結婚を「生活」として見れば、間違いなく後者の感情がある方が有利でしょう。