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スピリチュアルっていっぱいあるの?
スピリチュアルっていっぱいあるの? スピリチュアルとかスピリチュアリズムっていっぱいあって、みんな好き勝手なことを言っているみたいですが、スピリチュアリズムって思想ですよね?イズムだから。最初そのイズムが立ち上がってから人気が出るに従って便乗犯が横行したんですよね?名前だけ借りとけみたいな。ということは最初に立ち上がったイズムが本当のスピリチュアリズムなわけですよね?
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- Hexa-6
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>そういう能力がおありだからお見えになったんでしょうね。 >その能力は才能でしょうか? >凡人が鍛錬して獲得できるものなら、どのような方法を用いればいいでしょうか? 難しい問題ですが、各能力者の意見と私見を述べれば ある意味才能です。 後天的に伸ばすことも出来る。学習能力や知力に酷似しています 大学研究室も含めて、こういう能力は、人間の脳の大部分を占める使われていない領域の働きだと考えています ほぼどの部分か確信的に知られている 脳の働きですから、生まれつきその部位が発達していて、機能する方もいる 大体脳の成長が終わる、12~15歳位までに決まると思います。 その時期までにこの部位を使う訓練・鍛錬を意識・無意識に行うと、この能力はほぼ確定します 若いうちは、まだ脳に柔軟性がありますし、若干の成長余地がありますので、後天的に脳の成長を促すことが出来るのはリミットは恐らく18歳~24歳位までかと思います この時期までに問題の脳の部位を使う素地が出来ていないと、後天的にその能力を得るのは難しくなりますし、発展しないでしょう この能力の保有者は総じて知力が高いレベルにある。 例外もいますが、知力の高い方の方が後天的に発露しやすい ある国内屈指の大学生が私と同じ時期に能力に目覚めました。 その大学生は友人知人にその事実を知らせ、発露させる方法を伝え、実践させた すると、驚くことにその大学生の友人知人は次々に同等以上の能力を発揮し始め、その数10数名に上った つまり、脳の活性が高いレベルの人達には、ある意味素質があるということです 運動神経にしても小中学生位までは利発で賢いといわれる、脳の働きが活発な子供のほうが総じて良い 中学生以降になると、スポーツも高度化しますので、本当にその競技の素質がある人や専門的鍛錬を受けた人のほうが、スポーツに関しては上回りますが.... 脳の各部位の偏差的発達は当然ですが、大脳の働きが優れるならば、他の脳の部分も秀でている可能性が高いのは当然かと思います 問題の脳の部位は、普段使っていないだけに、使うとエネルギー源が不足することがままあります 脳の活動に必要な物質は、ブドウ糖と酸素です。 従って、その部位を酷使すると、ブドウ糖不足で異様な空腹感が出ますし、酸素不足で酸欠性の嘔吐ということもあります
- Hexa-6
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光が見える。 前言を翻すようですが、これが調子がいいとは限らない 光が見えるということは、すなわち電磁波を発しているということ 運動エネルギーが出ており、その波長(振動レベル)が、可視帯域であったため、光として見えたということです とすれば、波長が違えば、不可視領域ですから、運動エネルギーを発していても人には見えません 波長が可視領域のほうが良いのか、そうでないのかは疑問が残ります この光に見えた電磁波が、いわゆるヒーリングの際に手先から発せられる微弱な電磁波なのかもしれません 当人は職業、ヒーラーですから 広い意味でのスピリチュアルにはなりますが、霊的現象とは別物の可能性があります 未発見の生理現象の可能性があるからです ただこの能力を発する人の中にはかなりの確率で、霊的現象を感知できる方がいるのも経験的に知ってはいますが、統計した訳ではないので確証はありません
お礼
オーラは霊と同じ性質のものということを聞いたことがありますが・・・ 光が可視化したのか、特殊能力が可視領域を広げたのか、複合か。
- Hexa-6
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>素手の手の先からぼんやりとした光を出して見せたのです >白昼に。手は様々な角度から見ましたが、何も持っていない。 >トリックの可能性が.....どう考えてもありえない。 >薬剤か...?拡散する光ならありえるが、直線的な光を出す薬剤なんて考えられない。 >もちろん器具も持っていない 更に薬剤などではないと確信する理由 それは、手は何もつけずに私の目の前に晒されたままで 随意に、光(光線)を出したり、止めたりして見せたことです。幾度も 薬剤ならば、ぬぐう動作でもしない限り、10数秒で、ピタッと止めることはできません 手を出したままで、薬剤の効力切れで光(光線)が止まったとするならば、減衰する時間が生じます つまり、ピタッと止めることができず、徐々にフェードアウトしていく筈です ましてや、一旦止めて、そのまま再び光線を出す事など出来ないでしょう その方は言いました。これは特別なことではなくて、誰にでも出来ることで、光になって見える状態がなかなか出来ないだけ。 見えないけれどパワーは出てますという その後何度か試行錯誤しましたが、私も調子のいいときは、うっすらと指先から光が出ている事に気がつきました 本当にかすかで、よく目を凝らさないと見えないレベルでしたが けど最近は試してません 大きく何かを変えるほどのパワーは、私には無いからです
お礼
調子が良かった原因は何だと思われますか?
- Hexa-6
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>その体験からするとあなたに一番近い本はなんですか? 私はスピリチュアル本を殆ど読みませんので悪しからず。 ネット上に散在する切れ端をたまに読む程度です。 江原さんの本は一応持っていますけれど、参考程度。 私は、実践派・体験派なので、その道の師匠方に実際お会いして体験を共有もしておりますけれど、各人ついていけない、或いは、本当かなと思う部分を持ってます 沢山いる中で、ほぼ全面的に信頼を置ける方は1名心当たりがありますが、世間で有名なスピリチュアリストのように明快にその世界を語れる方ではありません ごく普通の人だったのが、ある時能力に目覚め、様々な体験を通してプロになった方です その過程で体験された事を、私も体験してます。 それがたぶん信頼できると思える理由のひとつでしょう 信頼できるとは、言動がすべて正しいという意味でなく、思ったこと、体験したこと、知っていることを腹蔵なく、ありのままに、素直に伝えて来ているという意味です 我欲なく、特定の目的もなく、謀もないと思えるので素直に心が開けるという意味です 聡明で真っ正直で、余り商売っ気がない人で、知識を磨くために度々欧米で講習を受けています この方にお会いしたとき、スピリチュアルなパワーが存在する、決定的な証拠を目の前で見せられました 何気なく見せてくれたのですが、全くトリックがあるとは考えられないコトでした 素手の手の先からぼんやりとした光を出して見せたのです 白昼に。手は様々な角度から見ましたが、何も持っていない。 トリックの可能性が.....どう考えてもありえない。 薬剤か...?拡散する光ならありえるが、直線的な光を出す薬剤なんて考えられない。 もちろん器具も持っていない 私が催眠術に掛かったのか..?そのときは、会ったばかりで殆ど言葉も交わしていない、目も合わしていない状況 その方と私はそのときまで、お互い殆ど素性を知らない。 以後、何度か対話するうちに、信じられないほど因縁が深いことが後に判ってきた。 お互い驚きましたよ 私もある種の能力が少しだけあります(自覚している)ので、その能力で無作為に選んだ人なのですがね また私と同様に高いレベルではありませんが、少しだけその手の能力に目覚めた知人たちがいます 彼らの能力は向上するかもしれませんし、失われるかもしれません 或いは妙な方向に走るかもしれませんが....
お礼
そういう能力がおありだからお見えになったんでしょうね。 その能力は才能でしょうか? 凡人が鍛錬して獲得できるものなら、どのような方法を用いればいいでしょうか?
- Hexa-6
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スピリチュアルとは体験するまで、確信が持てない世界であり、その構造論理はなぞままである 私の基本的立場は、スピリチュアルを肯定するが..... 1.世の中には偽者(物)が多く存在する。 かって本物であっても、常に、今も本物とは限らない 2.スピリチュアルの世界は、さまざまな解釈があるが、実際どれが正しいか大いに疑問 全く別のことを言っている様で、実は同じ事案を別々の表現で行っていることもある 3.思想として受け入れられる考え方と受け入れがたい考え方がある 錯誤ではないのか?と思える考え方も多い 基本的に私は疑り深い方で、実践者からは煙たがられるタイプである じっくり観察して、言動にほころびがないか探すから 肯定する理由は、体験。数々ある どう考えても錯誤・幻覚・幻聴、あるいは催眠術にか掛かったとは思えないからである 因みにスウエーデンボルグを含む欧米のスピリチュアリズム研究家は、著名な祈祷師や霊媒師と面会してその考え、世界を調べている 科学的に十分検証されている訳でもなく、彼らの頭の中だけで組み立てられた世界・思想でもない
お礼
その体験からするとあなたに一番近い本はなんですか?
補足
科学ほどバッチリじゃないけど、客観的調べ物ですよね、スピリチュアリズムは。
- Wendy02
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どうやら、このご質問の目的は、自分の考えと違う人に対して、教化したり議論する目的のためのようですね。そうでなければ、もう終わっているはずです。 >>神は、生きて、神と人は似た姿を持ち、唯一絶対的なものであるわけです。したがって、 >この辺も懐疑的な感想を持っています。 キリスト教観に立った初期の米国のスピリチュアリズムを否定するなら、それはそれで良いけれども、ただ、こちらの書いた内容自体に懐疑的とか感想とか、どういうつもりか知らないけれども、それを言う前に、疑いを感じるなら、自分で確認する必要があると思います。喧嘩や議論をふっかけるつもりなら別ですが。そのために、Wikipedia 辺りを紹介しているのに、そういう所は読んでないのですね。 私自身は、スピリチュアリズムを肯定的に見ているわけではありません。歴史的な経緯だといっています。懐疑的であろうが、なかろうが、あなたの個人の考えは別にしてください。 古代にスピリチュアリズムに似たものがあっても、そうは呼ばないのは、スピリチュアリズムは、マスメディアの力を利用してムーブメントになったものと考えてよいと思います。 >江原氏の言う自然霊と、あなたのおっしゃる「自然法」の神は同じ意味ではない可能性が高いので、あんまりごっちゃにしないほうがいいんじゃないでしょうか。 なんのつもりかわかりませんが、あなたは、「自然法」を理解できていないのですね。ただ、それだけです。それに、自分のスピリチュアリズムの世界では、それは認められない、それはそれでけっこうじゃないですか? ただ、スピリチュアリズムとか言いながら、いい加減な内容を平気で書いているものもありますから、そんなことをまともに相手にしていたら、頭がおかしくなってきます。別に、社会的な経験の少ない人たちなら、江原スピリチュアリズムは通用しても、私は、かつての創価学会の折伏大運動を目の当たりしてきた者としては、今、第二のオウムとなりつつある某仏教系宗教団体にしろ、これも、危険な流れだとしか感じません。 元の質問に戻りますが、私が言っているのは、スピリチュアリズムはひとつとして同じものはないということですが、納得できませんか?解決しないのですか?その為に回答を書いたに、それを否定したり懐疑的とかでは、もう質疑応答の意味がないと思います。 こちらの回答に懐疑的なら、もう掲示板などでは聞く必要なんてないと思います。ご自分で調べてください。他人を巻き込む必要なんてないと思います。 こちらも話をあわせましたが、高級霊がどうとか、他は、本質問とは関係のない、私にはどうでもよいことです。 スピリチュアルの原点が、1840年代で、当時の話があるので、1970年代に再びムーブメントがあり、あなたの世界観の話を否定しているのではありませんし、お友達でもありませんから、お互いの納得が必要だと思いません。 >霊的物理現象は霊の存在を証明することになり、「スピリチュアルワールド」に直結しますよね。 あなたは、そもそも江原ファンだったのですか?「スピリチュアルワールド(spiritual world)」って、彼の独特の大衆受けしやすい新語であって、元は「霊界」のことです。自然科学に死後の世界の法則が入るはずがありません。そのぐらいは、一応の大人なら、その程度は理解してもよいと思います。いや、まともなスピリチュアリズムだって、その程度のことはきちんと書かれているのです。つまり、理性的な批判に耐えられないようなものは本物ではないということです。 霊的物理現象といいながら、ミスターマリックみたいな手品師が出てきて、霊的力だと言ったら、それをまるっきり信じかねません。風が吹いても、雨が降っても、霊的物理現象と言われかねません。自然現象は自然法則にしか過ぎません。 本当は、もっと大事な形而上学的(メタフィジックス)な問題なのに、それを物理的(フィジックス)現象にこだわるから、まともに考えなくなってしまうのです。はからずも、イギリスのスピリチュアル・ヒーラーを調べていたら、そういう内容に出会いました。しょせん、物理現象は物理現象に帰結する、これが自然法則です。新約聖書に出てくる、イエス・キリストの奇跡によって信じようとする人たちを戒めるのは、根っこがないので、すぐに考え方が流されてしまうのです。それが、今の人たちの特徴なのです。 以上で終わりにします。
お礼
当方なにも知りませんよw ましてや江原スピリチュアリズムなど。 「スピリチュアルワールド」はあなたが言ったんでしょう? 物理現象にこだわるってなんでしょう?。ただ、霊の存在証明にはなるでしょ。 神が人の姿をしているスピリチュアリズムの本は何ですか?
補足
神が人の姿をして、人間くさい感じの米英スピリチュアリズムの本は何ですか?? 江原氏独特の自然霊の解釈はあるものだとしていながら、 『「自然法」を持つ神を神とする』としたのはなぜですか?? それで、そのよく分からないリンクで英米スピリチュアリズムと違うんだとしたのはなぜですか? ちょっと意見を述べただけでなぜ喧嘩なのですか? 無駄だと思っていらっしゃるから答えないおつもりですか? 無駄だという口実を作って答えないおつもりですか?
- Hexa-6
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ホメオパシー療法は、伝承の西洋風漢方とでもいうか、錬金術に近い療法で、スピリチュアル・ヒーリングとは何の関係もありませんが 厳密にはヒーリングはスピリチュアルの範疇に入りませんが、広義には一部が構成要素になります
お礼
ユングを読めばスピリチュアリズムの中核はオッケーですか?
- Wendy02
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#10の回答者です。 #10のお礼の文面の中で、ポイントになる部分だけ回答します。それ以外は、既に書かれているはずですから、他の回答者のを含めて読んで、ご自分で考えるか、わからない場合は、検索して調べてください。そうしないと質問の応酬を繰り返すだけでキリがないように思います。スピリチュアリズムの成立から、もう一度、時系列で調べてみてください。 1840年代以降のスピリチュアリズムというのは、当時のムーブメントのひとつだったと思います。時代背景としては、アメリカでは、奴隷制の解放や女性の人権の向上などがあるようです。その後、アメリカでは、1970年代以降の、ニューエイジ・ムーブメントに非キリスト教系のスピリチュアリズムの台頭が起こるようです。 ただし、それぞれの共有点を探せというようなご質問は遠慮願いたいものです。それぞれの時代においての命名や分類はあっても、それは研究者のものであって、一般人には縁のないところです。 >江原氏と英米のスピリチュアリズムの思想にどんな違いがありますか? 江原スピリチュアリズムに詳しい人もあろうかとは思いますが、あくまでも、こちらは、外部の者としてみた場合です。ここには、熱心なファンの方もいらっしゃいますから、ことさらにはトラブルは避けたいものです。 私は、江原氏の言葉の巧みさ、「スピリチュアル」という単語を流行らしたことには関心させられますが、スピリチュアリズム(心霊主義)もスピリチュアル(心霊的--形容詞を名詞にした場合は、心霊的なもの)も、日本語に直せば、月並みの言葉にしか思えません。 WHOが、まるでスピリチュアリズムを認めているような書き方をして、言い方をしていますが、グローバル(世界的)に認められているような誤解を受けるような内容を、私は評価しません。 スピリチュアリティというのは、誤解しやすい言葉ですが、スピリチュアリティとは、「宗教的精神性」ということです。(拙訳--Wikipedia:Spiriturality)超自然的なことを抜きにしても、無神論の仏教徒でも、その宗教的精神性を認める、ということですから、かなり意味合いが違います。 スピリチュアリズムは、霊媒師一宗一派で、スピリチュアリズム一宗多派ではありません。どれもが歴史的に正当性を証明されたわけでもありませんし、教えの根幹があるわけではありません。どれかフィーリングの合うものを見つけ出すか、それとも全否定するのか、そこに咎め立てるものはないです。 スピリチュアリズムのそれぞれは、多くある信仰のワンオブゼム(One of Them)でしかないと思います。 江原氏の支援サイトで、江原氏の語ることは純粋のスピリチュアリズムだと書かれてある内容がありますが、それを信じるか信じないかであって、元の基準や法則が存在しているわけではありません。何に対して純粋なのか、現実に原点があるかのように思わせるのは、言葉の綾(アヤ)としかいいようがありません。 江原氏と英米の古典的スピリチュアリズムの場合で、根本的に違うのは神の考え方だと思います。江原氏は「神の最高位の自然霊」を設定しているようです。江原氏独特の自然霊の解釈はあるものだと思いますが、「自然法」を持つ神を神とすると、「絶対善」や「絶対正義」というものしか、見出されないかと思います。私たちにとって、端に「因果論」のような無味乾燥な概念しか感じられないはずです。日本人にとって、最高位の神の概念も存在も不要なのかもしれません。単に、守護霊や産土神、指導霊というものがあれば十分なのかもしれません。 *自然法--万物の永久不変の本質, 法を不変なものと考え、絶対の正しさを主張する。しかし、行為に関して規範的な意味しか持たない。 しかし、英米のキリスト教は、人と神の間に相互の愛と言葉を介した神という概念を持っていると解釈しています。神は、生きて、神と人は似た姿を持ち、唯一絶対的なものであるわけです。したがって、スピリチュアリズムも、それ自体を否定する立場にはないから、その点で、人格を持たない自然神を認めようとしないのだと思います。(この説明は不要だと思います) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E Wikipedia:神 もちろん、米国のスピリチュアリストでも、1970年以降のニューエイジ・ムーブメント以降で、キリスト教系の宗教から、新しい価値観を見出そうとしていた時代ですから、やがてアフリカ系、メキシコ系、東洋系、アメリカやオーストラリアの先住民族系などの思想を求めはじめました。この頃のものを、ニューエイジ・スピリチュアリズムともいうそうです。しかし、米国において他国の信教の理解度はかなり低いということも言えます
お礼
江原氏の言う自然霊と、あなたのおっしゃる「自然法」の神は同じ意味ではない可能性が高いので、あんまりごっちゃにしないほうがいいんじゃないでしょうか。単に言葉のすれ違いみたいです。 >神は、生きて、神と人は似た姿を持ち、唯一絶対的なものであるわけです。したがって、スピリチュアリズムも、それ自体を否定する立場にはないから この辺も懐疑的な感想を持っています。西洋の高級霊が言うには、霊は階級が上がるほど形をなくし光そのものになっていくそうです。神が人間の姿など、現世の人間の幼稚な想像でしかない、実際そんなことはないというふうなことを、どこかの霊訓に書いてありましたよ。キリスト教圏の。キリスト教なんか糞食らえって言ってましたよ、西洋の高級霊が。(糞食らえは当方の言葉ですが、そういう意味のことを。) なんだかな、と思います。 霊的物理現象は霊の存在を証明することになり、「スピリチュアルワールド」に直結しますよね。
- Hexa-6
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リュウマチの治療効果はともかく、海外でヒーリングは認知されている技術 英国や豪州ではヒーリングが医療保険の対象であり、欧州では医療関係者の約半数がヒーリングを習得している国もあるといわれている もともと欧州、特にフランスなどでは祈祷による治療など民間のスピリチャリズムが古くから浸透していて、近代医療が始まる前の病院ではジュニパーなど霊薬となる植物のスピリチャルパワーで、病室を清めていた そのため、救急車や病院のシンボルマークが神秘主義の霊木であることが多い ジュニパーなどは現在では、アロマティーの原料として普通に流通している またアメリカでも一部の州では、ヒーリングが代賛医療の範疇であり、保険の対象になっている スピリチュアルなヒーリングの手法として一時期、気功が注目を集めアメリカや日本の大学・医療機関でも盛んに研究された 脳科学の範疇として新技術の開発を目指す日米にとって非常な注目の的であった 結局アメリカでは、人体から出る微弱電磁波という結論が出て、細胞の自然治癒力の強化に役立っている可能性があるとされた 日本では筑波大学などに国家予算で研究予算がつき、ヒーリングパワーとしての気功の研究が行われた 現在でも筑波大学では正規受講科目として、気功があり、霊動法や小周天・大周天のスクーリングは一般にも開放されていた。 本家中国では、気功の国家資格があり、治療師資格となっている 日本でも街には普通に気功整体治療院が多数開業していて、最近では日本発の霊気も見られる 海外では気功よりも日本発の霊気(reiki)のほうが有名で実践者が多いが、発祥の日本では廃れてしまい、逆にアメリカ、特にハワイから最近逆輸入が進んでいる しかし日本では国家社会から正式に認知されていない。 どちらも、中国的分類法では、外気功の範疇となる
お礼
思ったより色々とお知りなようで、御見それしました。
- Wendy02
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>イズムって言うからには哲学ですよね。なんか歴史みたいなものがあるんでしょうか 「イズム(ism)」というのは、単に英語の用法の問題であって、[行動・状態]「体系・主義・信仰」につく接尾辞です。 スピリチュアリズムとは、心霊主義もしくは、霊魂(霊)存続主義というように、死後の生命が残るという思想・信仰です。一神教の元で生まれた民間信仰だと言えます。#4さんのご掲示のように、スピリチュアリズムとして確立したのは、1840年代から1890年代で、急速に信者を増やしました。 それ以前、スピリチュアリズムと呼ばれていたわけではないようです。それ以前のものは、神秘主義(ミスティズム)と呼ばれていたかと思います。 特に、中世以降、忽然と一人物が現れて強烈な個性を放って消えていくだけのもののような気がします。エックハルトやスウェーデン・ボリ、近代のルドルフ・シュタイナー、カールユングの古代宗教の研究を初め個人から発せられたものです。日本では、大正時代に、スピリチュアルという英語を「霊性」として訳されましたが、その元は、「スウェーデン・ボリ」の著書の翻訳です。これらは、ブームとなったスピリチュアリズムとは結びつきません。 例えば、古代エジプトなどでも、死後の霊魂が存在すると信じられていたし、古代のインド思想にもあります。北欧の冬のお祭りには、先祖の死者の霊が蘇るという伝説があります。日本の弥生文化でも、死者の霊が蘇るのではないか、と信じられていたわけで、その影響は、古神道にも残っていますが、それらを特にスピリチュアリズムというカテゴリには入れないはずです。 元来はスピリチュアリズムは、アニミズム、つまり人格のない霊魂を認めていません。ですから、神道などがスピリチュアリズムとして語るべきかは別として、英米のキリスト教から生まれたスピリチュアリズムの概念には含まれない部分が多いです。 #4さんのお礼の部分 >科学最高の栄誉であるノーベル賞を受賞した物理学者たちが実験して「魂は実在する」と言った #4さんの引用は、江原ワールドの話でしょうから、ノーベル賞受賞者が、「魂は実在する」ことを実証したわけではないし、トリックが見つからなかったということだと思います。未だ、その評価の結論はついていないにしても、いずれにしても物理現象ですから、「スピリチュアル・ワールド」と結びつけることはできないと思います。 >スピリチュアリズムに原典となるべき思想はないとお考えとのことですが、その後お調べになってどうもそうじゃないらしいと思いませんでしたか? ある方向に回答を導こうとしているけれども、スピリチュアリズムの定義自体は以上に書いたような話ですから、古代のものを、同等に扱うことは難しいし、厳密に日本のものは、英米のものと違います。「心霊主義」を、江原啓之氏が独自の論調に「スピリチュアル」という言葉でブームを作ったものだと思います。 古代からの宗教史、民族の文化に、死後も霊魂が残るという信仰や信心や霊界の世界と、現代の国内外の宗教家を含めた心霊主義者には、かなり違いがあるように思うのです。死後の霊魂が存在するということだけが共通点です。ただし、宗教では異端に属します。 >日本とイギリスではあまりにも霊的世界に対する常識が違いすぎる。日本は遅れまくっているということです。 イギリスはキリスト教の関心も低くなっていると同じように、科学に対する関心も落ちてきているそうです。1990年のヨーロッパ価値基準調査では、24%の人が死後の生まれ変わりを信じている人たちがいて、その数字が上がっているともいいます。 >イギリスでは「医師の紹介」でヒーリングを受けることが出来るシステムがあるみたいです http://slashdot.jp/~TarZ/journal/501249 ホメオパシー療法を除外するように、イギリス下院の科学技術特別委員会で決定したそうです。(2010/2/24) ご質問者さんは、スピリチュアリズムに本物があると信じたいわけでしょうから、そういうものを信じない人たちと議論をしても何も生まれないように思います。日本では、シルバーバーチなどはスピリチュアリズムとしては入手しやすい書籍だ思いますが、それすらも、ニューエイジとして、議論が耐えません。しかし、こういう問題は、信仰の一種ですから、他人がとやかく言うものでもないと思います。何かの縁があって、それで人生が変わるということもあれば、そうでないかもしれません。最終的には死生観や人生観の問題ですから、他人から与えられるものではないと思います。
お礼
ご回答ありがとうございます。 過去の神秘主義は、ブームとなったスピリチュアリズムとは結びつかないのですか。違う点も多いのでしょうが、共通点も全くないのでしょうか?死後が存在するという立場のほかに。 スピリチュアリズムは人格のない霊魂を認めていないからスピリチュアリズムの概念には含まれないのでしょうか?元来のスピリチュアリズムとは英米のスピリチュアリズムのことでしょうか?この辺がよく分からないので補足をお願いします。 物理現象が「スピリチュアルワールド」と結びつかないのはどうしてですか? 物理現象が霊は存在することを証明するのではないのでしょうか?思想もその先にあるわけで。 江原氏と英米のスピリチュアリズムの思想にどんな違いがありますか? 議論するために質問したわけではないんですけどね。
補足
アニミズムは霊魂に人格がないんですか?
お礼
では能力者は高学歴またはIQの高い人なのですね?