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自分探しの旅がなぜ嫌われるのか?
- 自分探しの旅はなぜ嫌われるのでしょうか?旅行を楽しむことや新しい経験をすることは悪いことではありませんが、なぜか自分探しの旅という言葉には否定的なイメージがつきまといます。
- 「自分探しの旅」というフレーズは何かしらの理由で嫌われる存在のように思われているようです。
- 人によっては自己陶酔的だと感じるかもしれませんし、他人に迷惑をかけるというイメージもあるかもしれません。しかし、個人の成長や自己理解のために旅に出ることは決して悪いことではありません。
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No.3 & 5です。 迷ったのですが、嫌気を差させたまま終わりにするよりは…と しつこく出てきました。 もう考えたくないなら、以下は読まないでください。 ------------------------------------------------------ ヨコに出て来た http://oshiete1.goo.ne.jp/qa510606.html を読んでみると参考になるかもしれません。 私はまだ全部読んでいませんが、この質問者さんには好感持てそうです(笑)。 さて。 まず「自分探し」という曖昧な言葉の捉え方が、そもそも質問者様と知人さんとでかなり違うのだと思います。だとすると、「自分探しを否定=知人さんは幼稚」と判断するのは早計です。 とにかく、「違うかもしれない可能性」は頭に置いてください。 そもそも、知人さんの感情は、単に「過去に『自分探し』を口にするウザイ奴に二度『も』遭遇したせい」かもしれないのですから。 次に。 主流派が存在するところ、必ず反主流派が存在します。 例えば「正統派熱血青春スポ根モノ」を愛する人もあれば拒否する人もいます。 「文化祭、クラス一丸となってガンバロー!」と盛り上がる人もいれば、「そういうのウザイからやりたい奴だけでやってくれ~」と思う人もいます(ちなみに私は当然後者)。 「自分探し」を否定的に捉える見方というのは、 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%83%84%EF%BC%88%E7%AC%91%EF%BC%89 に通底するのではないかと思います。 ここでは「男vs.女」の構図ですが、「冷めた人vs.アツイ人」といった形に置き換えられるでしょう。 …と言われて「あぁ、そういう考え方する人もいるんだな」と思っていただけるなら、自分探しを嫌う人の思考パターンが見えるのではないでしょうか。 考え方自体に共感できなくても、「そういう考え方をする人が存在する(そして、必ずしもモテないネットオタクとは限らない)」ことは、受け入れていただけると思います。 知人さんの「自分探しギライ」は、この辺りに近いのではないかと予想します。 ところで、私の場合、実際には「癒し」「ご褒美」「思い出作り」については、言葉を使う人自体を叩く気にはなりません。「背中がムズムズ」はしますが…。 何故かと考えると、もともとが「何かしてもらう」ことが前提の受け身なコトバだから、ではないかと思います(「思い出作り」はやや微妙?)。 「牧場や畑で大自然を満喫したい☆」には容赦しませんがね(笑)。 一方、「自分探し」は、自分自身の能動性そのもののコトバのはず。 にもかかわらず「コトバだけ一人前、実態は他力本願(なのにエラソウ)」というところがムカツキポイントなのかな、と思いました。 ※余談ですが、本来「他力本願」は「ヒト任せ」などではなく肯定的な意味なので、安易に使ってはいけないそうです。 以上は「一般的な見方を私が予想した仮説」ですが、質問者様の知人さんが実際はどのような心理であるのかは不明です。 質問者様が私の説をどのように受け取られてもリアルには何の影響もありませんが、質問者様と知人さんは、リアルの人間関係です。 ネットの書き込みにリアルの人間関係を左右されるほど不毛なことはありません。「嫌気がさした」ままになってしまうぐらいなら、私の回答は一切忘れてください。 >他人が幼稚で甘ったれてようが、そんなの気にしてたら世の中やってけないでしょう。 おっしゃる通り。 でも、全く気にせず達観して生きていけるかといえば、そうでもないのがヒトの心ってモンだし、それがまた、イイところではありませんか?
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- azsaguaro
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No.3です。 昨日長々と書いたのに、また出て来てすみません。 >やっぱりナルシストっぽい態度が嫌われている原因のようですね。 個人的には、どちらかというと「甘ったれた根性が気に入らん」のですが(苦笑)。この点は後で書くとして。 >なんか私の知人の言葉からは、嫉妬とかやっかみみたいなのを感じるんですよね。 知人さんが旅行をしない(できる環境にない)方なら話は簡単。 でも「旅行ばかりしている知人」とあるから、そうではない。 もし「自分探しの旅」が、期間を定めない傍目に暢気な旅を意味するなら、「嫉妬」の理由は明快でしょう。知人さんがどういう環境にある方か存じませんが、多くの人は様々な制約の中で旅の時間をヒネリ出しているものです。 例えば、私は事情あって「旅人デビュー」は早くはありませんでした。 ボンボン育ちの知人が「卒業旅行で初めてヨーロッパに行っても、今まで行かなかったことを後悔するだけだよネェ」などとうそぶく姿に一切ムカツかなかったと言えば、嘘になります(ちなみに私の卒業旅行は小笠原でしたが、この知人の発言とは無関係です)。 でも、この意味でもなさそうですね。 「嫉妬ややっかみ」であるとするなら、他の可能性としては 「『オメデタイ』人に対する嫉妬」でしょうか。代わりたいとは決して思わないけれど、ある意味ウラヤマシイよね、という感情。 30代前半という年齢、そして所謂「ロスジェネ」であればこそ、より強く感じるのかもしれません。 これ以上は「旅行」のカテゴリを外れるので割愛します。 そもそも「自分探しの旅」という言葉からイメージするものが、 質問者様と知人さん、そして私とでズレがあるのかもしれません。 私のイメージする「自分探しの旅」は、やはりマイナスのイメージです。 「幼稚で甘ったれている」、そして同時に「何故かエラソウ」。 まるで幼児が何か作って「見て見て!スゴイでしょ!」と騒いでいるよう。 幼児ならまぁカワイイ。が、イイ大人がやっていると見苦しい。 ココの過去の質問を見ていると、その印象がより強くなってしまいます(そんな少ないサンプルで…ではありますが)。 過去に複数ありましたが、見事に同パターンなのです。 「自分探しの旅をしたいから、どこへどうやって行けばいいのか教えてほしい」という類の質問。 数週間か、せいぜい数ヵ月の身の振り方を自分で決めようともせず、どうやって自分の「人生」と向き合おうというのやら。 で、「自分で行き先を考えることから始めたら?」という回答が付くと、キレるキレる。 曰く「自分はフツーの旅をするのではない! 意義深いスペシアルな旅をするのだ! スペシアルなワタクシの旅をスペシアルにする為、すすんで協力してくれるベキではないか! 協力しない奴は心が汚れている!」 …とまぁ、文体は慇懃なんですが、意味はこういう感じ。 もしくはこの時点で質問を放置。 一度、このテの質問者さんに、ウッカリ「親切な回答」をしてしまったことがあります。そのお礼(辛口回答者に「不快な回答はお控えください」と書いた以外はコピペ)が 「回答を読んで視野がぐ~んと広がりました!」(文意)。 …どンだけチープな視野やねん。 「人生経験の為に海外旅行に行きたい」という質問もありました。 アメリカ辺りに数週間行ったところで、せいぜいレストランの注文やホテルのディスカウント交渉ぐらいだろうに、 「ツアーでは出来ない人生経験☆してきま~す♪」。 なんか、井戸の底で内壁に鏡を貼付けて「視野が広がりました☆」って言ってるイメージです。 それより 「自分はどこへ行って何をしたいのか、どんな物が見たいのか、二者択一を迫られたら何を優先し何を捨てるのか」 を「自分で」追究することのほうが、よっぽど有益な「自分探し」なんじゃないだろうか?? なんというか 「自分探しの旅。」 というテーマだけ決めたら満足して、あとは他人がお膳立てしてくれる通りに動けばイイと思っている、ように見えるのです。 前回「甘っちょろい人は実際に他人に迷惑かけていそうだ」と書きました。かく申す私も己の阿呆さゆえヒト様に助けられたことが何度もあり、「迷惑をかけたことはない」とは言いません。 でも、「自分探し」チャンは、他人に迷惑をかけることを「自分探しの旅に彩りを添えるエピソード☆」ぐらいに思ってそうな気がするのです、偏見ですけど。 本当の意味で「自分の糧となる経験をする為の旅」をする人は、そんなお題目を掲げなくても「自分のしたい旅」をして、何かを得ているのではないでしょうか? さて、「自分探しの旅」「癒しの旅」と似たフレーズで、私が失笑してしまうのが ・「自分にご褒美」 ・「思い出作り」(冥土の土産ですか?ってカンジ) 知人の方が >「まるでOLの自分探しの旅みたいだな」 とおっしゃるのは、この感覚に近いのではないかと思います。 もっとも、以上ひっくるめて「大嫌い」とまで思う心理は、ちょっとわかりません。
お礼
ことさら偉そうに吹聴する人がいる、ってのが嫌われる理由のようですね。まあ海外とか黙想会とか禅寺とかに行ってきては、やたら偉そうに、「私のやってることは崇高だお前ら尊敬しろ」みたいな態度とる人はいますよね。自己の内面に向き合いに来ておいて、なんでそう自慢しかしないの、という気分になることはあります。 とは言っても、私はやっぱり「自分探しの旅」「癒しの旅」「自分にご褒美」「思い出作り」ってのを否定する気にはなんないですね。やりたきゃ勝手にやりゃあいいし、自分だってそんな気分で旅行やらすることはあるし。 他人が幼稚で甘ったれてようが、そんなの気にしてたら世の中やってけないでしょう。ガタガタ言ってる人も幼稚だとは思うがなあ。結局同属嫌悪で「オマエの旅行より俺の旅行のほうが素晴らしい」「いいや俺のほうが素晴らしい」って言ってるだけなんじゃないの。 回答者さんはまあ冷ややかに見ているくらいで、ことさら腹を立ててるわけではないでしょうけどね。私の周囲の人はもっと幼稚なのかなと思います。 なんだか嫌気がさしてきたので、あまり真剣に考えないようにしようと思います。ありがとうございました。
- CaldyBlue
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「自分探しの旅とか言う奴は大嫌いだ」というのは,その人の勝手であり,いろいろな人や年代の全ての人に適合するものではないでしょう。 たとえば自分は今40代も終盤,会社(世間)は不景気,さて自分はこれからどうあるべきか?などと考えるには温泉旅行であるとか,非日常的空間を求めるわけで,旅館などの経営者だって,そういう客を迎え入れるにはどうしたらいいか,考えていると思います。 それを20代,30代の人に「わかってくれよ」と言ったって,まずわからないんじゃないかな? その年齢になってわかることって結構あると思いますよ。
お礼
それはそうなんですが、私と同じ30代前半の男性が複数そう言っていたので気になったのですよ。境遇とか職業、経歴がそこまで違うわけでもないのですが。
- azsaguaro
- ベストアンサー率35% (211/597)
>とりたてて誰かに迷惑をかけてるわけでもないのに、悪く言われる理由がよくわかりません。 私は特段悪く言うつもりはありません。 でも応援したいとも全く思いません。 「あぁ、また『自分探し』チャンかぁ、がんばってネ~」でスルーします。 >自分探しの旅というフレーズはそんなに嫌われるものでしょうかね? 以下はあくまで私個人の見方であり、他の方がどのように感じているかは想像するしかありませんが。 まず、「旅に出る=今生の別れかも」であった時代ならともかく、21世紀になって ・「たかだか『旅』したぐらいで自分が探せる」 ・「たかだか『旅』したぐらいで自分が成長できる」 という発想そのものが、なんだか甘ったれてるな~と思わされてしまうのです。 中高生ならわかりますよ。オコチャマですから。 でも、ハタチ過ぎて大学出て社会人になるような年齢の方だと、いいトシしてまだそんな甘っちょろい幻想抱いてるワケ?…と、ヒト事ながら心配になってしまいます。 まぁ、所詮ヒト事なのでそれ以上気にしませんけど。 もちろん、旅を通して未知の世界を知り新しい体験をし、結果的に見聞を広めたり新しい物の見方を得られる(こともある)こと自体は否定しません。私自身、そのような経験はあります。 が、どちらかといえば国内外ともに旅行経験が多い部類に入るであろう私が、あまり旅をしていない友人よりも人間的に成長して幅広い視野とスバラシイ人格を備えているかといえば、誠に残念ながら、そんなことは全くありません。 >正直な話「たまには旅にでも出て、自分の人生に向き合ってみようか」という姿勢はどちらかというと好感が持てます。 私は 「旅に出れば自分の人生に向き合えると思ってるのか(呆)」 「旅に出ないと自分の人生に向き合えないのか(呆)」 って思ってしまいますね…。 旅を通して自分を成長させることが出来るような人なら、自分を成長させる方法を見出せるでしょう。それが必ずしも旅である必要はないのです。 そんな意識もない人が「旅に出れば自分探しできるハズ☆」と幻想を抱いたまま旅に出ても、結局は幻想の殻の内側をなぞって満足し、何も変わらないまま終わるだけでしょう。 「何も変わらない」ならまだしも、そのことに気付かず「ワタシは旅を通して成長できました☆」と幻影を膨張させてしまうだけなら、むしろ逆効果かもしれません。 私は「旅に出るなら、自分を成長させるべく目的意識を持つベキだ!」などと主張するつもりは全くありません。 全く逆です。 「たかが旅。それ以上でもそれ以下でもない。」 旅そのものを目的とし、楽しめばよいのです。物見遊山でも食べ物でもショッピングでも、何でもいい。 自分がしたいように旅をすれば、結果的に「何か」を得られるかもしれないし、「お金使って時間使って疲れただけ」で終わるかもしれない。でも、どちらであっても本人が「行ってよかった~」と思って帰って来られるなら、それだけで旅の価値は十分あると思うのです。 そこに、「自分探し」やら「テーマ」やらくっつけるから、勘違いナルシストちゃんに見えてしまうのです。 >とりたてて誰かに迷惑をかけてるわけでもないのに、 自己満足で完結していれば迷惑はかけないのでしょうが、 「自分探しの旅に出たボクはエライ。旅に出てないオマエはツマラナイ」 みたいな態度を出しちゃったりするようだと、嫌われるんじゃないでしょうか。 あと、これはあくまで「想像」ですが、甘っちょろい姿勢で旅に出る人は、実際に「誰かに迷惑をかけている」のかもしれないなぁとも思います…。 全く余計なことですが、 「忙しい日常を離れて癒されたい」も、ちょっとね…と思っています。 もっともこのフレーズについては、「あまり考えないでオシャレげなコトバ書いちゃったんだろうなぁ」と解釈してスルーしますが。
お礼
なんというか、やっぱりナルシストっぽい態度が嫌われている原因のようですね。 >「自分探しの旅に出たボクはエライ。旅に出てないオマエはツマラナイ」 ここまで来たらなんか重症ですね(笑)。ちょっとイタい人のような。 しかしなんでしょう。 旅行に出て自分が見つかることもあるし、忙しい日常を離れて旅行してれば癒されることもあると思います。あんまり露骨に言われたら、なんだろうねこの人は、とは思いますが、この程度でナルシスト扱いして嫌がるかなあ……? とも思います。 回答者さんからは、そこまで嫌がってはいないというのはわかるのですが、なんか私の知人の言葉からは、嫉妬とかやっかみみたいなのを感じるんですよね。 他人がどう旅行してようが、私には知ったことじゃないがなあ。
私も旅が大好きですから、人との出会いはもちろん、 旅先で自然の雄大さや地の食材の有難さを感じたり、 時に温泉のお湯にも感激したり、様々な経験をします。 どんな能書きであろうと旅は出たもん勝ちだと感じています。 行動に至ってる人はよっぽどいいと思いますよ。 旅にも行かない人は勿体ないなぁと思う(人のことどうでもいいことじゃないですかってまた言われそうですね・・・)。 ただ「オレは自分探しの旅に出るんだ」などというフレーズをわざわざ口にしているとすれば「ちょっとサムいな」と。 それを好きか嫌いか問うという形をとるのであれば、 どちらかと言えば嫌いだと答える、というだけの話でした。
お礼
ああ、なんか近づいてきました。旅に出てるかどうかよりも、 ことさらに格好つけるみたいな態度がヤだ、という感じでしょうかね。 それなら、なんだかわかったような気がします。たしかにサムい感じがしますね。なんか自分なりにすっきりしました。ありがとうございます。
>自分探しの旅というフレーズはそんなに嫌われるものでしょうかね? 個人的意見を言わせて頂くと、好きじゃないです。 いかにも受け売りっぽい陳腐さを感じて共感できないのではないでしょうか。 「じゃあ自分探しってどういうことを指してるの?」と聴いてみたら、 きっとしっかりした答えは帰ってこないだろう、 そういう所が見えてしまうんです。 ヘタに「”自分探し”の旅をしたい」とか「”素敵”な恋がしたい」とかいったフレーズでもって動くと、 その行為自体を単純に楽しめなくなるばかりか、 「見つからないなぁ」とか「今、さほど”素敵”じゃないなぁ」とか、 満たされない感情に支配されやすくなると思います。 対して、あなたのように「考えてみると自分探しみたいな事をしてるなぁ」という状態は健全に映りますね!
お礼
知人たちもそういう言い方はしていました。 しかし、それがなんで「好きじゃない」につながるんでしょう? 受け売りだろうが、陳腐だろうが、フレーズで動いてようが、純粋に楽しめなかろうが、それがなんで「好き嫌い」につながるんですか? 他人のやってることなんだし、どうでもいいことじゃないですかね? 正直な話「たまには旅にでも出て、自分の人生に向き合ってみようか」という姿勢はどちらかというと好感が持てます。むしろ、そういう人を悪し様に言う事のほうが、なんか嫌な感じがしますね。興味もない「自分探しの旅」に無理やり連れて行かれでもした、ってならわかるんですがね。
お礼
いやぁ、そういう考え方をする人がいるというのはわかりますよもちろん。「コトバだけ一人前、実態は他力本願(なのにエラソウ)」と言う人に腹を立てるのはわかるんです。 なんでしょうねえ……知人が腹を立てている理由は、皆さんの説明で理解できたのでそれでいいのですが、私としては、やっぱりそんなことで腹を立てるのがくだらんなあ、とは思いますね。 >でも、全く気にせず達観して生きていけるかといえば、そうでもないのがヒトの心ってモンだし、それがまた、イイところではありませんか? それはわかんないですね。少なくとも私は達観している範疇に入るほうでしょうから、そんなことで腹を立てる人には理解できても共感できません。そもそもタイプ的には、私は「文化祭、クラス一丸となってガンバロー!」というほうです。 知人については、それ以外にもあまり好きになれない部分が多かったので、嫌いとまではいいませんが、距離を持って接すればいいやと思ってます。 ともあれ疑問は解消されたので、問題は解決しました。ありがとうございます。