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刑務所を出所してからの人生って・・・?
最近、十数年前に起こった、凶悪かつ残虐な殺人事件の記事を読み、その犯人たちに、殺意を覚えるほどの憤りを覚えています。 その犯人たちも、今は出所しているそうなんですけど、今はどんな暮らしぶりなのでしょうか? 少年犯罪だったために、実名報道もなされず、加えて、別人として生活していれば、社会的な制裁は一切、皆無に等しいということになってしまうのでしょうか? 残念ながら彼らに死刑は求刑されませんでした。 悪魔の大罪を犯しながら、今も現に生きているのです。 同じ生きているなら、生き地獄を味わっていきていくべきでしょう。 さて、ここで質問ですが、実際のところ、少年院や刑務所を出所した後の犯罪者たちが受けている社会的制裁、それはいかがなものなのでしょうか? 服役し、懲役をまっとうし、社会的には更正した人間とみなされれば、後は、何も無かったことのように生きていけるというのは、僕には納得いきません。
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法的には懲役を終えた人に対して差別する権利も全くありません。 道徳的にどう思うかは人の自由です。 よほど酷い犯罪をしなければ出所後誰にも前科があるなんて解りませんし、調べたら逮捕です。
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- coelacanth
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私は難しい法律のことは分かりませんが要は税金の問題と思います。 被害者が死んだら税金は入りませんが加害者を国が刑務所に収監して更生させて国に税金を国に税金を納める国民になれば税金が入ります。 被害者の人権無視が今までの日本の裁判制度と思います。 極端な例は暴力団が殺し合いをしても暴力団は税金を払っていないので暴力団がお互い殺しあっても国にとっとは痛くも痒くもなく害虫が死んでくれるとのことで刑期は軽かったのですが最近では税金を払う国民を巻き添えにする為に暴対法で厳しく規制。 mzuka0914さんのご質問ですが私は分かりませんが私の父が少年院からの退院者の世話をしていましたが、何か事件があると警察が来ていましたので少年院に収監された人は常に監視されていたのではないでしょうか。 今でも同じと思いますよ。
- taroimo_hasami
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まずは、刑事政策の本を読まれることをお薦めします。専門書ではなくて、初心者用の入門書から入っても充分知識は得られますので。 私は、数年前に法律の勉強をしていました。はっきり言いますと、この種の問題には、感情論が渦巻いていてとても危険の論調が目立ちます。 旧少年法を批判する人達が少なからずいます。少しでも勉強を積んだことのある人間として、反論したいことがあります。 実名報道をして得をするのは誰でしょうか?部数の売り上げを伸ばしたマスコミでしょうか?興味本位で顔写真を見たがる下品な人達でしょうか?被害にあった人は、加害者の顔なんて見たくもないし、事件のことなんて話したくないという人が多いでしょう、それを追い掛け回して写真を撮って興味本位に報道するのは誰ですか?実名報道のために、社会復帰に失敗し、本物の犯罪者になってしまい、彼の手にかかり、被害に遭った人はどうなるのでしょうか?彼を社会復帰させていれば、事件は起きなかったかもしれません。そこまで考えたことがありますか? 罪の償いといいますが、少年の犯す犯罪には家庭環境など本人の自助努力を越えたところに問題点が存在するケースが多々あります。大人や両親に守られるべき少年が守られずに犯した犯罪であっても、その責は全て少年が背負うべきなのですか? イエスと答える方に言います。そういう回答を導き出せるのは、あなたが恵まれた環境にいたからです。子供は宝――口先でそう言いながら、一切の手助けもせず、心の揺れから犯罪に走った子供を断罪し、犯罪者に仕立て上げていくことが正しいことなのでしょうか? 犯罪の被害に遭う人を減らすには、犯罪者の数を減らすしか手はありません。犯罪者を更生させることは、つまり、犯罪者の数を減らそうとすね努力ですよね。シビアな現実を言いましょうか?仮に本人に更生の意志があっても、世の中が偏見を持っているために定職につけず再犯を繰り返す――これが現実です。社会の人間の心ない偏見や別紙が犯罪者を犯罪者の地位に固定させてしまっている。この現実をどう見ます? 私は甘いですか?一番大切なことは、犯罪の被害に遭う人を減らすことでしょう。なら、犯罪を犯した人達を社会内に受け入れ、2度と犯罪を起こさせないように持っていくことの方が重要ではありませんか? 厳罰に処せば良いなどという精神論は聞き飽きました。死刑廃止論に見られるように、死刑は犯罪抑止力たりえません。そして、数多くの刑事政策の本に書かれている言葉は、これです。 最良の刑事政策は社会政策である。 本を読んだのはもう五年近くも前なので、正確ではないかもしれませんが、意味は正しい社会政策を取ることによって、犯罪を根本的に減らすことができる、というものです。 ちなみに、私が一番、疑問に感じることは、加害者の家族達です。犯罪を犯した人間は断罪されてしかるべきでしょう。ですが、身内から犯罪者が出たという理由だけで職を失ったり、転居しなければならない彼らはどうすればいいのでしょうか。
- missa-n
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私も納得できないうちの一人です。 kawakawaさんのおっしゃる実名等の報道と出所後近隣には住所、氏名、顔写真の報告はなされるべきと思います。 でも日本ではできませんがそのように思っている方は多いんでしょうね。 そのような方に「クソガキどもを糾弾する」というサイトが実名、顔写真入で公表しており、その後の動向なども追跡調査されています。ただ、扱っている内容が内容だけに突然閉鎖に追いやられたりしているのでHPアドレスの特定はやりにくいですがサイトの名前は上記です。賛否両論あるんでしょうが私はこのサイトに賛同しています。
- gaia1956
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本当に反省し、更正したのかは一般の人には分かりません、 本人も更正したつもりであっても、何らかがきっかけになって再犯する可能性だってあります。 しかし、それらを完全にする意味はあまり無い様に思います、まだ犯罪を犯していない人も社会で暮らしている訳ですから。 人は天使と悪魔が同居しています、普通の人は理性で少しだけ天使が勝っているのではないでしょうか? 「犯人たちに、殺意を覚えるほどの憤りを覚えています。」 この言葉が示すように、誰もが相手を傷つける行動をとる可能性があると思います。 理想論かも知れないですが、 「どうせ自分は犯罪者」と思い自暴自棄にならないように、見守っていける社会であって欲しいと思います。
- kawakawa
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コンクリートの事件のことでしょうか,或いは,神戸の酒鬼薔薇の事件のことでしょうか? 欧米のように,重罪犯は実名報道,そして,仮出所の時点から,その居住地付近の家には住所・氏名・写真を公表するといった制度があるべきだと思います。 何等かの過失致死を起こしてしまった加害者と,自分達の欲求のためだけに残虐極まりない行為をした極悪人とを一緒に扱うことには疑問を感じます。また,被害者や周囲のことを考えると,やるせなさを感じてしまいます。 日本は非常に甘いと思います。 徹底的に加害者の人権のみを保護し,被害者とその家族の人権は点ほども考慮していない,情けない国です。 早く「終身刑」が制度化されれば,或いは「仮釈放なしの懲役300年」といった刑罰ができることを望んでいます。 以上kawakawaでした
お礼
事件とは、コンクリート事件の方です。あの事件の全容を知ったのはつい一週間前のことなんですけど、あまりの衝撃に、全身の血が凍りつくような思いがしました。 僕に言わせれば、あの事件の犯人達に人権など必要ありません。いえ、この世に生きる資格すらない人間ばかりです。例え、人に殴られようが、家を放火されようが、後ろから包丁で刺されようが、とにかく何をされても何の抵抗もする権利もない、正に生き地獄を味わうにはうってつけの環境で以外、彼らには生きていて欲しくありません。 そもそも、犯人がいくら更正して真人間になったとろで、 亡くなった被害者は生き返るわけではありません。 死刑が駄目だというのであれば、死ぬまで、刑務所中で完全に自由を奪われた形で、人生に絶望しながら一日を過ごさせて欲しいです。
ご質問の主旨は法に基づき決定される事なので、なんともコメントできない部分も感じています。 法の改正がない限り、同じ憤りは残り続けると思います。 しかし、残された遺族達の苦悩を考えるとご指摘の通りだと思います。 また、同じ生きているなら、生き地獄を味わって生きていくべきというよりも、私なら同じ人間なら一生をかけて罪を償って生きていくべきだと考えたいと思います。
お礼
ご回答ありがとうございました。 人の命を平気で弄び、ゴミのように扱えるような人間に、いくら反省など求めたところで無駄です。 彼らにとっての真の償いは死刑、それが叶わないのなら、 自分から命を絶べきです。
- Singollo
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日本は社会的制裁に頼りすぎていると思います 前科を理由にした改名を家裁は認めてくれませんから、完全に別人として暮らすわけにはいかないでしょう 偽名で暮らすにしても、住民票を移すのにも、アパートの部屋を借りるのにも、本名を明かさないわけにはいかないですから、いつも、誰か自分の前科を知っている人間に蜜からないかと、びくびくしながら暮らすことになるでしょう 実名の公表されない未生年の場合でも、例の神戸の事件のような凶悪事件だとマスコミが(少年法の趣旨には明らかに反する)追跡報道を行います 裁判所ですら、社会的制裁を受けていることを理由に刑を軽減したりする始末です まともな法治国家のあり方とは思えません
お礼
ご回答ありがとうございました。 なるほど、刑務所を出てから、苦難の道程は続くわけですね。それなら、まだ、刑務所の中の方が安全かもしれませんね。
お礼
ご回答ありがとうございました。 犯人が更正したかどうかは、実際のところは分らないですよね。それを確かめる術はないでしょう。 しかし、僕としては、犯人が更正した、しなかったか、よりも、犯罪に足しての代償をいかにして払うか、ということです。 人は誰にでも犯罪を犯す可能性があり、僕もいつ、どんな過ちを犯すかはわかりません。 しかし、ここで問題にしたいのは、犯罪者たちが自分の犯した犯罪に対して、いくらの代償を負うか、ということです。中には、自分から罪を償いたいと願う人もいるでしょうが、罪悪感のかけらもない人間には、罰を与えてでも、その代償を払わせる必要があります。 それが、死刑であるか、懲役300年であるか、は分りません。犯任に更正を求めるなら、それに相応しい刑罰を課し、それを犯人が受け入れて初めて、犯人の更正が始まるのではないでしょうか? まあ、死刑になった犯人には、更正も何もないですけど、それは社会に必要のない、つまり、更正の必要のない人間とみなせばいいことです。