パズーは何故あの言葉を唱えようと考えたのですか?
スタジオジブリのアニメーション映画『天空の城ラピュタ』に関して解らない事がありますのでお教え願います。
主人公のパズーはラピュタの玉座の間においてシータに対して
「落ち着いてよく聞くんだ。...あの言葉を教えて。...ぼくも一緒に言う」
と、「絶対使っちゃいけない言葉」、「滅びのまじない」を自分と一緒に唱える事を勧めた上で、シータと共に「バルス」と唱えていましたが、それはいったい何故なのでしょうか?
作中での扱いを見ますと「バルス」は、作中の時点で既に滅びた空中都市であるラピュタの元王族で、「土に根をおろし、風と共に生きよう。種と共に冬を越え、鳥と共に春をうたおう。」と決めてラピュタを放棄して地上で生きる事にしたシータが属する一族において「絶対使っちゃいけない言葉」、「滅びのまじない」として伝えられてきた言葉です。
「ラピュタを放棄して地上で生きる事にした一族」即ち「ラピュタが無くても生活に何ら支障はない人々」が「絶対使っちゃいけない言葉」としているのですから、その言葉により何が起きるのかを知らされていない者からすれば、その言葉を唱えた結果がまさか「放棄されて廃墟となったラピュタが崩壊する"だけで済む"」なととは普通考えないと思います。
加えてパズー達は「バルス」と唱える少し前に、現実世界の核兵器に匹敵する威力を持つ「ラピュタの雷」の破壊力を見たばかりです。その「ラピュタの雷」ですらシータの一族にとっては「絶対使っちゃいけない」とされてはいなかっというのに、その「"ラピュタを放棄"して"地上で生きる"事にした一族」が「絶対使っちゃいけない言葉」、「滅びのまじない」と言っていたのですから「バルス」というまじないの言葉は「ラピュタの雷」など問題にならないくらい恐ろしい「滅び」を、「人々から放棄され既に滅んでしまっているラピュタ」ではなく「一族が暮らしている地上」にもたらすものである恐れが高く、もしかすると世界を滅ぼしてしまう恐れすらあるかも知れないと考えるのが普通ではないでしょうか?
少なくとも「唱える事によって事態を好転するのに役立つ」などとは到底思えない筈です。
それにもかかわらず作中でパズーは「あの言葉」を唱える事を選択していました。
どうしてパズーは、世界を滅ぼしてしまう危険があったかもしれないのにもかかわらず、その様な判断をしたのでしょうか?