ゆっくり、座って、「座禅」のまねごとをして得られるものは、ちっちゃな「自己満足」と、短時間の「ゆとり」かな?
ただ、家で、「座禅」のまねごとをする場合、何時修了させるのかが、大きな問題となります。(その外も問題はありますが・・・)
終了時間を自然に知り、座った余韻に少しだけ浸る時間も必要です。
少なくとも、自己の意思で、座るのを止めては、あまり意味がないと思われます。座る事に専念すれば、時間経過の感覚がまったく、分からなくなります。自分で10分以上経過したと思っても、1~2分しか経過していないことはざらです。
長い線香を使う事をお勧めします。(長ーい線香とそれを受けるものは、仏具屋さんで探してください。線香で、時間を計る方法は、実際の座禅でも行われているところが、多いと思います。また、花街の遊びも、時間が過ぎれば、「線香がたった」と表現することがあります。)
しかし、しかしです。
先の方々が、回答されていますように、何等かの「座禅会」に定期的に参加してみることは、絶対お勧めします。
特に最初の時は・・・。
座るときの姿勢は、自分では分かりません。背筋が真直ぐなのか、どうか?
無駄な部位に力がはいっていないのか?
座り方も、結跏趺座、半跏趺座、正座とあります。
この座り方にも、ノウハウがあります。
手も、「法界定印」をするのか、「結手」するのか?
座るときの姿勢や、「法界定印」も、10分もすれば、崩れてきます。
数息観も、いつのまにか、100、200と進んでいます。
只管打座といっても、いろいろな事を考えてしまいます。
それを、第三者の目からただしてもらおうとするものです。
誰かが書かれていますが、多くの人の中で座っていても、ほんの一瞬、自分だけが座っていると感じる時もあります。その感覚は、多くの人と座らなければ、体験することができません。
禅は、宗派によって、少し方法が異なりますが、行き着くところは、同じだと思われます。
先達(先人)の教えの良いところは、まねて、短時間で効果を上げると考えればどうでしょうか?
お礼
eleさん回答ありがとうございます。 大変分かりやすい回答で、参考になりました。