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「子供の心を忘れない」=「精神年齢が低い」ではない?
日本人は「精神年齢が低い」ということに対して非常に嫌悪感を持ちますが、 その一方で「子供の心を忘れない」ことに憧れを抱いてたりしますよね? 子供の心を忘れていない、というのは精神年齢が低いのとはどう違うのでしょうか?
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このふたつの言葉の意味は全然、違うと思います。 子供の心とは、純真な綺麗な心のことを言うのであり、精神年齢が低いというのは常識が無くて成長の止まったおとなこどものような意味で使われるのではないでしょうか。子供の心の方は子供の良いところ、純粋で無邪気な面をさすのであり、これは対する人を和ませますが、精神年齢の方は人の気持に理解を示せず自己中心的で幼稚な発想で人をうんざりさせるというイメージがあると思います。
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- jamiru
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「子供の心を忘れない」 高校生時代でも芽生える。 人による。 無茶苦茶な想像力を働かせる。 「精神年齢が低い」 低い年齢に芽生える。 かなり早い年齢で育つ。 脊髄反射。
- tomban
- ベストアンサー率26% (2616/9771)
童心忘れず、ということですね。 これはよく間違える人が多いのですが、子供というものはちゃんと「社会性」を持ち合わせて生まれてくるんですね。 3才くらいになるともう、明らかに大人顔負けの卑劣さ、傲慢さ、自己顕示力などを発揮してきます。 いじめだって当然起きますよね。 こどもは大人になることで、そういった「わがまま」を抑制され、社会の枠の中で生きることを義務付けられるように躾けられていくのです。 通常はそこで昔のことなど簡単に忘れて 「あー子供のくせにうるさいなぁ」などという、矛盾した言葉を吐いたりするんですが(笑)どこかに「回帰願望」みたいなものは持ってて、昔のように生きたいなぁ、とか思うわけです。 ですので「憧れ」というものは漢字で書いても「心に童」と書くわけです(ほんまかいな?)。 自信ないですが(笑)。 つまり「童心回帰」は「憧れ」であり、羨望なのです。 そういったように見える人(全部が童心を忘れないとかじゃないです)は、だから憧れの対象物なんですね。 精神年齢が低いというのは「社会的見地での未成熟といわれる人」(長いな)です。 先に言った「子供から大人への過程」を何らかの理由でたどれなかった人のことです。 これには肉体的なこともかかわってきますので、深入りは避けます。 つまり「この二つはまったくの別物」ということになりますね。
- mindassass
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子ども心を忘れないというのは 悲観しない限りなく大きなモノを追いかけられるということでは? 保育園、幼稚園、小学校の卒園(卒業)文集に夢などを書いたと思います。 ですが大人になるにつれハードルが高いから別の道を考えたりするようになります。 つまり自分の夢にまっすぐであったり遊び心を忘れないというのが「子ども心を忘れない」だということだと思います。 精神年齢が低い=幼稚である。 即ち幼稚という言葉を調べればよいのでは?
- aho0xff
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精神年齢が低い奴は大人ぶる確率が高く 子供の心を忘れないって事は、ある意味大人に嫌気がさしている。 そんな感じ。
自分の子供の頃の夢を、大人になっても心から信じて、本当にあきらめずに追求する人を「子供の心を忘れない人」っていうんじゃないですか? だけど、現実逃避するために夢に逃げている人(口だけで、夢を叶えるための努力もろくにしない)とか、ただたんにものの考えかたが子供っぽい人とかは、「子供の心を忘れない」っていうんじゃなくんて「精神年齢が低い」っていうんだと思います。
- NEWNY
- ベストアンサー率51% (16/31)
礼節をきちんともっており、日常生活もきっちりしている大人が、遊びや趣味のことになると心の底から没頭できる。 そういうのを「子供の心を忘れていない」というのではないでしょうか。 精神年齢が低いというのは、分別をわきまえない、くだらないことで馬鹿騒ぎする、思慮が浅いなどのことだと思います。
- mappy0213
- ベストアンサー率26% (1706/6353)
遊び心を持っているって感じですかね ガキっぽいとは違いますね 精神年齢が低い=ガキっぽいって感じですかね 子供心を持っているってのはあくまで大人の知識や礼儀を持ち合わせた状態 そうでなく騒いでるだけの奴がガキですかね