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森元総理について
ある本を読むと、自民党がおかしくなったのは森元総理になってからだ、とありました。知り合いの議員さんも同感ですと仰ってました。その前の小渕さんの時は、まだ保守が保ててた。という事らしいのですが、どうゆう事なのか詳しく教えて頂けないでしょうか?ついでに質問ですけど、この頃でしたっけ?自民党と公明党が連立しだしたのは?
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・自民党と公明党が連立しだしたのは 小渕総理の決断で 自民党と小沢一郎の(小)連立政権ができ、 ↓ さらに自民党・小沢派(自由党)・公明党の(中)連立政権ができました。 ※小沢さんの悪い癖で、連立離脱とか言い出し、小渕さんが脳梗塞で死亡。 森内閣では 自民党・保守党(自由党連立・反小沢派)・公明党連立政権 小渕さんが、毅然とした実行力と、「話せばわかる」とブッチホン対話でコンセンサス形成して 次々と懸案解決、重要法案成立させたのにたいし、 なんでもあり、懸案先送りの森さんは、見劣りがし総理としての政治手腕に かけるということでしょう。(反動で、子分の小泉さんが長期安定政権となったわけですが) 高度成長の池田、平成の小渕と並び称される名宰相小渕さんと 比較されては、見劣りするよ、それは。 新聞記者上がりだけにマスコミへの話題提供上手だった森内閣は、 それなりに国民を楽しませてくれる政権でしたが_(‥ )
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- 29140168
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森さんが総理に選ばれた経緯、これが自民党の終わりです。 青木幹雄・野中広務・村上正邦・亀井静香・森喜朗の5人が密室で決めました。 2002年4月1日・自民党と自由党の連立が破たん 4月2日未明・小渕首相倒れる。(当初から意識不明) 4月2日・青木官房長官が「小渕首相から後を託された」と言って首相臨時代理に就任。(実際は小渕首相は意識不明であり、この発言は事実に反する) 4月4日・小渕内閣総辞職 4月5日・森喜朗を総理・総裁に選出。森内閣発足。 6月25日・小渕前首相、意識が戻らないまま死去。 青木氏が小渕首相が意識が無いという事実を伏せて偽りの会見を行ったことが大きな問題。 青木氏は官房長官であったため、首相臨時代理になっても何の問題もない。正々堂々と本当の病状を発表し、「首相の意識が回復しないので自分が臨時代理になる」と言って、1か月でも2ヶ月でも自らが臨時のまま、自民党総裁選挙を行い正式な手続きで総理・総裁を選ぶという選択肢もあったはず。(その場合は森さんは総理に選ばれなかったでしょう) にも関わらず、上記の5人が密室でたった3日で次期総理を「森喜朗」に決めてしまったこと。ここが自民党の終わり。まるで旧ソ連のような(今の北朝鮮のような)密室での国のトップ選び。 森さんが総理になってからのことは言うまでもないでしょう。
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- mat983
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http://www.j-cast.com/tv/2009/08/31048479.html 石破前大臣が、 「森総理の時に実は自民党は終わっていた。ところが小泉さんが「私がぶっ壊す」と出てきたが、そうはならなかった」 と言っています。 森政権の発足そのものが胡散臭く、小渕総理が突然重病にかかり、森さんを指名したなどと密室で決めてしまいました。 森内閣は支持率30%台でスタートし1年後の末期には10%台と散々でした。すでに自民党は国民の支持を失ったのです。 本来はここで自民党は終わるはずでしたが、自民党をぶっ潰すと言った小泉人気で延命してしまい、総選挙で勝っのです。 小泉総理の登場がおかしな流れを作ってしまったのです。 その意味で森総理で終わったという言い方をするのです。 なお、小渕総理の時代に自民党、自由党、公明党の3党で自自公連立政権が発足し、森内閣の時は自民党、公明党、保守党の連立です。
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大きな力学的構図では、 冷戦が終わり日本の存在意義が低下したのを背景に、米国が自国の国益追及に関して日本に遠慮しなくなったということだと思います。 そして、その米国の圧力に同調する勢力が政権を握ったということかな。 日本史で例えれば、豊臣が滅んだ後に用済みとして豊臣系の外様大名が粛清されていったのと同じ構図ですね。
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- tarojordan
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自民党がある程度まともであった・・・と判断できるのは大平内閣まででしょう。 もっと遡って言いますと石橋湛山の後の岸からおかしくなる。 森からというのは観点のちがいもあろうかとおもいますが、「国家の礎に国民と言う存在がある」と言う露骨な民主主義の否定へなだれ込んでいきます。民主主義の否定を民主主義の力を借りて行うという、がん細胞の増殖にも似た政治が行われるようになるのです。何事にも熱しやすく冷めやすい日本人には適した手法でこれを愚民政策といいます。郵政解散などその最たる例です。 森内閣の私的諮問機関に教育改革国民会議があってその答申に18才未満の小中学、高校生に「奉仕活動をさせよ」というのがあったんですが、これが改憲からはじまる徴兵制への布石になっていこうとしていました。 森以降の顔ぶれは見るに見かねますから詳しいコメントはしませんが、鳩山も含め祖先が政治家(首相)であったというだけのものですね。 民主党に政権が変わっても安心はできませんが、せめて自民党の改憲(壊憲)がなくなっただけでも善しとしなければなりません。 自民党の新憲法草案は近代立憲主義そのものを壊す「壊憲」でしかありません。 先ほども観点の違いと言いましたが、保守政治(歴代自民党政治)=善政とおもわれるのは個々人勝手ですからこれについては触れませんが、森以降の政治は政治ではありません。アメリカの属国に徹しきった悪政と言う言葉でも言い表しきれないほどの酷さです。 安倍が戦後レージム云々と言っていましたが、チャンチャラおかしくてはなしになりません。たしかに戦前の体制へ戻すのであればその通り!と異論はありませんが。壊憲への詭弁でしかないでしょう。 格差社会といいますが、占領軍を進駐軍と言い換えたのと同じで森以降は確実に二極構造(二極化ではありません)社会になりつつありました。 貧乏人はどうやって社会に存在価値を見いだすか、それは従軍しかありません。いまそのような社会構造になっているのがアメリカさまです。 我々庶民が政党の心配をしてもはじまりませんから、今の政治が善政であるかどうかを監視していくことが必要です。 善政とは政治が富の再配分という課題をしっかりと実践しているかどうかです。 鳩山政権は少なくともその方向へ舵を切り始めているとおもいます。
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回答ありがとうございます。大平時代は知らないので、コメントのしようがありませんが。私は鳩山にも期待してません。
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回答ありがとうございます。大変勉強になりました。 小渕総理は小沢氏に殺されたようなもんだって話も理解出来ました。 ただ、私は小渕総理=借金の記憶しかないんですけど、当時、政治に疎かったので。