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名球界への入会基準について

打者は2000本安打 投手は200勝又は250セーブ 名球界の基準について、上記のような基準があるのですが、投手の200勝だけめちゃくちゃ難易度高くないでしょうか? 平均して10勝を20年ですよね? それに引き換え、打者は100安打を20年。 抑えにいたっては、13セーブを20年・・。 2000本安打も、250セーブも立派な数値だと思いますが、先発投手と比べるとかなり難易度が低いように思います。 名球界に入った選手の中に、「あれ?この人は入れるんだ?良い選手なんだけど、偉大な選手かと言えば・・」と言うような人もいます。 最近だと、松井カズオ選手がもうすぐ2000本安打と聞いてびっくりです。日本にいたときはいい選手でしたが、メジャーに行ってからはイマイチの成績でしたが、それを積み重ねて2000本で名球界か・・という感じがします。 皆様名球界に入る基準についてどう思いますか? ご意見お願いします。

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  • nidonen
  • ベストアンサー率55% (3658/6607)
回答No.5

 横浜の監督などを歴任した権藤博氏のことはご存知でしょうか。 権藤氏は昭和 36 年に中日入りし、ルーキーでいきなり 35 勝を挙げ ました。なんと 69 試合に当番し「 権藤、権藤、雨、権藤 」と言われた ほどの活躍を見せました。  この当時、エースが 30 勝することは珍しくなかったのです。その 感覚で考えれば、20勝を10年で名球会というのは無理がないんですよ。 実際、名球界に所属する200勝投手 19 人(退会した江夏を含む)のうち、 実に 14 人が1990年より前に 200 勝を達成しています。割合で言えば 74%もの投手が、20年以上前に活躍していたオールドタイマーです。 ※ちなみに、1990年代の達成者は北別府ただ1人です。  いっぽうで打者は 2000本打者 38 人のうち、1990 年以前の達成者は 23人で、約 60 %になります。投手に比べてグッと割合が減るのです。 投手と違って打者は、年間打席数が時代で大きく変わることがないため、 いまも昔もあまり基準に差がないというわけです。  というわけで、可能性としては「 名球会の基準を 150 勝に引き下げる 」 といった考え方もあるでしょう。ただ名球会は単なる親睦団体ですし、 星野仙一氏や田淵幸一氏の評価が低くなるわけでもありません。だから 基準はいまのままでいいんじゃないでしょうか。

faucon_san
質問者

お礼

具体的な数値からのご回答ありがとうございます。 昔の選手を見るとこれぞレジェンドという選手が並んでいますが、最近のバッターに関して言えば、「えっ?入れるの?」という選手が数名います。悪い選手ではないと思いますが、超一流かというと・・みたいな選手が。 私としても基準はいいと思いますが、最近新設されたセーブは低すぎると思います。あれじゃあ、最初から抑えをやれば、そこそこの選手でも名球界に入れてしまいます。

その他の回答 (6)

  • ryosuke-s
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回答No.7

300セーブではなく250セーブにした時点で全てが終わったと思います。江夏さんも榎本さんも落合さんも会員ではありませんし野村さんも活動に参加していません。昭和生まれしか入れないという単なる金田さんの仲良しサークルであり、入る価値はないでしょう。

faucon_san
質問者

お礼

250セーブはハードル低いですね。 佐々木と高津を入れるために250にしたような感じですよね。 確かに抑えの第一人者であるとは思いますが、それをイコール名球界入りと言うのはどうかなと思いました。 ありがとうございます。

noname#119951
noname#119951
回答No.6

名球界の運営実態には詳しくないので、組織の是非についてはわかりませんが、入会基準については、投手と打者でその前提条件が全く性質の異なるもの(勝利数と安打数)を同一基準としているので私も昔から疑問に感じていました。勝利投手というのは1試合において2チーム(対戦チーム)から1人しか出ないものです。これを打者に当てはめれば200勝利打点ってことですよね?あの「意味がない」って廃止された記録ですよ。一方、安打っていうのは、試合途中で1打席だけ代打に出てチョコっとヒットを打てば積算されていきます。試合の勝敗にも左右されません。ロートル選手が記録にしがみついて毎試合のように代打で出て、記録達成と同時に引退する光景は、少なくとも私は興ざめです。しかし投手は先発し、責任回数を低失点で切り抜けねければ勝利数は積算できません(救援勝利もありえますが、それは偶発的な事だと考えています。ですからセーブやホールドが生れたのでしょう)。味方打線の援護状況でも変わります。ヤクルトの松岡投手などは190勝を越えるも老体に鞭うって先発を続け、結局夢破れた事例は悲愴感ただよっていました。これが打者なら毎試合チョチョっと代打で出て記録達成~チャンチャン。でハッピーエンドなんですがね。 打者の「安打」に基準を合わせるのなら投手は「投球回数」でしょう。「投球回数」と書くと「打者の打数あるいは打席数と同じじゃないか、そんなのは記録じゃない」と言う人がいますが「打数」は安打でも凡打でも記録されますが、「投球回数」はアウトをとらなければ積算されていきませんので実質は打者の「安打」と同等だと考えられます。具体的に何イニングで資格基準とするかは議論の余地ありですが。

faucon_san
質問者

お礼

確かにピッチャーは不利ですよね。 先発で頑張っていても、チーム事情で2~3年抑えに回されたら最後、200勝達成なんてかなり難しくなります。 投球回数ですか。それはそれで面白いアイデアですね。 ご回答ありがとうございました。

  • KKBKTS
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回答No.4

>>金田が、名球会を仕切るために、自分よりも年上で権威のある人は入会できないように決めた基準(2000本200勝)だからです。 おいおい、テキトーな書き込みするなよ。 金田よりも年上で2000本200勝は何人もいますが。 彼らを排除した基準は「昭和生まれ」という取ってつけたような基準ですけど。 だから杉下茂 - 215勝 野口二郎 - 237勝 藤本英雄 - 200勝 別所毅彦 - 310勝 ヴィクトル・スタルヒン - 303勝(設立当時故人) 中尾碩志 - 209勝(設立当時故人) 若林忠志 - 237勝(設立当時故人) 川上哲治 - 2351安打 以上の面々は入会資格がありません。 本題の200勝のハードルですが、昔はローテ投手は20勝が当たり前であり、主力で10年近く投げたら楽にクリアできる数字でした。 西鉄の投手で永久追放された池永氏は高卒のたった5年で20,15,23,23,18勝の99勝です。仮定の話ですが彼が健在だったら晩年に故障があったとしても12~13年で200勝達成していたかも知れません。 現在はご存じの通り13,14勝で最多勝ですので200勝はまず不可能でしょう。20年連続10勝でやっと200勝ですから。 打者の2000本は昔よりも試合数も多いし選手寿命も延びているのでレギュラーなら15年くらいでクリアできますね。 名球会設立当時の2000本200勝は、今の感覚でいけば2500本150勝くらいかも知れません。

noname#182699
noname#182699
回答No.3

確かに200勝って、高いハードルですよね。 ピッチャーの“旬”は長くても10年ちょっとじゃないでしょうか? ケガなどほとんどしなくても、20勝×10年から10勝×20年の間で達成しなくちゃならないワケですね。ちょっときびしい。 今の中6日ローテじゃ、投げても20数試合。半分勝っても13~14勝くらい。 それに、バッターは試合が負けてもヒットはヒットですが、ピッチャーは勝ち試合じゃないとセーブも勝利もつかないですからね。 昔のように完投が当たり前じゃないから、試合が勝っても先発に勝ちが付くとは限りませんし。 さらに常勝チームにいればチャンスも多いですが、 Bクラスが多いチームだとかなり不利ですよね。結局、運もアリですか?

faucon_san
質問者

お礼

私の言いたいことを全て書いていただきましてありがとうございます。 チームに左右されると言うのも大きいですね。

  • ogawa_sora
  • ベストアンサー率36% (468/1280)
回答No.2

今晩は。 名球会なんて、金田の趣味でやっていることです。(何の権威もない) 入会資格だって厳密に適用しているわけでないです。 たとえば、福本を800盗塁で特例入会させようとしたり(後に200 0本で入会)逆に、2000奪三振投手や、広島の大野投手のように1 48勝138セーブの選手など、先発と押さえをやった選手などは入っていません。 さらに、名球会事務所は、金田の個人事務所「株式会社カネダ企画」内 に設けられていて、会自体が「金田の金稼ぎ組織にすぎない」との批判 もあります。 要は、金田がプロ野球会での権威を保ちだけの事です。 金田より年上の選手(川上や別所など)は入会していません、これは、 金田が、名球会を仕切るために、自分よりも年上で権威のある人は入会 できないように決めた基準(2000本200勝)だからです。 落合なんか、金田に言われた言葉が原因で、入会拒否です。 落合の金田に対する語録: 「オレは社会人もやってプロ入りしたから何とも無かったが、もし高校 出の若い選手が、あんな偉い人からプロに入っていきなり言われたら潰 れるだろ」(金田に打撃を酷評された時) 「王さん、長嶋さん、金田」 (読売ジャイアンツに入団した際、ジャイアンツのかつての名選手を訊かれた時、金田は呼び捨て) 「オレは1999本ヒットを打てばいつでも引退する」(名球会入会資を否定)

  • gakki--
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回答No.1

昔は年に30勝するような投手もいました。それに登板間隔も短かったです。なので200勝は妥当な数字でした。しかし中6日が大半の現在では200勝は厳しい数字です。しかも大卒や社会人出身ならなおさら厳しいです。 それに比べると2000安打は容易のように感じますね。とはいえ今から200勝の基準を下げると言われれば、今までの人はどうなるんだという議論が起こります。そこが難しいところですよね…

faucon_san
質問者

お礼

ありがとうございます。 そうですね。昔は30勝とかざらにいましたね。 そのときを基準にすると、200勝は簡単に思いますが、逆にバッターにはかなり不利だったでしょうね。 昔の基準と今の基準が混ざっているのが難しいですね。

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