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創価学会の信者って…

Yahoo!知恵袋やグリキューなど見てると、創価学会の信者は、学会批判をした相手に執拗に嫌がらせコメントを書きまくったり、名指しで質問を投稿して仕返しをしたり、揚げ足取りをしたり… すごく粘着質で、見ていて不愉快というか、気持ち悪いです。 あれほどの巨大組織なのだから、批判意見が出て当然。 なぜ創価学会の信者は、批判を正論で返そうとせず、暴言や嫌がらせをするのでしょうか?

みんなの回答

  • mdh57
  • ベストアンサー率25% (7/27)
回答No.6

中には変な狂信者がいて、問題をおこしますが、いい人もいるので、創価の全員がそういう人だという偏見はもたない方がいいと思います。また、信仰と、創価学会は、「全く別問題」なので、そこだけは絶対に、お間違えのないようにお願いします。 私の勉強した範囲内で恐縮ですが、ご参考になれば幸いです。「宗教は嫌だ」と言わずに1度だけでもいいので最後まで読んでください。お願いします。 創価は、80年前に「創価教育学会」という名で、牧口常三郎が立ち上げた「法華経文底独一本門を正しく広める会」でしたが、次第に「I.D先生崇拝教」になってしまいました。 また、日蓮の教えに創価の考えを混ぜ、「創価学会の信仰」として世界に広めています。本当に残念なことです。 (私事で恐縮ですが・・・) 私は、「法華経文底独一本門(無神論)」を信仰をしています。これは、10年間かけて勉強と経験を、積み重ねて出した結論です。 全ては自身の生命の内に備わっていて、「どこかに、神様や仏様がいる」という考えを否定している、無神論の教えです。 (自身の中の仏界を引出すことが重要で、外にではなく、生命に内在しています) 前半は、外道(キリスト教や神道などの有神論)と、仏教「爾前教」(日本人が仏教だと思っている教え)を学び、後半で法華経を学び、最終的に文底独一本門(無神論)にたどりつきました。そして、邪宗や占い師など、(もちろんカルトも)信じたり、それらにお金を出すのも誤りだと気づきました。 10年かけて、しっかり宗教比較学を勉強してきたので、他の人より少しは詳しいです(まだまだ勉強不足ですが)少しでもお役に立てれば嬉しいです。 詳しく説明したいのですが、理解するのに早い人でも2~3年かかるので、簡単に説明させていただきます。 仏教の始まり(約3千年前)、釈迦が仮導の教えで「地獄」や「閻魔」などを説きましたが、それは実在する場所や人物ではなく、「方便(比喩)」です。 釈迦は説法50年間のうち、まず42年間かけて「爾前教(現在の真言・浄土宗など法華経以外の仏教)」を説き、後の8年間で、爾前教を仮の教えとして、釈迦自身が否定し、「法華経28品(後半14品が重要で、「法華経本門」といいます)」を説きます。 しかし、その「法華経本門」も、釈迦の死後2000年(正法・像法)で効力を失い、現在の「末法」という時代では、釈迦仏法を信仰しても効力はないと、釈迦自身が仏典の最後に記しています。 そして、釈迦が「文底秘沈」した(明らかにしなかった)「法華経文底独一本門」(無神論)が末法で信仰すべき仏法だと教えています。 仏法では、魂(命)は「有る」わけでもなく、「無い」わけでもない、「空(くう)」と表現されます。死後、命は、「霊魂」として、ふわふわ存在するのではなく、死時は「冥伏」といい、生時は「顕現」といいます。肉体と魂は別々ではないのですが、「肉体」イコール「魂」でもないです。 簡単に言うと「起きている状態が生」、「寝ている状態が死」です。つまり「無始無終」といい「生命は永遠」ということです。 過去世の生命境涯や行いにより、現世の生命境涯(十界論をご参考になってください)がありますが、「定業」と「不定業」があり、自身の内の境涯変換(仏界涌現により)、定業(決定している宿業)でも「宿業(宿命)転換」が可能です。 また「成仏(仏)」とは「仏界をひらく」ということで、死んだ人のことではありません。 (もし、死んで仏になれるのなら、早く死んだ方がいいということになってしまいます) また、「地獄」という場所は、どこにも存在しませんが、例えば、戦地に生まれるなどの境涯を「地獄」に例えているのです。それと同様、「閻魔」という人物は存在しませんが、自分自身の中の悪い生命境涯や、自分の境涯を狂わす働きのことを「閻魔」に例えているのです。

  • furupai
  • ベストアンサー率20% (103/494)
回答No.5

こんにちは。 真に宗教家ならば超然としていればいいとおもうのですが、悲しいかな、やられたらやりかえさないと気がすまない、カルト、セクトゆえの攻撃性、禍々しさの本質が露呈して、見ていて気持ち悪く感じてしまうのでしょう。 カルトとは宗教を貶めるための擬似宗教であり、ベクトルが真反対なので、修行すればするほど闇に落ち込んでいくことに気づかない。 本人は上昇しているつもりでも実は下降、神仏から果てしなく遠ざかっていく。 結果、良いことしてるつもりなのに、世間から疎まれる。 自分たちではなく、周りや世間が間違っていると、まっさかさまに考えてしまう。 余談ですが、私も25年ほど前、学会の友人にしつこく迫られ、集会でマスゲームのビデオを見させられました。 そのときに学会員が「これをくだらんとか言うヤツはド突いてやる!」と息巻いているのを見て、私は「ああ、こいつらは宗教者でもなんでもないな」と察しました。 カルト宗教の末端の信者さんて、こどものように純粋な人が多いんじゃないのかな。悪い意味で。 それゆえ、知恵や洞察力、本質を見抜く直観力が無く、やすやすと擬似宗教にからめとられてしまうのでしょう。

  • nontro_08
  • ベストアンサー率19% (33/173)
回答No.4

いわゆる「アンチ創価学会」の連中だって、創価学会や池田名誉会長に対し、それはそれは口汚い卑劣な表現を使って、悪口雑言しているではないですか。 2ちゃんねるなどの掲示板、Yahoo!知恵袋やここなどの質問サイトを見れば、学会・名誉会長への悪口のオンパレードですよ。あの憎しみに満ちた表現は、尋常ではないですね。単なる批判の域を超えています。 悪意をもって暴言や嫌がらせを、学会や名誉会長にしているのは、アンチ勢力ではないですか。どうやらアンチ勢力の特徴としては、「自分のことを棚に上げる」ことが挙げられるようです。

  • snowplus
  • ベストアンサー率22% (354/1606)
回答No.3

オウムと同じ 学会を批判することがそもそも悪と教えられる 当人にははっきりそういってあげた方がいいです

  • heyboy
  • ベストアンサー率21% (1852/8730)
回答No.1

学会を否定する事は 自分の信じているものを 否定するのと一緒なので とても嫌がるのでしょう。