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自分が求めている優しさ
優しさについて考えていますが、答えに行き付きません(最後の答えはないのですが…) 優しいのが優しさ…冷たいのも優しさ…怒るのも優しさ、いろいろな優しさがあるのはわかっていますが その芯的なものが今だにわかりません。 何も考えなくてもやれるのは優しさとはよく言われます。 人によっては、愛情を持って接することが優しさだと言います。 僕が最近気がついたのは、今までは、"気持ち"を分かってあげて接することが優しさだと思っていましたが、本当は相手の"心"を知ってあげることが優しさじゃないかと気がつきました。 でも、何かがピンとこないのです。まだ自分が求めている優しさに何か足りないのですが、何なのかわかりません。 そこで質問なのが、 「あなたにとって"優しさ"とはなんなのでしょうか?」 よろしくお願いします
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No.9です。 優しさと言うと、(自分以外と言う意味での)他人に対する「優しさ」を思い浮かべますが、実際には「自分に対する優しさ」と「他人に対する優しさ」があります。 特に「些細な優しさ」の場合は、「自分に対する優しさ」である場合がほとんどです。 つまり、自分が優しい人間であることを強調したい場合や、自分で自分を優しい人間であることを自覚するためだったりです。 なぜなら「些細な優しさ」は、それをやったとしても/やらなかったとしても、さほど大きな影響を及ぼすことがないためです。 (わかりやすく言えば、些細な優しさほど、優しさを受ける側のメリットよりも優しさを与える側のメリットの方が大きいため) しかし、そのような考えは少数意見で、結果として「自己犠牲」を「優しさ」の尺度としている人が多いような気がします。 つまり「プラス・マイナス・ゼロ」の考えで「相手に優しくして相手が幸せになった分、自分がその分不幸になった」と言うものです。 そして、そのような考えの人ほど、その与えた優しさにより自分の思ったとおりにならなかった時に相手を批判する傾向が強いようです。 つまり「これだけやってあげたのに」とか「私がこれだけ我慢しているのに」だったりです。 そしてその考えが自分の中で当然のこととなってしまうと、結果として「自分の不幸の度合い」を「相手への優しさの尺度」に換算してしまうようです。 ここで人生相談などをなさる方でも「その人を責めるわけにもいかないのだけれど・・・」と言う人も少なからずいるような気がします。 そして(やっと)ここからが本題なのですが、「優しさ」には自分を含め、みんなを幸せにする「優しさ」もあります。 日本人は、これを忘れているような気がします。 (特に優しさにこだわる人ほど) 具体的には、冗談を言って場の雰囲気を和ませるなどです。 もちろん、単純にバカ騒ぎすればいいわけでなく、その場の空気を読んで適切に言葉を選んだ冗談でなければいけないですが。 そして、場の雰囲気が良ければ、自分も楽しく、みんなも楽しいでしょう。
哲学は苦手なのですが、哲学の本を読めば納得するかもしれませんよ。 個人的に考える「優しさ」とは 絶えず一緒に時間と空間を共にしていても快適でいられること。 細かくあれがどうとかでは無く。 勿論、叱られるときもあり、口論に発展することもあり でも愛されているという実感 それを「優しい」と人は認識するものでしょ。
たぶん、その答えはないと思います。 たとえばですが、 「"優しさ"とは、自分が経験を積んでそれで得られた人生観であって、それを人に聞くべきものではない」と思っている人がいたとします。 その人にとっての優しさは、ここで回答しないことです。 しかし、回答しない人の優しさを感じることはできません。 でも、それがその人にとっては結果的に一番の優しさであった可能性も否定できません。 結局、そのように考え出すときりがなくなってしまいます。
はじめまして。 とっても深いお話で興味があります。 皆さんのご意見は「ごもっとも」ですが、私の意見はちょっと違うので書かせて頂きますね。 「優しさ」って、伝えられた(受け手)側の気持ちではないのでしょうか? つまり、自分がいくら気持ちを込めても、目一杯尽くしたとしても、された側の人間が「うっとおしい」とか「お節介」などと思ってしまったら、それは「優しさ」とは違うと思うのです。 それでも何か自分以外の為に尽力を、、、と、動かずにいられない、放っておけない衝動にかられたとしたら、それが「あなたの優しさ」なのではありませんか?
- miezail2
- ベストアンサー率14% (4/28)
こんばん・・・ 難しいテーマですよね。 優しさを考えるときに『自分』と『相手』の感じ方は違いますよね。 だから、私は、『自分が相手にとって溢れ出る優しさの感情』が出るまで優しさを示しません(つまり、見返りや相手の反応がどうであれ、常に『自分がどうしたいのか?』を考えます・・・ 回答になりませんが・・・ 『優しさ』は捕らえ方によってずいぶん違ってきます。 難しいテーマですね。
- jimmy35
- ベストアンサー率26% (468/1774)
「優しさ」というのは人の間で共通はしていません。最大公約数を求めようとしても、人によって項目があったりなかったりしますから、人に影響される必要はないですよ。まず、あなたらしいという事から入ってください。 それでもおそらく「これだ」と断言できる答えは出ないと思います。なぜならおそらくはあなたより相当年上の自分でもまだ考え中だし、人生の終盤に差し掛かった人ですら考え中だろうと思うからですよ。 あなたらしく振舞い、その中で人を理解しようとする気持ちを持つ(理解の対象は継続的な「心」も刹那的な心である「気持ち」も両方含まれます)事が現状での自分の答えです。しかし、これとて固定された観念として持っては成長がなくなってしまうとも思います。まだ人として知るべき何かがあると思っています。 おそらく、あなたも一生答えは出ないでしょう。しかし、一生考えるべきものでもあります。それが人として、考えることができる生物として課せられた義務であるような気がします。
- hasire750
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ANo2です。 >頑張るって書きたかったんでしょうか? いいえ、看取る(みとる)です。 それがどんな状況でも最期まで看取るのが優しさだと思います。
- flyter
- ベストアンサー率22% (31/138)
相手の求めているモノを与えることが優しさだ と言った人がいます。 その人は、 こちら(私とか)が相手の為を思ってした優しさは、ひとりよがりだ と言いました。 私にはよくわかりませんが、参考までに。 また、対人ではありませんが、 子犬のお座りやお手などのしつけにおいて、 「犬はそんなことをやりたがっていないのではないか?イケナイことをした時に叱れば良いのではないか?」 と言った人もいます。
お礼
>相手の求めているモノを与えることが優しさだ と言った人がいます。 その人は、 こちら(私とか)が相手の為を思ってした優しさは、ひとりよがりだ と言いました。 求めているものを与えるだけでは、ただ利用されるだけです。 甘えたい人を突き放す(子供は別ですよ)事も優しさです。でも相手は突き放せれる事を求めていることではありません。でも、間違っているということでもないと思います。。。そこが優しさの難しさですよね。 現にありがた迷惑という言葉もあります。なのでひとりよがりということも間違っていないのかも知れません。 ご回答ありがとうございます
私にとっての「優しい言動」とは「相手の為になると思ってする全ての事」だと思います。 仕事を憶えて欲しいから(それがその人の為になると思っているから)叱る 辛い事があった人を慰める、元気付ける 一緒にいると(相手が)辛くなるから突き放す 泣いてる人を笑わせる とか、幅広く当てはめる事ができます。
お礼
>相手の為になると思ってする全ての事 優しさの原点ですよね。とっても大切なことだと僕も思います。 >泣いてる人を笑わせる この逆みたいな感じで 泣いている人の気が済むまで近くで泣かせてあげるのも優しさですよね。 ご回答ありがとうございます
- hasire750
- ベストアンサー率14% (153/1066)
>「あなたにとって"優しさ"とはなんなのでしょうか?」 最期まで看取ることです。
お礼
看取る? 頑張るって書きたかったんでしょうか? ご回答ありがとうございます
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お礼
ごめんなさい。 看取るですか。 大切な言葉ですね。確かに現代の人にはかけている言葉なのかもしれません。もちろん考えつけなかった僕もかけているのかもしれませんね。 ご回答ありがとうございます