- ベストアンサー
「東京三菱」がなぜ「三菱東京」UFJに?
「東京三菱」銀行が誕生したとき、どうして名称がこの順になったのでしょうか? また、最近の合併で、なぜ「三菱東京」UFJ銀行の順に変わったのでしょうか? 東京三菱銀行については、私の個人的な考えでは「東京の三菱銀行」といった感じに、「東京」を接頭辞的なものにしてしまおうという、三菱側の作戦だったのではと思います。実際、私が物心ついたころにはすでに東京三菱銀行になっていたのですが、私は割と最近まで東京銀行があったことを知りませんした。
- みんなの回答 (5)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
東京三菱銀行になったのは、事実上三菱銀行による東京銀行の吸収合併だったからです。吸収された会社の社名が先になると言う、しきたりのような物があるためです。 スクウェアエニックス タカラトミー セガサミー など、吸収された会社の名前が先になるのです。 この合併で存続会社は三菱銀行となっています。合併比率も三菱1に対して、東京銀行0.8でした。 その後東京三菱銀行と三菱信託銀行と合併し、持ち株会社が誕生しました。その名前は三菱東京フィナンシャルグループです。 三菱が先になっています。(銀行名はそのまま)その後UFJ銀行と合併して、三菱UFJフィナンシャルグループとなり、東京の名前が消えてしまいました。 銀行名も三菱東京UFJと、入れ替わってしまいました。 東京の文字が後ろへ行き、やがて消えていくようです。そのうちにUFJも消えるのではと言われています。やがて三菱銀行となるのでしょうか。
その他の回答 (4)
No.4の方の回答のとおりかと。 単純に、強い方が弱いほうに形だけ配慮するという慣行です。別に「東京の」とかいう意図はありませんよ。そもそも三菱財閥は東京が地盤で、もちろん東京でも全国でも超有名ですから、必要がありません。「東京の」と付いていればブランド力がある・・・なんてこともないでしょうね。 ちなみに多くの場合、飲み込んだ側のトップが合併会社のトップに就任し、実権はしっかり握ります。それが、「もういいだろう」ということで三菱が頭に来たのでしょうね。 「三井住友」も住友銀行とさくら銀行の合併行ですが、さくら銀行の旧称は「太陽神戸三井銀行」でした。いずれも地銀だった太陽銀行と神戸銀行を三井銀行が飲み込んでいるのですが、一番後に来てますね。 ただ、この法則が当てはまらないのが今の「三菱東京UFJ」です。東京三菱がUFJを飲み込んだはずなんですが・・・。みずほや旧UFJ、りそな等は完全に新行名を付けましたし、慣行も崩れてきているんでしょうか。
- ojisan-man
- ベストアンサー率35% (823/2336)
No.2です。 ちなみに当時の「都市銀行」は13行ありました。 第一勧銀、富士、三菱、住友、三井、三和、東海、大和、協和、埼玉、太陽神戸、北海道拓殖、東京の13行です。 今は、第一勧銀+富士+興銀=みずほグループ、三菱+東京+三和+東海=三菱東京UFJ、住友+三井+太陽神戸=三井住友、大和+埼玉+協和=りそなグループ、北拓→経営破たん。 ご参考まで。
- ojisan-man
- ベストアンサー率35% (823/2336)
そうではありません。 三菱銀行と東京銀行が合併したから「東京三菱銀行」になりました。 当時、外為銀行であった「東京銀行」は、「三国一の花嫁」として都銀各行からラブコールを送られていました。 それを三菱銀行が見事射止めて合併したわけですが、誰が見ても三菱が飲み込んだと考えましたが、三菱は東京銀行に配慮して名称は「三菱」より先に「東京」を持ってきたというのが、当時の定説でした。 ちなみに英文名では「三菱」が先にきていましたが。 その後UFJ銀行(これは三和銀行と東海銀行が合併して出来た銀行)と再合併した際に、「当然のごとく」三菱を一番前に持ってきたものと思います。
はじめまして、よろしくお願い致します。 多分、合併会社同士での株の比率で多い方が先の文字になったのだと思われます。三菱財閥の名を残したい(知名度を上げたいなど) ちなみに、三和銀行も合併した銀行です。 ご参考まで。