脳死での臓器移植はかなり議論がなされていますね。
この件に関しては医学的な問題だけでなく、倫理的・宗教的問題も絡んできますから、結論を見つけることは困難を極めることになるでしょう。
私はどちらかといえば反対ですが、実施されるようになることを望みます。
あなたと言うとおり、日本で出来ないからアメリカに行けというのはおかしいです。
私も数年前は「脳死移植はなんてすばらしいんだ!」なんて思っていました。
しかし、実態は違うようでした。
臓器移植は脳死になってから初めて議論されるべき性質の問題ですよね。
つまり、回復の可能性が少しでもある限り救命治療を施される筈なんです。
ところが、臓器提供意思表示カードを持っていると、それが打ち切られて臓器を取り出すことに取り掛かるようなんです。
要するに、臓器移植をするために脳死となるとでも言うんでしょうか…。
話が良くわからなくなりましたが、今の制度には欠陥があると思います。
欠陥があるからグレーな部分が出てくるんですね。
でも本当に自分が回復の見込みがなくなってあとは死ぬのを待つだけになったら、臓器提供をしてから死んだほうがマシだと思います。
自分が死ぬことに変わりはなく、もしかすれば自分の犠牲(?)で助かる可能性のある人が出てくるわけですから。
子供の臓器移植に関しては、子供は完全な判断が出来ないため、問題点も多いと思います。
子供とは小学生以下をさすと仮定して書きますが、小学校高学年ともなればある程度の判断を出来る人も出てくるかもしれませんが、それ以下の人には無理だと思います。
だって、9歳の人に心臓は提供して肝臓は提供しないとか判断できるんでしょうか?できませんよね。
これは子供が商売に利用されることを示唆しています。
簡単に言えば親が子供の臓器を売りさばいてしまうのです。
昔ならあり得ないことかも知れませんが、親が平気で子供を殺す今なら十分にありえます。
これらのことから私は反対です。
ただ、これを書いている間にも苦しんでいる子供がいることを考えると胸が痛みます。
何かいい方法は無いのでしょうか…。
なんだかよくわからない文章になってすみません。
少しでも私の意図が伝われば幸いです。