#4です。
>蛸薬師の由来には驚きました!猫に助けられたから猫神社、捕鯨で栄えたから鯨神社、という類のものではなく、ましてや、高野山にあるシロアリ供養塔などとは全く違うわけですね。感動で胸が熱くなりました。生涯忘れられない逸話になりそうです。
それほど喜んで頂けるとはこちらこそ感激です。
当初「詳しい方」というタイトルに暫し躊躇致しましたが、その逸話をお伝え出来ただけでも出てきた甲斐があったというものです。
まあ抹香臭いと言えば多少そんな気もしますが、坊さんであっても情に悩まされた挙句、そのような仏教本来の道からは外れた行いであっても肯定されるという日本らしいこのお話は、いつの世でも日本人の心に響くものであるかと思います。
質問者さんは「♪丸竹夷二押御池~、姉三六角蛸錦~」という京都の手鞠歌(童歌といったほうが良いでしょうか)をご存知でしょうか。
これは街を東西に貫く通りの数え歌になっていて「丸太町通り」「竹屋町通り」「夷川通り」「二条通り」「押小路通り」「御池通り」・・というように北から順番に名前が織り込まれているものです。
今はどうかわかりませんが、昔はこれで京都の人は通りの名を覚えたとか。
この歌に出てくる十番目の通りが「蛸薬師通り」でその名が示すように件の蛸薬師のある通りなのです。
つまり京都ではお寺そのものがどうであるかは別として名前としては良く知られたところでもあるということですね。
無論他県の人々にまで広く知られているというほどではないかもしれませんが(私は単に興味があって知っているだけです)。
それにしても質問者さんは家紋や神紋にお詳しいですね。
神紋に鯛や鰈があるなどとは大変勉強になりました。
家紋で魚をモチーフにしたものと言えば「鯉紋」というものがあるのですが、残念ながら「鯉」という文字を象った文字紋なのです。
しかも純粋に鯉というよりは「滝に昇って龍になる」ということを前提とした瑞祥紋ときています。
「鱗紋」は魚ではなく龍などの鱗ですし「網紋」も観音様を引き上げた故事からのものと、本当に不思議と魚関連の家紋は希少です。
「蟹」や「サザエ」にしても外殻の堅固さからの尚武紋、「蛤」は夫婦和合を願ってのもの・・そんな訳で「蛸紋」は本当に貴重な発見でしたが、やはり同様に神仏絡みの神紋であればそのようなものもあることを知ることが出来たのはまたとない収穫でした。
家紋が今静かなブームとは存じませんでしたが、家紋占い(?)面白そうですね。
意外と知らないような家紋に出会えたりするかもしれません。
「二週間過ぎました」という管理サイドからのメールですが、あれは「締め切るのを忘れていませんか」という確認の為のものなので意図的にあけておく場合は構わないのですよ。
その後二週間ごとにきますが「締め切って下さい」という勧告ではないので気にされる必要はありません。
「パソコン争奪戦」とは中々大変そうですね。
どのように勝敗が決定されるのか少し興味がありますが、ご家族の方に負けないように頑張って下さい・・と応援して良いのかな?(笑)
何か新しい情報もないのについまた出てきてしまってすみません。
補足
#4さんっ!またまた返事が送れ申し訳ありません m(_ _)m×10000 パソコンの知識が乏しいくせに「不要ファイル削除ツール」なるものを使ったらパソコンがた、た、た、た、た、た、た(止めてくださいっ!)たいへんなことにぃーーっ! リカバリツール内蔵型のタイプで、修復のためのファイルも使えなくなってしまったのでお手上げ状態。なんとか昏睡状態から意識が戻った、というところで、多くのプログラムがまだ使えないままですが、やっと返事ができるようにまでなりました。 情報を頂きながら本当にすみません。 で、家紋の話ですが…おおっ!「鱗紋」は龍の鱗なのですか!空想上の動物があたかも実在したかのような素晴らしい由来ですね! 多くの種類のある「亀甲紋」も、もしかしたら亀に限ったものばかりでなく、河童の甲羅をデザインしたものがあるかもしれま…なハズないですね(^_^;) おおおおっ!「網紋」は観音様を引き上げた故事によるものっ!そうなのですか!ホントに縁起のいい、ありがたい意味があるのですね。 家紋ではないのですが、加賀藩前田家に干し網模様の陣羽織があるのですが、それを思い出しました。三角形の干し網の数で本支を区別したそうですが、陣羽織の干し網は五本。目の覚めるような見事な美しさなのですが、ずっと「何で殿様が干し網模様なんだ」と疑問に思っていました。ちょっとわかったような気がします(^_^)v 抹香臭い逸話はむしろ好きな方ですのでどんどんかまして…いや、聞かせてください。 抹香臭い、といえば、写真家アラーキーの「経惟」という名前、経帷子を思わせるイメージがありましたが、命名したのは家の向かいにあったお寺、「生まれては苦界、死しては浄閑寺」の「投げ込み寺」で知られる浄閑寺のご住職だそうです。 「経」は「お経=ブッダ」、「惟」は「唯」と同義で「こればかり」という意味、つまり「常に経(ブッダ)を惟(おも)う」「お経のみ!」という思いから名づけられたそうです。 以前は「荒木…下の名前はどんな字だったかな」と記憶が曖昧だったのですが、この話を知ってからは「経惟」とすぐにわかるようになったのですぅーーーっ!(わからなくてもいいことですが…(-_-;) 家紋と全然関係なくてすみません。 京都の通りを覚える歌はおもしろいですね!ご丁寧にありがとうございます。 興味が湧いて早速調べていたら、ご存知なのかもしれませんが 坊さん頭は丸太町/つるっとすべって竹屋町/水の流れは夷川/二条で買うた生薬(きぐすり)を/ただでやるのは押(惜し)小路/御池で出逢うた姉三(あねさん)に/六銭もろうて蛸買うて/錦で落として四(し)かられて/綾(あや)まったけど/仏々(ぶつぶつ)と/高(たか)がしれてる松(ま)どしたろ *「まどす」…弁償する というのもありました<`▽´>。 それにしても蛸薬師を信仰し蛸を家紋にしているお宅では、蛸薬師の由来が語りつがれていくのだと思うととても感じ入るところがあります。 >新しい情報もないのについまた出てきてしまってすみません つい出てくるのは大歓迎です! こちらの方こそ蛸家紋、蜥蜴家紋の新情報どころか、ダラダラとどうでもいい長文で時間を使わせてしまい申し訳なく思っています。 まだまだあつかましくお願いしますが、また何かありましたらナノ級の微情報でもいいのでよろしくお願いします。