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イスラムの人たちの悩みのとき
イスラム圏のイスラム教の人たちは、不幸や結果が思わしくないとき、難病だと分かったとき、不慮の死が家族にあった場合など、”どうしてこんなについていないんだ”、”なぜ私はいつもこういうことが起きてしまうんだろう”、”どうしてこんな結果なんだろう、神様はなにがいいたいんだろう”というような悩みはもつのでしょうか。 もし持つとすれば、そのときにどうしているのでしょうか? どんなときも「神がそう決めたのだから」と割り切ってしまえるのでしょうか。
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同じイスラム教でも信仰心の薄い人も居ます。 ですがどんな人も神の存在は信じているようです。 不幸があった時は割り切りはしませんが、神に祈ることでそこから回避できるように、と願うことも多いようです。 常に神が見守っていると思っているので、どんなに怠けてても神が付いていると信じて成長しないのです。 イスラム国に先進国がないのもそれが大きいと私は考えます。
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#1回答者です。 うーん、占いですか、、聞いたことはないですね。 占いに頼るくらいならコーラン(イスラムの聖書)を読みふけると思いますヨ。 夫の帰りが遅い、、とかは日本が特有、とまでは言わないけど大抵の国は仕事より家族ですしね。 イスラムは基本的にお酒飲まないし、仕事の付き合いで飲みに行く、ということもないですね。 でもイスラムでもお酒飲む人も居れば、浮気をして離婚する、もしくは第2夫人を持つ人もいます。 >「サボったことも神がそうさせているので神をうらむな」、 サボったこと自体は全く悪気もなく平然としてますね。 言うなら「サボっても神は自分を見放さない」くらいに考えてると思います。
補足
続いてのご回答ありがとうございます。 日本にいる日本人のように、何かしらに悩んで、カウンセラーに相談したい、誰かに相談したい、しかし相談しても解決できずに、ストレスがたまる、ということは、あんまりなさそうですね。 アメリカではすぐにセラピストやカウンセラーのところに通いますよね。 イスラムの人たちは、コーランで解決してしまう…。 もっともコーランは実社会での生き方が詳しく書かれているのですものね。 顔を見ていても(写真やテレビでしかありませんが)、申告に悩んでいるくらい顔ってあんまり見かけませんよね。 (民間人が無差別に殺されたのではない限り) アフリカなどでもそんなイメージですが、日本人だったら暗~~くなってうつ病になりそうなことでも、表情は明るいですよね。 日本人もイスラムの人たちのそういう面は見習いたいものです。 やっぱり、一言でいえば、「コーラン」。なんでしょうね。
お礼
なるほど。ありがとうございます。 たしかにイスラム、遊牧民などの書籍を読むと、おっしゃるとおりのようですね。 日本人、欧米人は、なにかあったとき、友人やカウンセラーに相談したり、或いは占いのようなものに頼りがちですが、 イスラム教の人たちは、占いはあるようですが、この日本人や欧米人のように人に相談したり、お金を出してまで占いや透視で見てもらいたい!というようなことはないのでしょうか。 たとえば家族、も、日本とイスラムではまったく違うようですが、イスラムの人でもなかなか帰ってこないなにしているんだろう、というようなこともあるらしいですが、基本的に日本の夫婦の契約と違うようですし、外食はサウジアラビアでは見下げているので必ず家で食事をするし、ということを考えますと、日本のように夫がなかなか帰ってこない、外でもいろいろな遊びをしている、だから話し相手がいない、というようなことがまず、あまりないですよね。 日本ではこのような悩みもとても多いですよね。 イスラムのほうでは、こういう悩み自体そのものが存在しない(或いは少ない)、ということも、「サボったことも神がそうさせているので神をうらむな」、という程度(?)ですんでしまうのでしょうか。