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40歳以上のかたへ、大学入試の人生への影響

40歳以上の方にお聞きします 今から振り返って見て、大学入試の結果はどの程度 人生に影響があったと思われますか 例えば、第一志望を落ちて、第二志望の大学を卒業された かた、もし第一志望の大学に入っていたら今より幸せに なっていたと思われますか 逆のケース、第一志望の大学を卒業された方、第二志望の大学を 卒業していたら今より不幸になっていたと思われますか たらればの仮定の話なので答えにくいとは思いますが 感じられることを書いて頂いたら幸いです 私の息子が受験生です、その様子を見ていて、どこの大学に 行ってもそんなに人生が変わるとは思えなくなってきました 私自身も実際に卒業した大学以外の大学をでていても、 同じような人生を歩んだような気がしています

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  • otsubo-t
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回答No.1

47歳男、大学関係者です。 日本で第一志望の者が多数を占める大学は東大・京大・早慶などごくわずかです。ほとんどの大学は第一志望の大学を落ちた者たちが多数派を占めています。そうした入学者の中で、「自分はここにいるはずじゃなかった」とコンプレックスを持ちながら入学してくる者がいるのは事実。しかしそうした学生たちも学生生活の中でそれぞれに価値を見出していくわけです。 しかし稀に自身のコンプレックスや入学した大学に対する嫌悪感をぬぐえないまま学生生活を送っている者もいます。本当に不幸なのはそうした学生でしょう。 その分かれ目はどこからくるのでしょうか?不平学生と接してみて感じられることは、 1.大学が自分に何か与えてくれるという期待感、あるいはサービスを提供してもらって当然という消費者感覚が強い。 2.既存の部活やサークルに飛び込めず、クラスなど非常に狭い人間関係しか持っていない。 3.1年次の最初の授業が「自分には易しすぎる、レベルが低い」と思っている。 などの傾向があるように思います。 また必ずしも第一志望入学者が満足しているかというとそうでもなく、1.にあるように期待感が大きいほど落胆も大きい場合があるようです。一生懸命勉強して理想の大学に入学したのに入ってみたら周りの学生は高校のときの友人と同じレベルで、これでは自分が成長できない!という学生の言葉を聞いてびっくりしたことがあります。 大学という新しいステージで自分から勉強や課外活動を楽しめるか、交友を広げて次々に友人を作っていけるか、そうした積極性・能動性が人生にとって一番重要なのであって、第一志望の大学か第二志望の大学かはたいした問題じゃないことはお父さんも気づいておられると思います。 あっち行ってたらどうなっただろう?なんて考えるのは楽しいですけど無意味ですよね。第一志望に合格してたら今のカミさんとは出逢ってなかった・・・俺は今より幸せになれたのかそれとも・・・???

gtrojh
質問者

お礼

回答有難うございます 最後の部分はご謙遜でしょう

その他の回答 (2)

  • Dr_Hyper
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回答No.3

息子さんが、40歳ぐらいになったときに 「ああ、高校生にもどったら、おれもっと勉強してあの大学にいったら・・・・」「ああタイムマシンがあって・・・・」 と思うようなことだけが無ければ良いんじゃないでしょうか。 具体的には前の2名のお答えに同じです。自分の能力や、運命を真正面に受け止められる気持ちをもって、自分はそのとき出来るベストを尽くした。もうこれ以上うまくいくことなんて無いんじゃないか。なんて思えて暮らしている方が、どんな人生を歩んでも一番豊かな暮らしかなと思います。 えらそうなことを申し上げているかもしれなくて、大変恐縮ですが、あえてつづけますと、自分も、 「こんなはずではなかった」「もうちょっとできたんではないか」 「いまから、おれは落ちぶれていくんじゃないか」など もちろん、思いますけど。でも、「ああ、あのとき挫折したのはいみがあったな」「あの悲しさは今のおれをつくってるな」と思ってくれる大人に私の息子にはなって欲しいなあと思っています。  ちなみに私は第3志望以下の大学に入学し、それでもなぜか幼稚園からの夢だった職業に就くことができました。その間には偶然か必然かいろんな場面で転機があり、今の自分がいます。 だれでもそうだと思うのですが、たとえばこれを武勇伝ととって私の話し方次第では、なんて幸運なひとでしょう!!といわれるだろうし、なんて貪欲なひとだと言われることも、なんて計算ずくなんだろうとも思われると思います。 自分でもすべて正解で、すべてが運命的で、幸運で必然に思えてしまいます。その間には、大切なひとを失ったり、大きな挫折や大失敗もあったんですが、今思うとその経験をしなかった自分はあり得ないなと思いますし、あなたもご自身の経験を考えれば思いませんか?そう思うと自分の両親はそんな経験をしながら進んでいく私をだまって見ていてくれたなと思うと、親の偉大さを感じ、自分のちっぽけさを感じます。 「私の息子が受験生です、その様子を見ていて、どこの大学に 行ってもそんなに人生が変わるとは思えなくなってきました 私自身も実際に卒業した大学以外の大学をでていても、 同じような人生を歩んだような気がしています」 そうやってどっしり構えられているご両親をお持ちの息子さんはきっと大丈夫と思いますよ。 勝手なことばかりかきまして申し訳ございませんでした。

gtrojh
質問者

お礼

回答有難うございます やはり大切なのは、その後ですよね

noname#160718
noname#160718
回答No.2

 42歳の獣医師です。  まあ私の場合は獣医学科がある大学が少ないので(全国で国公立11校、私立5校)、第一志望も第二もない状況でした。現に共通一次時代で国立は1校しか受験できませんでしたし、事実1校しか受けていません。それを落ちたら浪人決定、というシンプルな状況でした。  志望校を決める時も、私立は学費が高いので無理、国公立の中で場所(どうせ通える所にはないのですが)やその他の条件を考慮すると、ここしかないという感じで高2の秋には既に決まってましたね。  なので大学を第一志望とか第二志望とかで考えたことがないので、あまり参考にはならないパターンかと思います。  ですが、とりあえず確実に言えるのは、No.1さんと同じく「他の大学に行っていたら今のカミさんとは出会っていない」ということですね。  でも、同じ獣医科の大学でも、違う大学に行っていたら今ここでこの仕事はしていなかったでしょうね。違う土地で違う人と結婚して違う仕事をしていると思います。  ま、そういう意味では人生激変してますよ。まして獣医科でない大学に入った場合の人生なんて、今からでは想像もできません。  ただやはり言えるのは、「今のこの人生がベストとは限らない」ということです。  まあっちり楽しんで生きてますし、今のこの人生に不満があるわけではないのですが、ひょっとしたらもっと素敵な人生が他にあったかも、という可能性はもちろんありますよね。  結局人生は、どの大学に入ったのかとか、どの企業に入ったのか、ではなく、どんな人と出会ってきたか、に一番大きく左右されていくものだと思います。  なのでこれは人生塞翁が馬、なので第一志望に入ろうが第二志望に回ろうが、そこで左右はされないとは思いますね。  ただ、出会った人から良い影響を受けるには、自分が他人に良い影響を与える人にならなくちゃならないし、努力しない人に良い人生は送れないとは思います。

gtrojh
質問者

お礼

回答有難うございます 言われること、もっともだと思います

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