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楽器に心がこもるというのはどういうことですか
自分はギターの音色が好きでに永い間弦に触っていましたが、ついにうまく弾けないで現在に至っています。しかし最近出ている音のひどさとは別に心が弦に伝わっているように思えるのですが、これは錯覚でしょうか。
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私は、その手の感覚は、物理的には「すべて錯覚」だと思っています。 でも、(私はベースですが)自分が演奏していてそういう感覚になることは、事実として何回もあります。 なぜ「錯覚」と考えるかというと、録音や映像で自分(及びバンド仲間)の演奏をあとからつぶさに聞くと、自分がそういう「心の入った」状態になったからといって、必ず良い演奏ができているわけではないからです。これは、私だけでなくバンドメンバーも同じですし、長いアマチュアバンド生活で知己になった他の演奏者でも、我々と同じ意見の人は多いですね。 とはいうものの、この「錯覚」も、まんざら捨てたもんじゃありません。 こういう「心の入った」状態というのは、とりもなおさず「演奏に真剣に集中できている」証拠だからです。やはり、邪念?が入っていますと、絶対に集中はできてません。 しかしながら、「心が入った」集中状態になったからといって、出てくる音が、演奏が良いかというと、そのこと自体は全く関係なさそうです。 実際、アマチュアでは、自分が練習でできる演奏の7割くらいをライブで再現できれば、それでもう大した物です。普通は5割も実力出ません。 しかしながら、真に集中して「心が入った」状態にならなければ、5割を越すことすら難しいですし、集中が深くなればなるほど再現力もアップし、練習の100%を出し切ることも夢ではありません。 その意味では、いついかなる時も「心の入った」=「高い集中力を維持した」演奏を心がけることは、非常に大切だと信じますし、その意味で「心を込めて演奏しなくちゃ」と思うこともたいへん有効ですね。 ただ、それでも「本人の実力以上の演奏」は、どれだけ「心や魂を込めて」も不可能です。やはり、日々の地道な訓練が無いと、良い演奏はできません。 個人的な経験では、それまでどうしても弾けないフレーズがあり、解決できないままライブに臨んだところ、本番で見事に弾き切れて自分でもびっくり…ということはありました。その時は自分でも普段見せたことのない集中が保てたと思いますし、自分としても「1音1音つぶさに心を込めた」演奏ができていたと思います。 しかし、その実態は、演奏技術としてはそれまでの反復練習で、とっくに弾ける状態になっていたが、何か心の中でタイミング等の微妙な勘違いがあった。それが、極度の集中でようやく感覚の整合が取れて、無事に弾き切れたということだったと思います。要は、まだ練習での集中力が不足だったのです。 ということで、「心を込めれば、心のこもった音が出せる」というのは、完全に錯覚だと言い切れますが、「心を込めないと、出せない音がある」という言い方なら、ある面真実だと言えるなぁ…と思いますね。
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- myeyesonly
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こんにちは。 どの楽器でもそうですが、同じ人がずっと弾いてると必ずその人の癖がつきます。 その結果、その人特有の響きが出来るわけで、人の方も楽器の癖が身についてきますから、楽器の微妙な変化も手に取るように判るようになります。 湿度や温度、あるいは衝撃や振動が加わった後など、結構微妙に変化しますので、そういうのが感じられるのではないでしょうか。 また、愛用の楽器を人に貸したりすると、その人の癖がついてしまい、戻ってきたとき、すごく変な感じになったり、音が出にくくなったりします。 これを楽器が浮気する、などと言う人もいます。
お礼
早速の御教示ありがとうございました。すべてなるほどと納得いたす内容でした。特に良し悪しは別として癖というものも大切なものであると思いました。
お礼
私はアマチュア以前の段階ですが、心がけとしても大変ためになるお話でした。良いお話をどうもありがとうございました。