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夢破れた後の人生について
こんにちは 人はみんな、それぞれいろんな夢を持っていると思います。 しかし、それを叶えることが出来る人も居れば叶えることが出来ない人も居ます。 そこで皆さんにお聞きしたいのですが、夢破れた後の人生って価値があるものなんでしょうか?その後は制限された中での最大限の楽しみを見つけるしかないと思うんです。そんなの嫌じゃないですか? 例えば、ある高校球児がいたとします。 彼は高3の夏に地区大会の決勝で敗れ、甲子園に出場することができませんでした。彼は、プロのスカウトたちも目を見張るほどすごい選手です。しかし、彼の高校最後の夏の甲子園出場という夢は叶わぬものとなってしまいました。 彼がこの先、プロになって日本一の選手になり、メジャーにいって最終的に世界一の選手になったとしても、彼の甲子園出場という夢が叶うわけはないんです。それなのに、その球児はいい人生を送ったといえるのでしょうか?疑問です。 私自身、1浪で、京都大学を目指していますが、手が届くかどうかはわかりません。(確率的にはおそらく手が届かないでしょう。) さすがに2浪は出来ないので、京大に落ちた場合は後期で受かった大学か、滑り止めの私立に行くでしょう。でもその時点で私の目標、京大合格は潰えます。だったらその先の人生で、目標が潰えたことを打ち消すほどのいいことがあるのか?と思います。経験者の方、ご意見をお願いします。
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別の方法でその夢に近づく方法を自分の能力を勘案しながらじっくり構える事です。 私の場合夢と言うより仕事のモチベーションでしたが、「女の癖に生意気だ」と言われ海外営業で係長職以上だと専務に称され最高役員の秘書からの引抜を受けた位でしたが、暇で出来の悪い国内担当の年上男性の幼稚な嫌がらせに負けて精神病院に2回入りました。正直面白く無いですし、後から入ってきた派遣から正社員に切り替わった私の後任が発行した社内文書を見て唖然としました。これでは多分部長も面白く無いだろうなと思われる内容でしたが、決して私は会社内では言いません。これが夢を現実にする一歩です。 私の叔父は哲学科志望なのに京大6浪、結局神戸大に行きましたが、阪大出で大きな呉服問屋の娘と幸せな結婚生活を送り、大学で教鞭を取っていましたよ。急逝したのが残念でなりません。 私は京都外大に的を絞って勉強していた為世界史を早々に捨ててしまって受験できる四年制がかなり制限されてしまいました。その分海外営業部で自費で色々な資格を取る羽目になりましたが、もっと勉強しておけば良かったなと痛感しました。でもこれからが巻き返しですし、年齢を重ねる毎に悩んでいる時間が惜しいのです。特に昨夏1ヵ月半精神病院にいて「男に生まれたら良かったのに」とバカな管理職に言われた事を思い出しながら泣いていた日々とお金が惜しいです。 「京大に受かる」事では無く、「社会に出てから何を成し遂げる」を見つめて下さい。 私は必ず海外営業の世界に戻ります。ご質問者様のご検討をお祈り致します。
- actofgod
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1つの夢が叶わず、別の方向に行ったとしたら 行った先でまた夢が見つかると思っています。 若いときや初めての挫折の場合、ショックも大きいと思いますが 経験を重ねていけば頭の切り替えも早くなります。 夢が叶わず、その敗因を考え、反省し、次に活かそうと思うまでの学習期間も必要です。 が、それが長すぎると人生もったいないと考えます。 夢は1つしか無いなんて、視野が狭いと思います。 それが叶わなかったことで、見えてくる世界もある。 視野が広がったわけですよ。 振り返ったときに、あの時あの夢が叶わなくてよかった、ってことだって 実際あるんです。 夢が1つ破れたら、また次の夢探し、それが人生だと思います。
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