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名勝負を教えてください!!

野球、格闘技、ギャンブル、将棋etc… あなたが思う名勝負を教えてください!

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noname#33272
noname#33272
回答No.2

高校野球 ○昭和54年夏の甲子園 箕島ー星陵戦 延長18回の裏に箕島がサヨナラ勝ちをしましたが、延長に入り星陵が1点と取ると箕島が1点をとるという、本当に両者互角のすばらしい戦いでした。一度箕島の選手が打ったファーストファールフライを捕ればゲームセットという場面がありましたが、たまたまブルペンの段差があり、ファーストが転んで捕球できないという場面もありました。最後まで、どう転ぶかわからない手に汗握る試合でした。当時私は中学生くらいで、たまたま夏休みで遊びに来ていたいとこの子と見ていましたが、延長になってからはずっとテレビに釘づけで、その動向に一喜一憂していたのを覚えています。 ○平成10年夏の甲子園 横浜ーPL学園(準々決勝),横浜ー明徳(準決勝) 松坂がエースだった大会ですが、対PL戦は先述の箕島ー星陵を彷彿させる延長17回の死闘。そして、準決勝の対明徳戦は、連投の松坂が先発を回避し、8回表で0-6の展開から、底力をみせ、横浜が9回サヨナラ勝ちした名勝負です。松坂は決勝も京都成章を相手にノーヒットノーランを達成しましたが、このときの横浜は松坂中心に底力のある強いチームでしたし、準々決勝以降はすべて球史に残る名勝負といっていいと思います。 http://www.fanxfan.jp/bb/encho.html プロ野球 ○1988年10月19日 ロッテー近鉄 パ・リーグの優勝を決する試合。ダブルヘッダー第一試合は近鉄が勝ち、第2試合も勝つと近鉄の優勝という試合だったと思うが、4-3で近鉄がリードした終盤に阿波野投手がロッテ高沢選手にホームランを打たれ同点。結局4-4のまま延長に入るも、時間制限があったため10回で終了。延長に入り、ロッテ有藤監督が審判の判定にクレームをつけ結果的に時間を引き伸ばしてしまったことには多くの批判が浴びせられた。この年は西武の連覇を止めることはできなかったが、翌年は西武との最後の直接対決でブライアントがダブルヘッダー2試合にわたり、エース渡辺久などから4打席連続ホームランを放つなどして優勝を飾り、前年の無念を晴らす。 ○2006年パ・プレーオフ2nd stage 第2戦 福岡ソフトバンクー北海道日本ハム この試合に負ければ、リーグ優勝を逸するソフトバンクはエース斉藤が登板。ハムの先発八木も力投し、9回表まで0-0の息詰まる展開。しかし、9回裏、先頭の森本が四球で出塁。相性の悪い小笠原は敬遠し、セギノールを三振にとるなどして、2死1,2塁で稲葉と対戦。しかし、ここまで完璧なピッティングをしていた斉藤だが、稲葉に投じたフォークが少し甘く入り、センター方向へゴロが転がる。セカンド中澤が必死に捕球するも2塁へのトスが流れてセーフ、そういう状況を知らず、必死に走った森本がホームへ生還して日本ハムが優勝を決めた。ホークスファンとしては、1年間チームを引っ張ってきた斉藤が最後にマウンドで力尽き、うなだれてしまったのが、何とも印象的だったし、全力で奮闘してきたこの1年の活躍を心の底からたたえたかった。

soresore7
質問者

お礼

回答いただきありがとうございます!! 参考になりました

その他の回答 (2)

noname#33272
noname#33272
回答No.3

スコア補足 ○昭和54年夏の甲子園 箕島ー星陵戦 4-3で簑島の勝利。この試合は3回戦くらいだったと思うが、結局この年は箕島が春夏連覇を達成。 ○平成10年夏の甲子園 横浜ーPL学園(準々決勝),横浜ー明徳(準決勝) 横浜ーPL学園は9-7 横浜ー明徳は7-6 横浜ー京都成章は3-0 ○1988年10月19日 ロッテー近鉄 第1試合のスコアは不明だが近鉄の勝利。第2試合は4-4の引分 ○2006年パ・プレーオフ2nd stage 第2戦 福岡ソフトバンクー北海道日本ハム 1-0で日本ハムの勝利

soresore7
質問者

お礼

回答いただきありがとうございます!!

  • mat983
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回答No.1

真っ先に猪木対アリ戦を挙げます。 猪木のスパーリングを見て、急遽ルールが変わるなど紆余曲折がありましたが、日本中が興奮した1戦です。 後にキンシャサの奇跡などボクシング史上最高峰のアリと戦うことなど、今も考えられない大一番でした。 もちろんアリがボクシング以外の試合に出場したのがこの1戦のみ。 試合は一触即発の不気味な展開でした。 格闘技世界一決定戦・1R3分15回戦 アントニオ猪木 VS モハメッド・アリ 1976(昭和51)年6月26日・日本武道館・観衆14,000人~ http://taiga.hp.infoseek.co.jp/toukon2.html

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