裁判における判断の問題や、訴訟の起こしにくさなどいろいろ問題はありますが、例えば米国との比較で言えば「法曹人口の問題」が挙げられます。
米国がいいというのではなく、両極端ですので比較対象にしやすいという意味です。
米国の場合は、基本的にはいわゆる司法試験で「一定点数を取った人」は合格します。逆に、日本では少し前まで毎年700人、いまは法科大学院ができたため、最大で3000人/年 まで拡大される予定になっています。
日本は「人数」で決めているため、弁護士になれる人(あるいは国内の弁護士数)を法務省が定めてしまっているわけです。
結果として、米国の場合は弁護士が増えたため、「どこのロースクールを殿程度の成績で出たか」「弁護士資格以外の資格(会計士、弁理士、税理士など)を持っているか」「どの弁護士事務所で勤務経験があるか」「どういう訴訟を何件担当したか」「企業経営に関与した実績はあるか」など、極めて多くのことをこなさなければ「評価される弁護士」にはなれません。
そのため、所得水準の低い弁護士も多く、バイクで救急車を追っかけて行き、被害者に成功報酬でいいから訴訟をしないか?などと持ちかける弁護士などが存在し、訴訟社会になってしまったといわれています。(陪審制度が問題とも言われていますが。)
日本では弁護士になれる人数が決まっていますので、一旦なってしまえばそれほど食べるのに苦労しません。優秀な人はもちろんですが、優秀でなくとも弁護士でないとできない業務がたくさん存在するため、企業は弁護士を雇うか契約しないと業務が成立しないので、あぶれることはあまりありません。
裁判官も、日本では司法試験合格者から裁判官、検察官、弁護士のどれかを選択させるわけですが、米国判事は選挙を伴う選考になっているようです。
米国の例は各州の事例に精通しているわけではないのでご自身で確認いただければと思いますが、日米の法曹関係者の選出方法とその結果としての法曹人口の違いというのが、裁判の速度、結果などにも大きな影響を与えているといわれます。
お礼
仰る通り、法曹人口というのも大きな問題だと考えます。詳しく紹介して頂き、ありがとうございました。 現在、このレポートについて攻めあぐねているのは、「日本の司法制度」というかなり広範囲なテーマを扱うため、なるべく様々な問題点を紹介していけるようにやっていきたいのですが(その意味で広く浅くなってしまうのは仕方の無いことだと思っています)、ただ問題点を1つ1つ拾っていたら、それこそA4用紙20枚以内ではとても終わらないということです。 とにかく全てを拾ってるわけにはいかないので、様々な問題点の中でいくつか重要度の高いと思われる順にピックアップしていきたいと考えております。