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旧陸軍における日章旗の取り扱いについて
旧陸軍においては陸軍旗(旭日旗)が存在していたのは、承知しておりますが、当時、陸軍においては、国旗(日章旗)はどのような取り扱いがされていたのでしょうか。当時の日課時限を調べましても現在のような国旗掲揚、降下というのがありません。陸軍においては、国旗の掲揚降下は行われていなかったのでしょうか。もし、行われていたのであれば、掲揚降下の要領は、どのようなものだったのでしょうか。また、その要領は、どのような規則に定められていたのでしょうか。唐突な質問でありますが、ご回答のほどよろしくお願いします。
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- oriyang
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戦争には行ってないのですが当時軍において軍旗というものはとても重要なものだったようです。 軍旗は神聖視されていました。軍旗というのは士気と団結の象徴であり、さらに天皇から賜るという重みがありました。ですので失くしたりすることはとんでもない事でした。最前線で突入する時なども軍旗を持って突撃しました。しかしはっきり言って邪魔ですよね、それで戦闘において軍旗を見失ったりするとそれを探しにまた銃弾飛び交う中向かわねばなりませんでした。 軍旗は如何なる事があっても敵手に委ねてはならない、ともいわれます。そこでもう部隊が危なくなってきた時には軍旗を地中に埋めたりしています。また自決を決意した連隊長等は軍旗を焼いてから自決と言う道を選ぶというのが当時の慣習というか一般的だったようです。 当時の前線から司令部への報告において「その後の軍旗の存在に関し確証を握るあたわざるは真に恐くに耐えざる所にして責任の重大なるを痛感す」等とあります。当時軍旗がいかに重要だったかを感じる事が出来ます。 こういうところからも個人の命の軽視を感じます。 残念ながら国旗の掲揚降下等については存じ上げずすみません。