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感動したスポーツシーンを教えて下さい
【coyoteの質問 #125】 スポーツというのは、日常に刺激をもたらしてくれます。 皆さんの魂を揺さぶったスポーツのゲームやシーンを 教えて下さい。 いっぱいあるでしょうから、絞ってみて下さい。 ぼくは3つにします。沢山あるんですけどf(^^;)。 [ボクシング]……大場政夫 VS チャチャイ・チャオノイ 5度目の防衛戦で、1Rにチャチャイからの右ロングフックで、 大場はダウン。その時に右足首を捻挫してしまいましたが、 逆転でKO勝ち。 右手が伸びきっても、まだストレートを繰り出そうとする 大場に感動してしまいました。 30年も前の試合でしょうか(*^_^*)? [高校野球]……簑島 VS 星稜 20年ほど前の夏の甲子園。 延長18回に簑島がサヨナラで勝った試合ですが、 16回表に、星稜がタイムリーで1点を勝ち越したんですが、 その裏に、ファールフライを星陵の選手が転倒して落球。 命拾いをした打者が同点のホームランで 再度試合を振り出しにしたシーン。 ああ、甲子園(*^_^*)。 [大学野球]……K大学 VS M大学 一昨年です。 10年ぶりの、母校K大とW大優勝決定戦の前にあったM大とのゲーム。 3戦あった優勝決定戦では、1勝1敗でW大とタイの後、 決定戦最終試合でW大に勝って優勝しましたが、 優勝決定戦前のM大との試合では、 15季連続で勝ち点を落としていたにも関わらず、 延長15回で勝った試合は燃えました。 皆さんの心に残っているスポーツシーンは? 書き切れないので、みなさんのご回答を楽しみにしてます。
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プロ野球 近鉄の10.19も忘れられないのですが、スワローズ・ファンなので野村監督の初優勝の年にいくつか印象的なゲームがありました。 その1:甲子園での延長15回引き分け。 このときは9回の裏に確か八木か誰かがセンターに大飛球を打って、ラジオで聞いていたのですがアナウンサーが「ホームラン」といったのでそのままラジオを切ったのですが、数時間後にニュースで延長と知ってビックリ!これはラバーに当たって入ったと言うことでエンタイトルになって延長に入ったのでした。プロ野球ニュースが野球中継になったのを覚えています。最終回のランナー1,2塁でオマリーが打席に入るとバッテリーが勝負しようとしたところ野村監督が怒りながら出てきて満塁にしたことが印象的でした。 その2:同じく阪神戦のサヨナラ劇 これはもう記憶があやふやなのですが、阪神は仲田だったかな。3.4点差で負けていて、徐々に追いつくのですが、試合をテレビ朝日で中継していたのでニュースステーションに入ったらこちらも中継になりました。最後のサヨナラ打は背のちっこい荒井でした。彼はそのシーズンの巨人戦にバンドのサインを見逃して野村監督に頭を小突かれていました。そんな彼が最後に決めるなんて良く出来た話でした。 それから近年の高校野球では松坂のPL戦や決勝戦のノーヒット・ノーランもいいのですが、彼が先発しなかった準決勝の(明徳義塾だったかな)逆転劇も忘れられません。8回か9回に松坂が出てきてピッシャ!と押さえてサヨナラにつなげたのが印象的でした。その時は昼時で携帯ラジオで聞いていたのですが、最後の方は銀行のテレビに見入っていたっけ。 もしかして、サッカー、プロレスに続くかもしれません。
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- shino911
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何度もシツコクてすみません(^ ^;) >nozomi500さん 鷲羽山は現出羽の海親方だったんですね。私としたことが基本を外しておりました。 ありがとうございました。 小兵力士といえば、「藤の川」という、よくあれでお相撲さんになれたなあというくらい小柄な力士がいました。おぼろげな記憶ですが、清国が優勝した場所で、優勝決定戦の相手がこの藤の川だった時があったような…(←かなりいい加減な記憶) ハイマンについてちょっと調べましたところ、彼女は82年に発足したダイエー女子バレー部へ入部。86年1月13日、第19回日本リーグでダイエーは88連勝中の日立と対戦。その試合中に彼女はベンチで突然倒れ、そのまま帰らぬ人となったようです。 彼女の死因はマルファン症候群(多くは遺伝によるもので血管や骨格などに異常のでる結合組織の病気)による大動脈解離だったということです。 【身びいきネタ】 昔、現オリックスが「阪急ブレーブス」だった頃、山森雅文という外野手がいました。 彼は熊本工業出身で、2年生の時甲子園にレギュラーで出て、ベスト8まで進みました。 卒業後、ドラフト指名で阪急に入団。三年目くらいで一軍に上がり、試合にも出るようになりました。 で、今から20年近く前、相手チームは忘れましたが、彼がレフトを守っていた時、ホームラン制の打球が飛んで来ました。普通だったら完全にスタンド入りする打球でしたが、彼はなんと、フェンスの一番上までよじ登り、体を大きく伸ばして打球をダイレクトキャッチするという超ファインプレーをやってのけました。 彼のこのプレーはアメリカでも絶賛され、野球博物館(日本ではなくアメリカの、というところが凄い)で今もその写真が展示されているそうです。 私の中では、野球人としては川上哲治に次ぐ郷土の誇りです。
お礼
shino911さん、ありがとうございます。 [藤の川] 伊勢ノ海親方ですよねえ。高見山に勝った一番を覚えていますねえ。 細かい事は忘れたんですが。 [ハイマン] そうそう。試合中に運ばれて行きましたよねえ。 うーん、突然の事ですからねえ。 言葉もありません。 [山森雅文] おお、このプレー覚えてます。 あれはホームランでしたねえ。 相手もどこか忘れてしまいましたが、覚えてます。 阪急の福本も同じようなプレーをしてましたねえ。 阪急の伝統なんでしょうか?
- nozomi500
- ベストアンサー率15% (594/3954)
やっぱり出てきました。相撲ねた。 鷲羽山(現・出羽の海親方)-高見山(現・東関親方)戦で、つられた鷲羽山の体は完全に「土俵の外」にあったのに、下に降ろす時に、鷲羽山の足は土俵の中。一瞬気の抜けたところを回り込まれて、高見山はおしい星を落としました。 これ以後、北の湖が「すでに土俵を割っている相手を更に押す」のを非難する人は間違いだ、と思いました。 張りあい、といえば、「麒麟児-富士桜」ですね。お客さんもそれしか期待していないから、組みにいこうもんなら、ブーイングまちがいない。 「長谷川」ねえ、うまくいけば大関になれたかもしれなかったですね。 No.34で、アメリカのエースアタッカーは「ハイマン」。日本の実業団(ダイエーだったか?)で活躍中になくなったのでしたっけ? 女子バレーで、「江上」さん時代の私の好みは「森田」さんですね。 あと、ゴルフで、中島常幸が、全英オープンでバンカーにつかまって「11」(?)たたいた試合。彼がこの試合に出ず、国内とアメリカだけでたたかっていたら、いまごろジャンボ尾崎も目じゃない成績を上げられているだろう・・かな。あれ以後、彼のスタイルが変わって、勝利数がへっちゃった。
お礼
nozomi500さん、たびたびありがとうございます。 [鷲羽山-高見山戦] へー、こんな一番があったんですねえ。 まったく油断も隙もないですね。さすが鷲羽山。 [麒麟児-富士桜] ああ、張り手合戦で盛り上がってましたよねー。 ところで、細かいようですが、「富士櫻」では(*^_^*)? [中島常幸] あーあー、あの名前と同じトミーズバンカーに捕まった時ですか? へー、これ以降スタイルが変わったんですねえ。 知りませんでした(*^_^*)。
- pfm
- ベストアンサー率39% (292/737)
No.#11で回答したpfmです。最後に「プロレス、サッカーに続くかも」としたのですが反応がなかったのでやめようかなと思ったものですが、拒否されたわけでもないのでやって来ました(^。^) でも相撲にしてもプロレスにしても試合そのものはあまり覚えてないのよね~ 「相撲」 まずは小錦と千代の富士との初対決。うーん、今観ても千代の富士簡単に飛ばされ過ぎ!!いくら筋肉の鎧を身にまとっても元々の身体が小さいとダメですね。 http://www.sumo.or.jp/museum/retsuden/ozeki/konishiki.html そして貴花田と千代の富士の唯一の対決。この頃にはさすがに千代の富士の力の衰えを感じますね。なんか自分の千代の富士嫌いを再確認してしまいました(^^ゞ しかしこんなもんあるとは知りませんでした↑↓。 http://www.sumo.or.jp/museum/retsuden/shobu/request11.html 「プロレス」 これは相撲以上に試合内容を覚えていない(-_-メ)印象的なのは試合の前後だったりするのがプロレスらしいところです。当時単なるガキだったぼくにとってはプロレスとは土曜日夕方のの全日本プロレスでした。その日は学校で疲れたのかうとうとしながら観ていた世界最強タッグ決定リーグ戦、対戦相手は忘れましたがブルーザー・ブロディとジミー・スヌーカーが闘っていたはずです。テレビから聞こえてきたのはスタン・ハンセンの名前、「そんなわけはない、ハンセンは新日本だろ」ぼくはまだ夢の中にいたと勘違いしていましたが、そこにはたしかにハンセンの姿がありました。思えばこれがハンセン・ブロディの最強コンビの誕生でした。 「サッカー」 サッカーと言えばジョホールバルという人も多いでしょうが、個人的にはドーハとマイアミです。どうやらぼくは何かが欠けているチームの方が思い入れが強いようです。93年のチームは右サイドに、96年のチームはフォワードに弱点がありました。 1993/10/21 ドーハ。このときのラモスの「ウソ、入ったの?」という表情と中山の「なんだよも~」という表情は忘れられません。思えば先制ゴールも取ったし、ぼくらにも絶対に大丈夫だと言う根拠のない自信があったように記憶していますが、いけないことですね。5年後のW杯でもそれは変わりなかったことが敗因の一つだったかもしれません。 1996/8/21 マイアミ。これは徐々に興奮してきました。「いいのかブラジルこのままで」と思いながら観ていました。リバウドやロベルト・カルロスもいたんですよ。日本にとってラッキーだったのはかの怪物ロナウド(当時ロナウジーニョ)をスタメン起用しなかったことでしょう。でもこのチームの弱点はFWの得点力不足で結局FWの得点はなし。また今から思うと勝負のためにはやはりオーバーエイジが必要だったはずで、年齢の近かった名波、岡野、森島あたりがいたらもう少し上に行けたかも(中田の出番は減ったでしょうけど)。でも優勝チームと3位のチーム(つまり組み合わせとしてはこれ以上厳しいものはない)の組でしたから仕方なかったかもしれません。
お礼
pfmさん、失礼致しました。ちゃんとお礼の中に反応すべきでした。 ご勘弁のほどを<(_ _)>。 [相撲] 「小錦と千代の富士」「貴花田と千代の富士」 こんな画像が見られるんですねえ。びっくり。 ぼくは、千代の富士は好きだったんですよ(*^_^*)。 [プロレス] プロレスはあまり詳しくないんですが、「ハンセン・ブロディ」って、 馬場・鶴田組と戦ってましたよね? ハンセンのウエスタン・ラリアートがどかんどかん炸裂してました。 そのくらいしか覚えてません(*^_^*) [サッカー] 「ドーハの悲劇」と「マイアミの奇跡」ですね。 ぼくは、ドーハの方に思い入れがありますねー。 そうそう。「中山の『なんだよも~』という表情には、 感情移入してしまって、深夜に呆然としてしまいました。 イラク戦の前にあった韓国戦で3-0で勝った時は、 もう間違いないと思ったんですが……。 しかし、深夜に一喜一憂した試合でした。
- shino911
- ベストアンサー率13% (34/259)
誰も書かないから次あたり書こうかと思ってましたが、 やっと出ましたねえ。そう、日本人ならやっぱり大相撲! 私の最も印象的な一番は、昭和47年の初場所、8日目の北の富士VS貴乃花(もちろん先代)戦です。 北の富士は土俵際外掛けを浴びせ、貴ノ花は大きく反り返り、 北の富士は貴乃花の体が潰れると踏んでか右手をポンと土俵に着き、 次いで貴乃花の体が潰れました。行司軍配は貴乃花に上がりますが、すぐに物言いがつきます。審判の間では、先に土俵に着いた北の富士の手が「かばい手」か「着き手」かで意見が分かれ、延々5分間の協議の末、結局北の富士の勝ちとなりました。行事の木村庄之助は差し違えで出場停止を言い渡され、場所後、辞表を出しました。 この場所は、今場所活躍した栃東関のお父さん、先代栃東が平幕優勝を果たしました。 あと、個人的に好きだったのが、鷲羽山(わしゅうやま)という小兵力士がいて、なんと初日から7連敗の後8連勝して勝ち越しを決めるというスゴイことをやってました。昭和50年前後くらいだったと思います。 清国とは、またチョー懐かしいのが出ましたね。長谷川なんてのもいましたね(あれ、これ前に別の回答に書いたような…) では、おまけの変化球ネタを。 【珍名あれこれ】 ロシアや北欧の選手には、名前が、日本語的に読むと結構面白いのがありますよね。 たけしのギャグで「 コマネチ」と並ぶ、ロシアの体操選手「ディチャーチン」(^ ^;)、それから、バルセロナ五輪の時に、やはりロシアの「リュウキン」という、思わず赤と白のまだら模様を連想してしまいそうな選手がいました。 最近一番ウケたのが、原田の大泣きに日本中が感動した98年の長野冬季オリンピック、同じスキージャンプで、フィンランドの「アホネン」という、坂田利夫が出てきそうな選手がいました。 これでファーストネームが「ワテワ」だったら、吉本興業が黙ってなかっただろうなぁ…(^_^) 名前といえば、昔の高校野球の審判に「だるま」さんという方がいました。確か「達間」と書いて「だるま」と読む方だったと記憶してます。アナウンサーが「球審は、だるまさんです」と言うのを聞いていつも笑ってました。 また、同じ高校野球の審判で、苗字が「西大立目(にしおおだちめ)」さんという方がいました。苗字だけで私の姓・名より文字数が多いんです。これで下の名前が「彦三郎左右衛門之助」とかだったら、さぞ右手が疲れることでしょうねぇ (*^_^*)
お礼
shino911さん、お忙しい中、ありがとうございます。 [北の富士VS貴乃花] ああ、ありましたねえ。この一番は、ここまで細かく覚えていないんですが、 貴乃花の身体が異常に柔らかいなあ、と思った一番でした。 そうでしたか。「差し違え」だったんですねえ。 貴乃花といえば、この一番と小結だか前頭筆頭で大鵬を破った一番が ぼくには印象的です。 で、「栃東が平幕優勝」でしたか。 何だか歴史を感じますねえ(*^_^*)。 鷲羽山居ましたねえ。 一度、若い力士に張り手を食らって、もの凄い勢いで激怒してましたが、 相手は誰だったんでしょう(*^_^*)? 清國。おお、懐かしい。 右四つが強くて、突っ張りをやられると、何故かへろへろでした。 [珍名あれこれ] うーん、色んな名前がありますねえ。 この中では、「だるまさん」しか記憶にないですf(^^;)。 ちょっと感動したスポーツシーンから離れるので、 ここのコメントはこの辺で(*^_^*)。 というか、知らないので展開出来ないんですがf(^^;)。
やっぱりこっちにきてしまいます。 大相撲。 千代大海と武双山の張り手合戦。凄かったです。土俵を降りたら仲良しだそうですが、どうも信じられません。お互い「このやろ!」って顔してどつきあってましたからねえ。これもたしか流血の惨事でしたよね。勝ったのは…えっと、武双山に一票! ちょっと余談。 好きだったのは先代貴乃花、現二子山親方です。クンロク大関などと悪口を言われてましたが、体格のハンデがありながら土俵際で爪先立ってこらえてアンコ型の力士をうっちゃる姿は悲愴感もアリで感動ものでした。ライバルとされていた輪島とは五分の星ではなかったでしょうか。 相撲取りの肌は美しい、というのはよく聞く話ですが、双ツ竜という力士の尻はたるんでいてデキモノだらけでとても汚かったなあ、というのが印象に残っています。そのうえ北の湖以上にデカかったし。彼が勝った場合、「ああ、相手の力士は身体が触れるのがイヤだったんだろうなあ、仕方ないよ、うん。」と同情して見てました。大鵬だとか清国などというのは綺麗なお相撲さんでしたねえ。荒勢というお相撲さんは、がぶり寄りという得意技がとてもエッチに見えて、親と一緒だとどうも正視できなかったです。 当代貴乃花。ずっと欠場してますが、最後の武蔵丸との相撲は凄かったですねえ。いつも冷静すぎてつまんなく見えていた貴乃花の、あの気合いのはいった表情!あの瞬間の為に日頃のクールさがあったのなら許す、というくらい感動しました。おおいに見直したので、このまま引退なんて事にならない事を願っております。 最後に、 [バース、掛布、岡田] >これって、阪神が優勝した年でしたか? 当然です。そんな時でもなければこんな事が起こるわけがないのであります。ちなみに一番は真弓。我が福岡県は柳川のスターなのであります。湯船君もいたのであります。子持ちの新人だったのであります。池田や中西やキーオや山本和之くんなどがいて、佐野や北村や吉竹がいて、木戸もいたうえにショートは名手平田なのだから優勝しないわけがないのであります。 バレーの広瀬は広瀬美代子さん。ユニチカの選手だったようです。ちょっと調べてみたら案外大人気!これを知らないのはマズイかもしれんですよ、coyoteさん。しかし、体操に野球にアイスホッケー、coyoteさんってほんとに凄いなあ。落書きも、チョーうまいし。いじいじ。 それから、nozomi500さん、仲間です。記憶違い仲間。私よりははるかにしっかりしておられる事は認めざるを得ませんが、まあ、プライドを捨てて私の仲間になって下されば嬉しいです。わはは。nozomi500さんの石井りえ、 shino911 さんのセッターの小川、なんてのを思い出せないところが私の悲しいところです。知ってるはずなんだけどなあ。野村美枝子はサウスポー、というのには賛成!ちなみに私もサウスポーです。…関係ない?
お礼
okanouenobakaさん、ご回答重ねてお礼申し上げますよ。 えーと、相撲の世界に来てしまいましたか(*^_^*)。 では、ちょっと私見を。 相撲をスポーツの領域に入れるのは、少し抵抗があるんですね。 スポーツではない。と断言出来るような根拠がそんなに強い訳ではありませんが、 ・儀式性が強い ・他のスポーツには類のない襲名性 ・ルールの問題(基本的に同門では戦わないとか) ・スタイルの異質性 ・徒弟制度(部屋の入らないとプロになれないとか) こういう点が他のスポーツと違うなあ、と思って、ぼくは書かなかったのですが、 でも、盛り上がるので、ぼくも参加しちゃいます(*^_^*)。 「千代大海と武双山の張り手合戦」は壮絶でしたねえ。 豪快なビンタですからねえ。もっと仲良くしてもらいたいものです(*^_^*)。 「先代貴乃花」が千代の富士に負けて、引退を決めたという一番と 「当代貴乃花」が千代の富士に勝って、引導を渡した一番は、 よく比較されていましたが、千代の富士の(ああ、負けちゃったなあ) という顔が非常に印象的でした(*^_^*)。 「綺麗なお相撲さん」の仲間には、若三杉も入れて欲しいです(*^_^*)。 「荒勢」は、参院選にも出馬してましたが、うまくがぶり寄れたんでしょうか? あ。阪神が優勝した年だったんですねf(^^;)。 大変失礼致しました<(_ _)>。陳謝陳謝。 大変なメンバー揃いですね。夢よ、もう一度。というところでしょうか? で、広瀬はユニチカでしたかf(^^;)。 いやあ、いい加減な事ばっかり書いてます。 落書きに向いているんでしょうか(*^_^*)? 記憶違い仲間に入れて下さい。
- shino911
- ベストアンサー率13% (34/259)
新しい御質問の方も賑わってることだし、こちらの方はそろそろお終いかな、 と思ってこれを最後にしようかと思ってたんですが、 もしまだOKなのでしたら、ネタ小出しにしようかしらん(^_^) で、ちょっと横レスお許し下さい。 >tenten7さん 「ロウヘイ」は「郎平」ですね。中国語読みは「ラオピン」。なんか麻雀の役みたいですが(* *)。80年代中頃に活躍した中国の女子バレーのエースアタッカーでした。郎平と聞いて思い出すのが、同時期に活躍したアメリカの長身選手で、若くして亡くなった「ハンマン」という選手です。「クロケット」と並んで当時のアメリカ女子バレーのエースでした。 >okanouenobakaさん、nozomi500さん 中山律子、懐かしいですね~。「さ・わ・や・か・律子さん~」というシャンプーのCM、今でも焼き付いてます。 で、おそれ多くもcoyoteさんにツッコミを。 広瀬と同時期に活躍したのは「江田」ではなく「江上」ですね。 当時、友人たちの間では「広瀬ファン」「三屋ファン」「江上ファン」の三派に分かれていました。 私は、う~ん、セッターの小川かな(*_*) きっと誰か書くだろうと思ってましたが、やはり出ましたねえ。ミュンヘン五輪の男子バレー。 準決勝のブルガリア戦はホントに奇跡の大逆転勝利でしたね。 試合後、190センチを超える大男たちの大泣きする姿が印象的でした。 おっと、涙といえば「鬼の目にも涙」と言われた、64年の東京五輪の女子バレー「東洋の魔女」を率いた、鬼の大松こと大松博文監督を忘れてはならないでしょう。 しかし、日本男子バレーはミュンヘンを頂点として、その後凋落の一途をたどっているのが残念でなりません。 お礼がホントに大変でしょうが、もしまだOKであれば、お望み(?)の変化球ネタで、次回お伺いします。
お礼
shino911さん、一般投稿、補足といろいろありがとうございます。 助かってますよ(*^_^*)。 えーと、ここはまだ受け付けますよ。 あ。中山律子はシャンプーのCMでしたかf(^^;)。 それと、「江上」でしたか。そうでしたそうでした。 訂正ありがとうございました。 しかし、小川の顔は浮かんで来ないですねえ。 男子バレーは、どんどん世界から置いて行かれているような気がしているんですが、 何とかこのミュンヘン時代のような感動をお願いしたいものです(*^_^*)。 という事で、お礼は少々遅くなるかも知れませんが、 受付はしてますので、よろしくお願いしますね。
- nozomi500
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どわーっ! やっぱり女子マラソンは、東ドイツの選手でした?(優勝したのがイワノワだったっけ・・、これもいいかげんな記憶) okanouenobaka様には、よけいな間違いを教えちゃって申し訳ありません。 しかし、東ドイツといやあ、ドーピング大国だったといわれているのですが、レース本番に生理、なんて、人間臭い選手もいたんですね。そういう意味で感慨深い・・。 中山律子さんもはやりましたね。(とちゅう「りつ子」とひらがなにしていた時期ありました)並木さんの「パーフェクト」のゲームもTVでみました。7か8フレームめぐらいで、最後に1本(2本だったかも)残った、と見えたのが、カメラが並木さんのがっかりした(?)表情を映している間に倒れて、(あわてて、たおれたピンのほうにカメラが向いている間に、並木さんの顔がどう変わったかがみたかったなあ)、「ツキ」を感じさせる場面でした。野村さんはサウスポーでしたかね。あと、美人ボウラーといわれた石井りえさんとか。
お礼
nozomi500さん、ありがとうございます。 いやあ、記憶違いがあるくらいが「人間臭」くていいですよ(*^_^*)。 中山律子は、名前をひらがなにもしていたんですか。 よくご存知ですねえ(*^_^*)。 この「パーフェクト」のゲーム模様も、石井りえさんも覚えてないです。 しかし、よくご存知です。恐いくらい(*^_^*)。
もうひとつの難問への回答を考えていたら頭がプスプスいって煙が出てきました。パーマがかかって有り難い事です。明日の朝にはパパイヤ鈴木あたまになっている事と思われます。 くっそー、はがいー。 で、またお茶を濁しにやってまいりました。現実逃避ともいいます。いいおっさんがこんな夜中まで何をやっているのでしょうか。 いまはKー1で盛り上がってますが、私の子供の頃にはキックボクシングというのが大人気でした。スーパースターは沢村忠。真空跳び膝蹴りというのが必殺技で、いつ出すの?と必死でテレビにかじりついてました。チャチャイ・クチャイクチャイみたいな名前の本場のボクサーを相手にしない圧倒的な強さに惚れ惚れしていたのですが、ある日、アゴをほんのすこしかすめただけのようなヘロヘロパンチで沢村はヘロヘロのしおしおになってギャグのようにダウンしてしまいました。唖然…。カリスマのようなヒーローの超かっこわるい姿に受けたショックは大きかったですねー。キックボクシング熱は一気に醒めて、その後ロッキー藤丸というギャグ満載(闘志の表現であり、当人はフザけてなどいないのだけれど)のボクサーが登場するまではテレビ中継にも熱中できなくなってしまいました。ロッキー藤丸のスピリットは確実に辰吉丈一朗に受け継がれていると思います。 ボーリングも昔猛烈に流行りましたよね。中山律子さんが大人気!実力派は須田かよ子と並木なんとかさん。恵美子だったかなあ。で、アイドルが野村美枝子さん。可愛いかったなあ。まちがえて一回くらいパンツが見えるんじゃなかろうか、と、これ以上ない集中力でもって投球動作を見つめた結果、勉強した事はキュロットスカートの存在。てめー、半ズボンのクセしてミニスカートのふりしてんじゃねー!と怒り心頭だったのは言うまでもありません。 ・・・ん?昔話はおよびでない?こりゃまた失礼いたしました、っときたもーんだ。
お礼
okanouenobakaさん、ありがとうございます。 okanouenobakaさんともあろう方がどうしたんですか? 難問なんて言わないで、どんどん来て下さいよ(*^_^*)。 [沢村忠] おおっ!満州生まれのキックの鬼!我らがヒーローでしたねー♪ この人の名前が出てくるとは思いませんでした。 うーん、目の付け所が違います。 この人自身が歌っていた『キックのあけぼの』が好きでした。 ♪鬼が~リング~で、見た……♪(このくらいならいいでしょ?) うーん、久しぶりに頭の中で沢村が歌を歌ってます(*^_^*)。 本当に久しぶり~~~~。 ロッキー藤丸。居ました居ました。リング上で宙返りをしてましたね。 ぼくは、富山勝治を思い出します。 「富山ぁ~勝ぅ~治ぃ~」とリングアナウンサーがコールした時の恐い顔恐い顔。 [野村美枝子さん] ぼくが覚えているのは、中山律子と並木恵美子ですが、 この「野村美枝子さん」は思い出せませんf(^^;)。 中山律子は♪律子さん~ 律子さん~ なっかっやっまっ律子さん~♪ でしたが、これ何のCMでした?シャンプーかなあ?
coyoteさん、今晩は~♪ あ!igmpさんに、先を越されてるー!悔しいよん"(ノ_・、)" なんてね~♪(*^m^*) 他のネタで勝負だ~♪(いつから勝負事になったの?うふん♪) 【鈴木大地】 バーコフを手玉に取ったあの作戦。や~ん♪しびれちゃう。でも、今は何だかオカマさんのようになっちゃって。ちょっと拍子抜け~♪ 【名前が出てこにゃい・・・】 ロウヘイって、アナウンスされていたような記憶が・・・。やあん、うろ覚え。中国の女子バレーの選手です。子供の頃に見たんだけど、「この人、すごーーーい!!!」って、ただそれしか憶えていないの。えへっ♪ 【F・ジョイナー】 ファッションもそうだけど、凄い人だったんだな~♪って、今も思います。だって、まだ、記録は破られてないんでしょ?31才の若さで、お亡くなりになられて、本当に残念でした。 やあん。しんみりしちゃった。 そうそう、みなさまのご回答を拝見させていただいていて、また1つ間違いを訂正できたわ~♪ということがあったの。 nozomi500さんのご回答の中の1つ > ロス五輪、柔道。 > 「山下-ラシュワン」(決勝戦) 私、ずっと、この試合は準決勝だったと思い込んでいて、しかも、相手の名前を覚えていなかったの(エジプトの人としか・・・えへへ~♪)。わお♪そうだったのか~♪って、何だか、ニコニコしてしまいました。nozomi500さん、どうもありがとう♪ ではでは♪ チャオ♪
お礼
tenten7さん、いつもありがとうございます(*^_^*)。 [鈴木大地] このバサロは、チャレンジでしたねえ。 バーコフもポリャンスキーもあのバサロには歯が立たなかったですねえ。 余談ですが、鈴木大地の体脂肪は5%ですよ。5%。 憧れてしまいますf(^^;)。 で、「今は何だかオカマさんのようになっちゃって」るんですか? へー、一度見てみたいですね。遠くから(*^_^*)。 バサロな感じで、全身をくねらせて歩いているんでしょうか? [郎平] shino911さんから、解説があったので助かりました(*^_^*)。 バレーのネットの高さは、2m40cmくらいありますが(オリンピックのは?)、 郎平がスパイクを打とうとすると、腹くらいまでネットから 出ている感じでしたねえ。凄い選手(*^_^*)。 絶妙の人選です。さすが~。 [F・ジョイナー] そうそう。「記録は破られてない」と思いますし、記録の樹立もそうですが、 走っている時に勝利を確信して微笑んでましたねえ。 余裕(*^_^*)。全力で走っていたら、10秒も切ったのでは? なあんて思いましたけどねえ。 しかし、彼女の陰に隠れて、いつも負けていたマーリーン・オッティが 思い出されます(*^_^*)。 「1つ間違いを訂正できたわ~♪」 そうですよねえ。ぼくは訂正しっぱなし(*^_^*)。 プラス何も知らない事ばかり。 「湯船」の話も失礼致しましたf(^^;)。 オリンピック編でも、いい人選してきますねえ。
- igmp
- ベストアンサー率28% (156/546)
3回目です(^_^;)(^_^;)(^_^;)。 いやー、相変わらず賑わってますねぇ。 うっ、3回目で回答No.が30?? ひょっとしてひょっとして・・・ さて、今までオリンピックネタばかりだったので、気分を変えて、今回もオリンピック。 #24のtenten7さんの最後の言葉が気になって、先を越されないうちにと(なことないか)。 【アトランタオリンピックの男子サッカー日本代表】 日本のサッカーがあのメキシコ大会以来、28年ぶりにオリンピックに出場! これ最高に嬉しかったです。私の青春時代はいつもいつも惜しいところでその出場権を 逃し続けていましたから。 そんな日本代表が今じゃW杯出場、しかも今年は地元で! 夢みたいです。 で、本戦での感動は何と言っても、対ブラジル戦1-0での歴史的勝利!! 感動しました。 確かこの試合は平日の午前中に行なわれたかと思いますが、私はたまたま所用があり、 会社を休みました。前半の途中くらいまではテレビで見て、その後出かけたのですが、 移動中の電車の中のラジオであの伊東輝悦の劇的ゴール&勝利の瞬間のホイッスルを 聞きました。思わず「やったー!!!」と大声で叫びたかったし、同じ車両にいる人達全員 にこの感激を伝えてあげたかったのでしたが、さすがに・・・(^^;。 しかし、予選2勝1敗でなんでなんで決勝トーナメントに行けなかったの???
お礼
igmpさん、どうもありがとうございます。 この先、まだ感動のスポーツシーンが登場するんでしょうか(*^_^*)? まだ沢山あるんですけどねー。 tenten7さんの機先を制したでしょうか(*^_^*)? [アトランタオリンピックの男子サッカー日本代表] 「28年ぶりにオリンピックに出場!」だったんですねぇ。 これは、しかしよく守ったと思います。 MFの服部が元気でしたねえ。 溜飲が下がった試合です(*^_^*)。 そうそう。城が持ち込んだボールを落ち着いて、 伊東がさばいてゴールを決めたんですよね。 興奮しました(*^_^*)。
お礼
pfmさん、ありがとうございます。 [その1] 覚えています(*^_^*)。八木でしたね。 この時の審判は平光でしたが、面目丸つぶれでしたね。 ホームランが抗議でふいになるんですから、怒り心頭ですよねえ。 [その2] すみません。これは全然覚えがないですf(^^;)。 見たかったですねえ。 「ニュースステーション」に食い込んで、ニュースを報道しながらのゲームというのは、 1988年10月にあった近鉄・ロッテの最終戦でした。 悲願に賭けた近鉄の敗戦には、呆然として声も出なかったです。 あ。余計な事を書いてしまいました<(_ _)>。 [準決勝] よくぞ書いてくれました(*^_^*)!!! 4-6で迎えた9回裏、横浜は6-6の同点にした後、更に2死満塁。 明徳義塾の寺本が投げた球をセンター前ヒットでサヨナラ。 松阪にかけよる寺本は涙ボロボロの鼻水ずるずる。 松阪がウイニングボールを渡したんですよねえ。 嗚呼、泣けてきます。寺本ぉ~、よくやったぁ! いやあ、いい試合を思い出させてくれました。 ありがとうございます。