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校内での危険な遊び中のけが
小3男児ですが、友達から「2人で並んで肩を組んだまま猛スピードで階段をかけおりるといった遊び」に誘われ、1度目は上から下までうまく駆け下りることができたので、2度目をしていたところ(「もう1度しようと言ったのもその友達です)、息子だけ下から3段目あたりでつまづいて顔に後遺症の残る大怪我を負いました。 (将来にわたって治療が必要になりました) 学校は「一切責任ない」の一点張りですし、その友達の親からは何の連絡もありません。 実はその友達は、日頃からうちの子に命令ばかりして時には乱暴もしていたようなので、今年からクラスも変えてもらい、息子には一緒に遊ばないよう諭していたのに、たまたまその日見つかって一緒に帰るよう命令されていたとのことです。その帰りの校内の階段で事故が起きたわけです。 遊び中の偶発的な事故では誰の責任も問えないという話も聞きますが、こちらは危険な遊びに巻き込まれたといった認識です。(こちらにも幾分過失はあるにしても。) 本当に泣き寝入りしか方法がないのでしょうか? なお、その友達はけっこう近所に住んでいて、親の見た目もちょっとこわいので今後の対応にこまっています。
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何度も失礼致します。 こちらこそご丁寧に返答下さり感謝しております。 お気に障る点がございましたら何卒お許しください。 なぜ質問者様はお子さんが『被害者』で、相手のお子さんが『加害者』と判断されたのでしょうか。 そもそも今回の件における加害者、被害者は司法の場でしか判断できない問題ではないかと私は思いますが違いますか? >こども同士の合意はそもそも違法性阻却事由にならないとか聞きましたが、 ということが私にはちょっと理解できないのですが、今回の合意は無かったものとして、今までのいじめを考慮した上で、出来れば一方的に相手方に責任を追求したいということでしょうか? しかしここにはそもそも違法性自体が無いように思うのですが・・・。ですので阻却する事由自体が・・・。素人の私には何とも言えませんが。 >これはバイオレンスの支配する社会であって正義や秩序に欠ける様な気がします 現実社会はそんなものですね。誰しもそれを見ないように、又身近に感じないで済むように要領良く生きているだけの事です。一般人が繁華街の裏通りを避けて通るのはその為ですね。そこに何が隠されているのか知らない大人はいないでしょ。 だからこそ、そこから上手く脱出したり関わらずに生きる方法を教えてやらなければならないのですよ。 斯く言う私自身も決して正義や秩序に欠けることなく生きてきたわけではありません。「若い頃は馬鹿なことをしていたな」と後悔する事も多々あります。 >相手が怖いからということで社会正義や公平がゆがめられるところも見せたくないのです 確かにそうですね。 私も悪意に満ちた故意で一方的に負傷させられ場合なら、正義と公平を求め続けるでしょう。 しかし『合意』であったという認識が双方にある以上、一方的感情による責任追及は、それこそ正義でも平等でもなくなってしまいます。 私が「脅威」と表現したのは、そこから来る憎悪の念が、近い将来復讐となってお子さんに返ってくる可能性は否定出来ないということを書いたまでです。書き方が悪かったですね。申し訳ありません。 話が飛躍しますが、一部の中高生によるリンチはそれはそれは凄いものですよ。 さて、質問者様が本当に正義感を持って、秩序に則り、平等に対処する親の姿を見せたいのであれば、感情論ではなく、きちんと訴訟を起こすべきです。 そうすることで不条理なリスクを幾分か回避出来ると思います。 ところで、同級生の犯行により無残な死を遂げる子供たちの事件報道を、最近では「また起こってしまったの!」という気持ちで見るような時代になりましたね。 「また」なんですよ・・・。 「え?こんな些細なことで・・・」と思えるような理由で殺される。決して他人事ではありません。 私は息子の命や体に影響を与えるような場面なら、何をさしおいてもとにかく息子を守りますよ。 もし危険を感じたなら道理は抜きにしてとにかく「逃げろ」と教えています。 そんな場面では、秩序や正義なんてクソ食らえです・・・私はその程度にしか認識していません。 いじめを含めた少年犯罪の被害者家族が求めるのは、本音を言えば社会秩序や正義なんかではなく、我が子の健康な肉体(精神)なのですから。 何度も書きますが、私は何も泣き寝入りを勧めているのではありませんし、自分の意見を押し通そうとしているのでもありません。 ただ、被害者だと決め付けることに違和感を感じるのです。 個人的には訴訟を起こして責任の所在を追求するのも悪くはないとは考えます。学校の態度にも立腹していますし。 ですが、訴訟に勝とうが負けようが、お子さんの心に負った傷は一生癒えないんですよ。 それだけは何も変わらない。 「1日でも早く忘れさせてやりたい」 その感情の中には、社会秩序や正義なんて言葉は微塵も浮かんで来やしないでしょう? もちろん、責任の追及と感情は別の所に存在するものである点は理解しています。 しかしながらそれらは微妙に作用し続けることも事実です。 ですので、お子さんの目線で落ち着いて行動してくださいということです。 長くなってしまって申し訳ありません。要点が上手く纏められない人間だと反省しています。 後は法律カテの方で専門家にお聞きになった方がよさそうですね。 今日という日も愛する我が子の成長の一日。 お身体大切に。
>今回は、鬼ごっこと違い危険な遊びだった点が違うにしても両者の合意で行っていた点が確かに弱みです。 お気持ちはとてもよく分かるのですが、本当に『合意』だとすれば相手方に誠意を求めるのは少し筋が違っているような気がしてなりません。 >うちとしてはその子を以前から警戒していたし、事故のほんの2-3日前も息子は、「その子(の性格)がこわい」といっていたところでしたので、どうしても悔いが残るのです。 本当に悔いが残ると思います。 ですが「何故怖いか?」などの詳しい事情をお聞きになり、その内容を担任に伝えられましたか? もしその時点で担任に伝え、配慮して欲しい旨を伝えておれば今回の事故を防げたかもしれません。 もしそれが登下校時に及ぶなら、保護者として学校まで送り迎えをすることも可能であったかもしれませんね。 相手の子どもにとってはこういった保護者の行為も脅威になるものですよ。 あまりお薦め出来る方法ではありませんが、小3であれば、あまりにいじめが酷い時は父親が出て行って直接本人を叱れば結構効きます。 やれる事はまだまだあったのでは?・・・そういう意味でも本当に悔いが残りますね。 >法的な責任、賠償は確かに難しいかもしれないですが、道義的には弱い子を危険な遊びに誘って一生の怪我を負わせておいて見舞いの一言(お金ではありません)もないということに不条理を感じるだけです。 うちも低学年の時、いじめの延長で違法行為を強要されました。暴力で脅し、一緒にやらせるだけやらせておいて、挙句は「僕は知らない」の一点張りでした。結局息子一人が悪者になっておしまいでした。 教員は当然の事ながら間違った行為に対してのみ叱責しました。 私も見てもいなかった事に対して白黒つけたがるような教員は失格だと考えますので一応納得しています。 以来、「どんな辛い状況があってもとにかく一緒にやらない」という強い意思表示をするよう教育してきたつもりです。 時間はかかりましたが今ではきっちりと断れるようになりましたよ。 ただ、ここに至るまでの過程はそれは大変でした。それ程拒否しなくてよいことにまで執拗に拒否するようになってしまい周囲から嫌われる時期も乗り越えてきました。 子どもは素直な分極端ですので指導するのは本当に大変です。 しかし『相手を変える』ことはほぼ不可能ですので、自分が変わらなければ結局何も変わらないという事だけは断言できます。 私などが言うまでもありませんが、徐々にでよいので、意思表示をしっかり出来ることは、これから先、中学、高校に上がった時にもより必要且つ重要になってきますよ。 >本当は危険な子だとレッテルを貼って遊ばせないことは教育上よくないと思うのですが・・・悩ましい問題です 教育上最も良くないのは「正しい物(事)を選べない、判断できないこと」だと私は考えています。 一緒にいてもやらない自信があるならそれで良いと思います。しかしそれはなかなか難しいですね。 ならば一緒にいる必要があるかどうかの時点で判断せざるを得ません。 友人は選ぶものです。誰とでも仲良くすることが出来るに越したことは無いですが、そんな人間など本当にいるでしょうか? 「一緒にいる価値のない人間も存在する」という現実を教えることも時には必要です。 また「その子が悪い事をしなくなった時には仲良く遊べばいいんだよ」と教えることも出来ます。 拒否することを教えるなら、同時に許す心も育てなければなりませんよね。 お子さんなりに、年齢なりに『自分を守る方法』・・・お子さんの性格等考えた上で教えてあげて下さい。 色々と考え、恐らく夜もゆっくり寝られない日が続いておられることと思います。 あの時こう言っておればよかった・・・こう言うべきだったかな・・・そんな事が頭をぐるぐる回ってお辛いでしょう。 でも少しだけ時間をかけて考えてみましょう。 私は、合意であったなら仕方ないと思うのですよ。 法的に責任を求めることが出来るとしても、それで本当に心が晴れるでしょうか? 後々余計に後悔を招くかもしれませんが、それでも私なら子供の心の傷を大きくしない方法を選びたいです。 親としては確かに腑に落ちないかもしれません。 しかし補償を求め裁判を起こせば一生判例として名前が残ります。 合意であったにもかかわらず誠意を要求し続け気まずくなれば、同じ学校に通う間ずっとお子さんは過去を引きずり続けなければなりません。場合によっては「お前も悪かったのに俺に責任を押し付けやがって」という相手の憎悪の念に怯える結果になるかもしれません。今は子供ですが中学生くらいになれば私達より大きな体に成長します。恐ろしい脅威になります。特に相手の保護者のご様子では何をされるか・・・その方が余計心配です。 又、顔の傷を見る度に相手に対する憎悪の気持ちを抱かれるでしょう。責任の所在を追及するあまり、愛する我が子に一人の人間を恨み続ける様な人生を歩んで欲しくない。 合意であったなら、自分で誤って転んだと認識する方がずっと救われる気がします。 私なら「そんな事したのは自分なのだからしょうがないよな~。次からはこんな風に後悔することのないよう気をつけるしかないよ。」でしょうか・・・事が大きいだけに難しいですけど。 でも私ならそう言われる方が楽かもしれません。 人それぞれ様々な考え方があるでしょうしここの僅かな情報だけで判断することは出来ません。 必要だと感じれば相手に誠意を求めれば良いでしょうし、訴訟を起こして学校の責任を追及すれば良いでしょう。 又学校側に全く責任がないという発言自体は気分が悪いですね。それは学校が判断することではなく司法が判断すべきことです。 自分がお子さんの立場ならどう思うか?それを常に考えて行動してあげてください。 偉そうな事を書いて申し訳ありません。 でも我が子の将来に亘っての幸せを願う気持ちは同じだと思っています。
お礼
ごていねいにありがとうございます。 こども同士の合意はそもそも違法性阻却事由にならないとか聞きましたが、当然向こうさんの親は主張されるでしょうね。そういうこともあって学校を悪者にしてしまう訴訟が多くなるのかもしれないですね。 >>「今ではきっちりと断れるようになりましたよ。」 これは我が家のモットーで幼い頃からしつこいくらい教育してきたつもりでした。しかし、小3程度では結局こんなものかというのが事故にあったあとでの感想です。 >>「自分で誤って転んだと認識する方がずっと救われる気がします。」 今のところ、子どもにはこの方向でいっています。ただ、相手が怖いからということで社会正義や公平がゆがめられるところも見せたくないのです。息子も自分をひどい目にあわせた友達が何の制裁もお叱りも受けていないことには、やはり不公平感をつのらせているみたいですし。(訴訟に負けでもしたら散々ですが)
- you-go
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痛ましい事故ですね。顔面に怪我をした事で、授業に支障がないか気になってしまいます。学校ですら無責任を決め込む姿に憤りを感じます。 >鬼ごっこと違い危険な遊びだった点が違うにしても両者の合意で行っていた点が確かに弱みです との事ですが、普段から素行には難点のあった児童に誘われたんですよね。ここにも論点を置けられる思うのですが… 暴力的行為を行う相手からの誘いに、暴力的報復を想定し断りきれない―― これはイジメの構造にもある物ではないでしょうか? 報復を考えてお子さんは多くを語らないのではないのでしょうか? イジメに関しての判例もNO4さんが出されたURLにありますが、そちらに「これを予期できたとする判例があったのか」と熟読の上、感心してしまいました。 >日頃からうちの子に命令ばかりして時には乱暴もしていたようなので この状況では「イジメ」の構図に当てはまると思うのですが、如何でしょう? クラス替えで質問者さんの意向が反映されたのは学校側も事態を認識していた理由が有ったからなのではないのでしょうか? 同じクラスになる確率がどれ程の学校なのか判りませんが、意向を申し入れした際には根拠も伝えられたんですよね? となれば学校側は「友達」に問題が有る事は知らされていた訳です。問題が有る以上は学校側は適切な対応を取るべきです。少なくとも学校側には停学等の権限はありますから。適切な対応がなされていたなら、放課後に校内で遊ぶ事無く帰路に着くよう指導も出来たのではないかと色々考えてしまいますね。お子さんの怪我に対し「友達」と学校が連帯責任を追うとなれば、自然と「友達」の保護者への働き掛けも生まれてきますよね。 基本的に校内で起きた事故は何らかの責任が学校にあるはずです。でなければ事故報告の教育委員会への提出義務の意味が理解できません。もしかしたら学校側は「責任なし」と逃げたいのか、単純に業務責任を把握されていないのかと想像してしまいます。 当方の体験ですが、学校側は面倒な事はパスしたい風潮がありましたね。当方の子供が幼稚園で事故を起こし、他所の子供を怪我させてしまいました。当方も申し訳ない事と真摯に対応させて貰いましたが、園は監督責任を認識せず「お宅は加害者なんだから」と突き上げられるばかりでした。事故後の園の不手際や「当人同士でやって下さい」の対応には腑に落ちず、再三再度で幼稚園の監督責任範囲の説明を求め続けたところ、事故発生から1ヶ月も掛かり、監督不行き届きを顧問弁護士に指摘されてやっと認識するになりました。その一ヶ月の間で、責任意識の無い園長は「言われたから仕方なしに付き合ってやっているんだ」と言わんばかりのいい加減な対応をしていたので、怪我した側の家族とは埋める事の出来無い溝が出来たと言うか、恨まれてすらいる状況に追い込まれました。教育委員会とも話し合ったのですが、こちらも「加害者のくせに何の主張があるのか?」の頭ごなしでした。思い付く所で相談に乗って貰い、参考になったのは人権センターと県教育委員会でした。県教では学校側の対応の是非に付いて話を重ね、市教を指導する立場からのアドバイスを貰いました。最終的には市長と意見交換の場にて話した事で教育委員会の担当者交代となり、状況は豹変しました。結果、市長レベルで加入している保険の適応がなされ、保護者負担の学校保では賄えない部分(通院付き添いの為に取られた休業手当など)までも支払われました。後遺症も示唆があったので、学校の責任認識により請求が有った場合は当方と学校側で按分し保障する事となり、大きな違いになりました。楽ではなかったのですが学校の「有るべき姿」を追求した姿です。 大変言葉足らずで補足が必要かと恐縮してますが、何かのヒントになったら幸いです。早く腑に落ちる所となると良いですね。お大事になさって下さい。
お礼
ありがとうございます。 経験者の意見は大変参考になりますが、被害を受けた側がこうも悩み大変な思いをしなければならないのかと思うと暗澹たる気分になります。(当然いじめっ子?のほうはあっけらかんとして何事も無かったかのように学校に通ってらっしゃいますが。) 息子は顔もなんとなくかわってしまい、見るたびに毎日心が傷み、家族も仕事に身が入りませんが、努めて何もないふりをしています。子どもが思い悩んだり学校に行けなくなってしまうともともこもありませんから。
- hallo_haro
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No.5,6です。 何度も出てきてすみません。 貴方のお子さんについては、文面からの判断では、 遊びを断り切れない事情があったのだと思いますので、その辺りのフォローは保護者である貴方がしてあげてください。 私は法律的には詳しくないので、もし、相手に対し、謝罪請求や損害賠償を求めたいのであれば、「社会」の中にある、「法律」カテゴリーで相談された方がより的確なお答えが得られると思います。 ただ、法的なことで言えば、世の中、弱い者が必ず正しく、法律に守られているわけでないのも事実です。 3年生の幼いお子さんにその辺りを突きつけるのは、あまりにかわいそうなことですので、「仕方がなかったんだよね。」など上手にお話ししてあげるとよいと思います。 なお、少し補足ですが、学校での事故と言うことで、学校のサイドとしては、下校中、階段で転んだということが、「教育活動の一環であったかどうか?」ということで判断が分かれると思います。 心ある学校であれば、その辺りの配慮は十分に可能だと思います。 この辺り、学校に責任追及という形では、学校側も構えてしまうますので、下校中の怪我の保証はできないかという、相談という形で話されてはいかがでしょうか? せめて金銭的な保証を受けられるかどうかで、心情的な面も解決できるのではないかと思います。 後、参考までにですが、最近の自動車保険、各種傷害保険、クレジットカードには、特約やサービスとして家族の怪我を保証してくれる物が付いている場合があります。 一度心当たりの物を調べてみてはいかがでしょうか? 今回のことで、お子さんの心に傷が残らないことはお祈り申し上げます。
お礼
何度もお世話になります。法律版、ちょっと検討してみようかと思います。 下校時における教師の監督責任が軽かったり、鬼ごっこ中の傷害がそもそも不法行為にあたらないという判例を読みました。 今回は、鬼ごっこと違い危険な遊びだった点が違うにしても両者の合意で行っていた点が確かに弱みです。ただ、おっしゃるように、うちとしてはその子を以前から警戒していたし、事故のほんの2-3日前も息子は、「その子(の性格)がこわい」といっていたところでしたので、どうしても悔いが残るのです。 法的な責任、賠償は確かに難しいかもしれないですが、道義的には弱い子を危険な遊びに誘って一生の怪我を負わせておいて見舞いの一言(お金ではありません)もないということに不条理を感じるだけです。 本当は危険な子だとレッテルを貼って遊ばせないことは教育上よくないと思うのですが・・・悩ましい問題です。
- hallo_haro
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No.5で補足要求した者です。 >泣き寝入りとは、本当に学校にも友達の親にも何の落ち度も無いのか? >そんなことでこれからの子どもを守っていけるのか?といった意味です。 >2度と学校でうちの子の様なことがないようにするために何かできることはないのかと考えた次第です。 落ち度があるかどうかは、ここでの判断はできません。訴訟という形で初めて判断されると思います。 このようなことがないようにとのことですが、子どもですので、怪我を100%防ぐことは不可能だと言うことはお分かりいただけると思います。 >最低限、誠意がほしいのです。 であれば貴方が直接、相手の保護者に掛け合うしかないと思います。 但し、責任追及はできないと思います。 事務的な判断では、今回はお互い様という見方が強そうですし、貴方もそれを感じていらっしゃるようですし。 本来は一言あれば嫌な思いをせずにすんだのでしょうが、世の中そう言う人ばかりではないですし、法律上でも過失を認めさせない限り、謝罪を求めることもできないと思います。 これを泣き寝入りと言うかどうかは、別問題だと思います。 >今のままでは、その子の素行も一向に改まる気配はありません。 この件については、学校にはっきり明示しておくことは必要ですね。 今後またと言うことのないようにできるのは、こういう事だと思います。 学校側が、この件についても無関心であれば、教育委員会に通達してもよいないようだと思います。 >あと、仮に学校から保険が出ても将来の治療費は多分でないでしょう。説明は今のところありませんが・・・ 説明がないのは、学校側としては責任を感じていないからで、ある意味筋は通っています。 過去の事例ですが、保険が出た場合、後遺症が残ると診断されれば、慰謝料とか、示談金とか言った形である程度の額が支給された例もあります。 この点については、保険の出る出ないも含め。学校側に確認されてはいかがでしょうか?
お礼
経験者ということで丁寧にありがとうございます。 あれから色々とまわりに相談しましたが、詳しい方ほど何故危険性のある子と遊ばせていたのか?とかお宅の子も同意してやっていたのだから自己責任だなどといわれ、どうやらうちの子も自分がとても悪い子だと思って悩んでいる様子なのです。 被害者はこのように一生自分だけが悪いのかと悩み続けるのに学校も粗暴な子の家でもそちらは何も反省するところがないというのでは、これはバイオレンスの支配する社会であって正義や秩序に欠ける様な気がします。 あと、保護者との掛け合いですが、こんなことを言うのは何ですが相手は10代でお子さんを出産して一人で育ててらっしゃる方(女性)で、車もファッションもいわゆるヤンキー調の方です。いつも屈強そうな数人の男性にとりかこまれており、交渉するにも大変勇気がいります。
- hallo_haro
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まずはお怪我のこと、お見舞い申し上げます。 すみませんが少し冷静になられた方がよいと思います。 放課後とのことですが、学校へどのような責任をお求めですか? 早く帰さなかったことですか? であれば、今後学校は授業が終わったらさっさと子どもを学校外に出せと言う事になります。 危険な遊びをしないといった指導不足でしょうか? 今回の遊びが、危険な遊びのトップ10に入るといわれるような遊びであれば別ですが、ありとあらゆるケースを想定して注意するのは不可能に近いと思われます。 次に相手のお子さんに対してはどのような責任をお求めですか? 読む限りでは、脅されて強制的にやったわけではなさそうですし、相手側の言い分は書かれていませんので分かりません。 やはり、相手も10才に満たないお子さんですので、責任能力を問うのは難しいと思われます。 最後に、泣き寝入りとはどういう意味でしょうか? 今回の件では、申し訳ないですが、一方的に被害にあったという印象は薄いです。 貴方のお子さんは、少しでも抵抗したり、拒否をされたのでしょうか? その辺り、少し補足を願います。 参考までにですが、学校内の事故と言うことで、学校で入っている保険の適応にはなる可能性はあります。 (学校の授業の一環で起きた事故でない部分に引っかかりを感じますので、必ずとは言い切れません。) もし保険が出た場合は、その後の治療費等は話し合いによると思います。
お礼
>>放課後とのことですが、学校へどのような責任を・・ そうですね、そのような判決もありましたね。 >>危険な遊びをしないといった指導不足でしょうか? 学校関係者のような御指摘ですが、ただ、できることは尽くしたという説明が学校からはほしいです。 >>相手のお子さんに対してはどのような責任を・・・ 子どもに責任は無いでしょう。ただ、日ごろの素行の悪さを放置している(かもしれない)親の責任です。 私の考えでは学校だけではなく、友達の親にも責任があるのではないか?(ただし、法的に責任を問うのは非常に困難そう)といった気持ちが大きいです。最低限、誠意がほしいのです。今のままでは、その子の素行も一向に改まる気配はありません。 あと、仮に学校から保険が出ても将来の治療費は多分でないでしょう。説明は今のところありませんが・・・
補足
泣き寝入りとは、本当に学校にも友達の親にも何の落ち度も無いのか?そんなことでこれからの子どもを守っていけるのか?といった意味です。2度と学校でうちの子の様なことがないようにするために何かできることはないのかと考えた次第です。 抵抗、拒否の点ですが、うちの子の性格といままでのその友達との付き合い方を見れば断るのは不可能であったと容易に予測されます。(それで我が子をせめるつもりはありません。もちろん教訓にはしてほしいです。) 子どもはおおくを語りませんが、担任の聞き取りからは3さんの回答がしっくりきますので、以下に引用します。 「階段を急速に下りる遊び」は、お子さんには魅力的に思えたのでしょう。たとえ相手が、一緒に遊びたくない、避けたい友達だったとしても、「面白かったから、ちょっとぐらいは…」という気分になったのかもしれませんよ。
こんばんは。 法律には詳しくありませんので下記HP参考にして下さい。 こういった場合『予測可能』かどうかがポイントになるのではないかと思います。 お書きの内容からですと、以前にいじめがありクラスを分けたという事実があるわけですから、ある程度までは学校の監督責任といじめ根絶への配慮不足は問えるかもしれません。 ただし責任が問えたとしても、これはあくまで『今回の件がいじめによるものである』と証明可能な場合によるのではないかと思います。 子供の行動は憶測の及ばない事が多く、また帰宅時まで一人の子どもに付きっきりになることは現実的には不可能です。 どの程度学校(自治体)に責任を問えるかはかなり難しくなるのではないかと想像します。 今何より肝心なことは、今後同じような事が再び起こらないような配慮を学校側に何が何でも求めるべきです。 これは訴訟云々ではなく、お子様が命令されてやったことだと仰っているのですから、親としては当然学校側にその気持ちを伝えるべきです。 でなければお子様は誰も信じれなくなります。 また出来る限りお子さんに勇気を持って対応するよう指導してあげて下さい。例えば防犯ブザーを持たせて無理矢理何かさせられそうになれば鳴らすよう教えてあげて下さい。まだ3年生ですから相手にとってはこれを鳴らすだけでもかなりな抵抗になるはずです。 暴力を受けたりするようなことがあるようでしたら、隠さずにすぐ職員室もしくは保健室に行くように指導して下さい。 後は自治体を相手取り訴訟を起こすしかないと思います。 というのも学校側が例え責任を認め謝罪を受けたとしたところで、それだけでは気持ちが収まらないでしょう? となると残念ですがうけた損害を『金額』として換算する方法しか残されていません。 言うまでも無く相当な年数とお金が必要になることは免れません。 また相手のお子さんのいじめによるものだと仮定しても、証拠も無く、年齢が10歳程度となると、相手方に責任を問うのはほぼ不可能であると想像します。 今後はお話し合い等全てを記録に残しておかれた方が得策かと存じます。
お礼
HP大変参考になりますね。じっくり読んでみます。 ところで、予見可能性の件ですが、学校はこんな危険な遊びをするなんて思いもよらなかったの一点張りで、友達の危険な行動パターンに対する予測については何度聞いても要領を得た回答はありませんでした。 ただ、市相手の訴訟は疲れます。むしろ書きこみの動機は友達の親に誠意が無いといったところでしたから。
- songbook
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この件に関して、学校が「責任がない」とは、ひどい話です。No.2の方が仰るとおり、まずは学校に問い合わせましょう。とぼけられるはずがありません。最低でも管理職が、知らないはずがありませんので。 いつごろの話ですか?急いだほうがいいですよ。 次に考えたいのは、その友達との対応ですね。 学校からは、お子さんやその友達に関し、指導はあったのでしょうか。特に、その友達については、どうだったのでしょうか。 驚かれるかもしれませんが、往々にして、 「これは、あんなところで転がったあいつが悪い。先生たちは、安全に気をつけろというけど、俺は転ばなかったから、安全だったんだ。どじな動きをしたあいつが悪い。」 「けがをしたから、かわいそうと言えばかわいそうだが、失敗したんだから仕方がない。」 と、心の底から本気で思っている子は、けっこういるのです。文脈から察するに、その友達の考えていることは、そのレベル止まりだと思われます。お怒りになられるかとは思いますが、このタイプの子は、これ以上のことをを察する発想回路を持っていないのです。 とすれば、じっくりと担任が、その子に対して心の指導をするべきなのです。 次に、あなたのお子さんですが、 どうして一緒に遊んではいけないのかを十分理解しているのでしょうか。 「一緒に遊ぶと、命令されたり、乱暴されたりする。それが嫌だから遊ばない。」まずは親子でこのことをしっかり確認すること。でもそれ以上に大事なことは、いくら怖くても、本人から、その意思を友達に、はっきりと明言させることだと思うのです。 正確には、「危ないと感じたら、または、嫌だと感じたら、僕はそこからは一緒に遊ばない。」なのでしょうね。そこは宣言させるべきだと思うのです。それが、子どもたちなりの、「人権を守る意識」です。 それを言われれば、多少はその友達も、「どうして自分に非があるのか」について、考えることができるようになるかもしれません。 「階段を急速に下りる遊び」は、お子さんには魅力的に思えたのでしょう。たとえ相手が、一緒に遊びたくない、避けたい友達だったとしても、「面白かったから、ちょっとぐらいは…」という気分になったのかもしれませんよ。でもそこで、断る判断力をもてるようにしたいところです。 そして、その友達の家に、親子で出向くべきです。(学校の担任同伴が望ましい)そこで、安全に関することや、心の痛み、どうして現在、あなたのお子さんは一緒に遊ぶことを避けようとしているか、などについて、はっきりと話し合うことが大切です。 そのような気質の子に、これだけで効果があるとは断言できませんが、少しでもその子の心にブレーキがかかってくれることを期待したいですね。
お礼
御丁寧にありがとうございました。 話の場に出てくるのは専らうちの子の担任で、一般的な指導をしていたことはわかるのですが、特にその友達(うちでは素行が悪いと気をつけていた)については、何度聞いても学校がどのような認識を持ったり、その子の担任がどのような指導をしていたかの話をしていただけないのです。(個人情報の関係もあるのでしょうか?) あと、友達の発想回路云々については100%同意です。 我が子の指導もおっしゃるとおりですが、家が近所なので会わないようにするわけにもいかず、結局見つかったら遊ばされていたようです。 親には去年一度だけいじめないように言いましたが、20代半ばの若いヒステリックな方でおそらくこちらの気持ちは半分も伝わっていないような気がしました。
- mot3355
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児童は責任能力がない扱いとなり、不法行為の損害賠償の義務はありません(民法712条)。 しかし、本件の損害賠償義務は児童の監督責任者にあります(民法714条) 故に、学校の監督下に起きたのですから、監督責任、傷害の賠償責任は学校が負うこととなります。 必ずと言っていいほど学校は負うことを避けようとします。 学校が負うことを承諾したら、学校は非を認めたことになるからです。 学校へは、「学校監督下の事故は、監督責任者の学校が責めを負わなければなりませんので、学校に医療費と後遺障害賠償を請求します」と、言って下さい。 「遊び中の偶発的な事故では誰の責任も問えない」ということはありえません。 天災地変以外、すべての行為に責任が生じます。 傷害が学校外で起きれば監督責任・賠償責任は親になり、塾で起きれば塾になります。 友達の命令も、学校管理下の出来事ですから、友達の親が責めを負うのではなく、監督責任者の学校が責めを負います。
お礼
御教示ありがとうございます。 学校は事故があった直後に一応親の職場まで電話してきました。それが通じてから親の了解を得てはじめて病院へ連れて行ったそうです。その後、4-5日して何の状況説明もないので、メールでどうしたことかと問うたところ、はじめてあわてて拙宅へ担任が説明に来た次第です。 それからは何度会っても予測不可能な遊びで学校に責任はないの一点張りです。 そろそろ専門家にたのんだほうがよいのでしょうか。
- lilact
- ベストアンサー率27% (373/1361)
学校で起きたことは学校に責任があると思いますね。参考URLを見てみてください。 また、事故の説明が不十分とか救急車をすぐ呼んだかなど学校の対応に納得がいかないときは、教育委員会に相談されるとよいと思います。教育委員会はだいたいホームページを開いていて相談窓口なども掲載されていると思われます。
お礼
ありがとうございます。 今日は図書館で色々と本を読んでみました。 すると、放課後なので学校に責任は無いとか、あと、コマ回しや鬼ごっこ中の事故は誰にも責任が無いなどという判例が続々出てきて、お先真っ暗な気持ちになりました。 よくある子供同士の遊びといってしまえば、どうも分が悪いようです。ただ、今回の遊びはどう考えても危険な遊びですよね。そこを押さえて監督責任から考えていくのがヒントのような気がしてきました。
お礼
いつもありがとうございます。 おっしゃられる趣旨は大変よくわかります。こちらも家族、親族、友人の間でもいろいろな意見があります。 >>一方的感情による責任追及は、それこそ正義でも平等でもなくなってしまいます。 そうですね。感情のおもむくままやれ復讐だ、訴訟だというのでは憎悪の循環が永遠に続くだけです。今回も、相手側が法的な責任云々は別としても、せめて「大丈夫?」の見舞いの一言でもあれば、こちらもここまでつらい思いをせずに未来志向でものを考えることができたのかもしれません。まず第一は子どもの視線として、専門家へ相談するというは、(今後どうするかは別として)私どもの精神安定剤としては有効かもしれませんね。