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単なる行政区画で決められた範囲なのか?
都、道、府、県、市(郡)、町、村 の土地区画は、どのようにして分けられたのでしょうか。 例えば、市は人口5万人以上で中心的市街地に全戸数の6割以上があり・・・ 等の定義がありますが、なぜあの地形になったのかが知りたいのです。 地図を見ると入り組んだり、直線だったりと変わった地形の地域があります。 昔の土地所有者が、どちらの集落に入るか?の選択により結果的にあの形になったのだろうか と勝手な想像をしています。 詳しい方、よろしくお願いします。
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あまり自信はありませんが、結局のところはご想像のとおりではないかと思います。 都道府県の境界は大体古代以来の国(武蔵とか大和とか山城とか)の境界や、郡(多摩郡とか葛飾郡とか)の境界で切っているようです。 県境上に山脈や河川があればわりとわかりやすいですが、そのほかの部分でも比較的明瞭な境界線になっています。 市町村の境界だと、自然地理的条件や歴史的経緯を踏まえて、結局は境界を決めた時点での土地所有者がどちらの集落に属しているかで境界線が決定しているようです。 すっぱりと河川だとか、道路で直線的に決まればわかりやすいのですが、一軒ごとに入り組んでいたりするややこしいところもあるそうで……
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こんにちは。 田舎暮らし12年です。 ここに住み着いて「町」との違いにいちいちカルチャーショックを受けていた当初が懐かしくさえあります。 さて、ご質問の自治体の形ですが、ご推察のとおりだと私も思います。 と申しますのは、「隣組」が未だ通用している地域なんですが、飛び地で構成されているものもあるんです。 もともと、いま済んでいる地域は古い埋立地だったんですが、開拓団のような形で入植した人々が自治組織として運営したもののようです。 今は新しく住宅団地ができたり、昔からの集落に新築の家ができたり、集落の形は変容しながら成長しています。 その中で、間に別の「隣組」を挟んでひとつの「隣組」が存在し、運動会のチームも地域の寄りにも機能しています。 そして、そのようなもろもろの「隣組」の集合体が「区」を構成しています。当然、田んぼや畑もまだ多く、いわゆる「区」の境界線は、田んぼの形で仕切られています。もし、そこに住宅ができたら、そこまでが「集落」と言うことになります。 さらに「区」を近隣で合わせて、「校区」が構成されています。これは、皆さんご存知のとおり、「小学校区」のことであり、通常の地域では、3~4キロの距離となっていますね。 このような地域集合体を生活圏で仕切ったものが「自治体」を構成していると思います。
お礼
回答ありがとうございます。 >いわゆる「区」の境界線は、田んぼの形で仕切られています これから考えてもやはり地主あっての区分けですね。 複数回答が得られて、この考えで良かったのだ と安心できた気がします。 でも別の考え方としては、地球レベルで考えて戦争(地取り争い)でもあったのかな?と 笑い話的考え方もありました。 ありがとうございました。 配点は同内容でしたので、先着順とさせていただきます。 悪しからず御了承ください。
お礼
回答ありがとうございます。 勝手な想像そのままだったとは・・・。 少しホッとできたのと同時に同じ質問をされた場合にハッキリ 言い切れないのが解かって残念でもあります。 今後、周りから訊かれたら言い切っちゃってもいいでしょうか?