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スポコン漫画では魔球を打つのが大問題でしょうか?

昭和の時代のスポコン漫画では、魔球を打ったり、魔球を打たれたりするのが人生の大問題で、魔球を1回でも打たれると死ぬるように絶望するのでしょうか?

みんなの回答

  • nagata2017
  • ベストアンサー率33% (6878/20342)
回答No.3

新しい魔球を考えるようになります。 しかし消える魔球は 水をまかれるとできないから  打たれるよりも 水をまかれるのが盲点だ

  • yaasan
  • ベストアンサー率22% (2725/12280)
回答No.2

魔球を使用する漫画ではそれが中心に話は展開していくのは間違いないです。しかし、打たれた時は深い絶望をしても、では打たれない魔球を開発しようと新たに特訓をし、新たな魔球を完成し、次は同じ打者をその魔球で打ち取って、留飲を下げるという展開が広がり、読者にはそのジェットコースターのような感情の起伏に共感してもらうように作っていたと思います。 さらに打てなかった魔球を打つための特訓をし、見事に打ててるようになる過程も同様に描かれて、読者の共感を誘っていたと思います。

  • sknbsknb2
  • ベストアンサー率38% (1158/3030)
回答No.1

まあ、野球で考えると、先発投手がたかだかホームラン1本打たれただけで自主降板してたら監督にどやされちゃうので現実的ではありませんねw 魔球を投げる側と打つ側を、ミステリーにおける犯人と探偵だと思えば少しは納得できる気もします。 魔球を投げる側は打たれないように工夫して魔球を編み出し、魔球を打つ側は魔球を解析して打つための工夫や訓練をして打つ。 ミステリーの犯人は捕まらないように工夫してトリックを考え出し、探偵は動機やトリックを推理して犯人を割り出す。 ミステリーなら犯人が特定された時点で犯人は絶望するでしょうから、魔球を打たれたときもそういう感覚なのかもしれませんね。

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