- 締切済み
みなさんだったらどうしてましたか?
昔いた職場での話です。 中途で入社当時、定年近い先輩が指導係で付いてたんです。分かりやすいくらい昔の時代の親方タイプで、人の2倍努力しろ!そうすれば半分お時間で仕事を覚える。残り半分また別のことが学べるだろ!休みの日も常に仕事のこと考えろ!常にアンテナ張って何でも吸収しろ!自己満足したら終わりだ!ということを良く言われました。 また、俺はこれだけのことやってきたんだ!こういうことしてこれまで会社に貢献したんだ!これだけ人を育ててきたんだ!という自慢。 他の先輩に教わったやり方をやってると、そんなやり方教えてねえだろ!俺が言ったとおりのことやれ! あいつはそうやってたかもしれないけど、あれじゃお話にならねえんだよ!ただ、他の面でできてるから俺は何も言わないだけだ!と、このよう態度は私にだけで、他の人には怒った姿は見たことがありません。いい加減な仕事していても、あいつはあういうところがある。俺はあれはどうかと思う、と言った愚痴もよく聞かされてました。 また、何かを質問されて、○○です!と答えた時に、ですという言葉が聞こえなかったのか、○○です!!だろ!!誰に向かって言ってるんだ!!言葉もわからねえのか!と皆の前で大激怒。 またまた、怒鳴られて嫌だろ?昔はこんなの当たり前だ!こんなのましな方だ!怒鳴らると嫌だからもっと気を付けようってなるだろ?これを言いじめだと思うか!?と言われたり。 そんなことが数か月続いて精神的に辛くなってしまい、ある日思わずドアを強めにバタン!と閉めたことがあり、すかさずそばに来て、面白くないか!?俺だって面白くねえよ!!とまた大激怒。 その翌日から、挨拶しても無視され、何か話しかけても嫌そうに邪険に扱われるようになりました。 その数か月後、うつ病になりました…。他の人から、○○君はよくやってるよ!むしろ覚えが早い。そう言ってもらえてたんですが、私はダメ人間だとしか当時思えず…。 昔の話ですが、当時私はどういうスタンスで働けばよかったのでしょうか? 言われた通りにできる限りやってたし、どんなこと言われても我慢して耐えてました。いつか認めてもらう、優しくなってもらえると信じで。でもむしろエスカレートするばかり。ドアを強く閉めることも許されることではなかったのでしょうか。 今は無職で求職中ですが、あれ以来人から怒鳴られたり働くのが怖くなってしまって…。 楽しくもないような内容にもかかわらず、ここまで読んでくださった方ありがとうございます。何かご意見いただけると幸いです。
- みんなの回答 (11)
- 専門家の回答
みんなの回答
- chinamadical
- ベストアンサー率0% (0/2)
今は、特に仕事をしてませんが自分の自信をつけるため、 英語とプログラミングの勉強をしてます。あまり他人の言うことは あてになりません。壁にぶちあたったとき人生は長い階段だと思ってください。盲人でも生きていけます。がんばってください。
- KZ1105A1
- ベストアンサー率26% (277/1045)
付記3 勘違いしないで下さいね。 若い当時で、そこまで精神が破壊されるという前提です。 これ30中半過ぎてやれば、単なるキチガ○です。 40も過ぎた現在なら、思考を変えなければいけません。 どこに行こうが、意見の違い、理不尽な上からの指示はあります。 それをどう昇華するだけの器量が大人の男として求められます。 精神も肉体もそこそこは鍛えなければいけません。 当年63ですが、今だに大型バイク乗り回しています。 高野山、他有名な寺があります。1ヶ月で良いので修行して下さい。 そこで学んだ事は、私の回答の主旨だと分ります。
- KZ1105A1
- ベストアンサー率26% (277/1045)
付記2 多分ですが、その場で大ケンカ(胸ぐら掴んでボコボコ)にして、逮捕になっていたでしょう・・・傷害1加算です。笑 人間には限界点があります。 絶体踏み込んではいけないラインがあります。 そこに上として踏み込むなら、全てを受ける、ケツを持つ覚悟が必要です。 決して誉められた事でもありません。出来ればしてはいけません。 でも、自分、精神を守る為での行動としては、一般的に「まぁ男としては仕方ねえな・・・」になります。 精神が破壊寸前になれば、多分、チョーパンから始り頭かち割り、カタワの生涯を送らせてやります。多分重い傷害罪か殺人未遂でしょうね。 それが私らの生き方です。検察、裁判官なぞでも謝罪なぞしません。
お礼
KZ1105A1さん 大喧嘩ですか!! でも心が壊れる前に自分を守るためにということですかね。その代償も覚悟のうえで。 正直私の求めてる生き方とは違いますが、でも嫌だ!つらい!という意思表示は必要だなと感じました。私の場合は傍から見れば、表向きは愛想良くて何言われても嫌な顔せず従ってくれる。それだと相手には何も伝わってませんもんね。 私としては、これだけ気を使って我慢して言われた通りに頑張ってやってるんだから、もっと普通に接してくれよ!って無言の訴えでもあったんです。ちょっといつも言いすぎてるから怒鳴るのは辞めよう。いつも頑張ってるから優しくしてやろう。と変わってくれることを願って。 ある意味、私も相手に自分の都合のいいように変わることを期待してたんですよね…。 私が思いついたのは、本人に直接言っても余計に怒らせるだけかもしれない。なので、他の上司を頼って第3者を入れて話し合う。これも私にとってかなり勇気のいることですが、そうしないと自分は壊れてしまうとわかったわけですし、自分も変わらないといけませんよね。 一応、私は格闘技は好きで軽く鍛えてもいて、本格的に空手とかボクシングジムとか習うのもありかなっておもってるんですけどね。いま40なので、今からできるかわかりませんが…。 心を鍛えるのは難しいですが、体鍛えることはまだやりやすいですからね。
- KZ1105A1
- ベストアンサー率26% (277/1045)
付記です。 GS店員、訪問販売、運転手、用心棒、サラ金取り立て、不動産業会・・色々してきました。(殺人以外は大概やりました。) 理不尽な事ばかりでした。 でも、自分の信念だけは曲げませんでした。 どっちが正論、真実なんだよ!・・・とばかりいつも心の中で思い堪えていました。 いつかは必ず見返してやる!!・・・ お前の様なくだらん上司にはならない! これだけを秘めて生きてきました。 年収6000万になり、昔私に住宅情報を投げつけた上司に街で会いましたが、○○さん、元気かね?と云ってやりましたね。 もう、アナタは眼中に無い事は分ったでしょう・・・ 尊敬出来る上司、先輩を持つ事で人生大きく変わると思います。 全く違う部署での先輩といまでも付き合いあります。 ダイア時代からでもう30年近いですね。今でも「アニキ」と呼んでいます。 男が惚れる男を見つけて下さい。 人生は些細な人間関係、思考で変わります。 自分という人間性を忘れずに・・・・
お礼
KZ1105A1さん きっと私よりもはるかに色々なことを経験して、色々な苦労を乗り越えて来られた方なんでしょうね。 それを乗り越えることができた、私のように心が病んでしまわなかったのは、自分の信念を曲げなかったということでしょうか? そういう意味で言うなら、私の信念って何だろうって考えてしまいます。 それこそ、そのパワハラ上司のことで病んで無職になった時、自分はこんなにボロボロになるまでいったい誰の何のために頑張ってたんだろう。その答えが分からなかったんですよね…。 肝心のその上司は、おそらく私が鬱で辞めたことは知らないでしょうし、根性のない奴だとしか思っておらず、その後も変わらず働いていたことでしょう。 もしKZ1105A1さんが同じ状況であったら、どうされてましたか?
- eroero4649
- ベストアンサー率32% (11074/34517)
そんな上司ばっかりだった時代もありましたね。みんなそうだったので、そういうもんだと思っていたという部分もあったと思います。 今60歳くらいの引きこもり第一世代の人たちは、そういうので心が折れて引きこもってしまった人たちが少なくないと思います。バブル崩壊後は過労自殺する人もいましたね。その世代の人たちは心をへし折られたのに「根性がない」「甘えてる」といわれて批判されていましたからね。 会社から携帯電話を持たされて、24時間会社から電話がかかってくることに耐えられなくて自殺しちゃった人もいましたね。今は比較的当たり前というか、みんな慣れちゃったと思うのですが、携帯電話がまだそこまで普及していなかった頃は「24時間どこでも会社から連絡をされる」ってのは耐えがたい苦痛だったんですね。 そういう人への対象は「流す」ってことなんですよ。聞き流す。口ではハイハイいいながら、まともに受け入れていない。受け入れたようなフリをするだけなのです。 そういうタイプの人は「自分のいうとおりにいわれることをとにかく望んでいて、その結果は問わない」という人と「とにかく結果を出せばなにもいってこない」という人に分かれます。たぶん、その人は後者のタイプだったと思います。 とにかく結果を出して「これも〇〇さんのおかげです!」っていっていれば、きっと「アイツは俺が育てたんだ」とどや顔で吹聴して回ったと思います。 大谷翔平選手はまだ若いから、いろんな評論家やOBが彼にああしたほうがいい、こうしたほうがいいと頼んでもいないのにアドバイスをしてくるそうです。で、彼はああいう人ですから、爽やかにハイ、ハイというんですって。 でも、後の練習を見てもアドバイスを全無視してるとかが日ハム時代からよくあったそうです。クレバーですよね。 ちなみにそういう環境で育った世代は、そういう指導をされたときにどうしていたかというと、返事はいつでも「ハイ!」でした。他に選択肢が許されない時代だったのでね。 でも、内心は「ふざけんな、クソジジイ」とかいって毒づいていましたね・笑。それで、カラオケで「YHA YHA YHA」とか歌ってましたね(https://youtu.be/yfZIaTZJo0o)。「今からそいつを これからそいつを 殴りにいこうか」ですからね・笑。この曲が主題歌になったドラマ「振り返れば奴がいる」は、エリート医師二人が対立してお互いに潰し合おうとする内容ですからね。
お礼
eroero4649さん 昔はそうだったんですね。でも私は転職するたびにそんな人ばかりでしたが…。だから、たまたまではないんだ。いつも同じ壁にぶつかるのは、相手が悪いのではなく自分の問題なんだと。 まさにそうで、心が折れてしまったのは甘えだ!弱いからだ!と自分で思ってました。厳密には世間はそう言うだろうと。先に周りに言われる前に、自分で言ってる方がまだマシという変な防衛反応があったのかも。 流すですか…。気にしなければいい!堂々としていればいい!よく誰かに言われてました。でも、それができたら苦労してない!!っていつも心の中で思ってましたね。 気にしないようにしても休みの日も1日中、ひどい時は夢の中にさえも出てきましたから。 でも、大谷選手ってそういうタイプなんですね!! 誰の意見でも素直に聞いていそうなイメージでした。 それに、最初にお話した通り、違う先輩から教わったやりやすいと思ったやり方でやっていたら、そんなこと教えてねえだろ!と大激怒されてましたから。でも、あの先輩に教わったんですとも先輩に飛び火がいくので言えないですし。チクったろとも思われたくないですしね。 なので当時は、その先輩の前ではその先輩のやり方でやるようにしてましたね。他の時は他の先輩のやり方。結局、みなやり方が違うので、同じ作業を何通りもの方法でやってた記憶があります。1つ覚えればいいのに、余分に数個覚えなければいけないみたいな。 内心は、なんでこんな言い方ばかりされないといけないだろう。もっと普通に言ってもくれればわかるのに。自分は何か嫌われるようなことしたのだろうか。自分の何がいけないのだろうか。その答えが分からなくて、次第にどう接したらいいかもわからなくなったんです。どんなに頑張っても通用しない。正解もわからない。だからもはや得体のしれないものを相手にしてるような恐怖でしかないんです。そして気づいたら心と体が…。 スポーツが趣味で、休日は友人らとたまにやってたし、発散はできてたと思うんですけど、毎日できるわけじゃないですからね。仕事は毎日なので…。
- yaasan
- ベストアンサー率22% (2725/12280)
ムカついたら、キレてみても良かったんですよ。周りは最後には相手にしなくなって、凄まれても返すようになって、偉そうにできなくなったところに新人であなたが入ってきて、あなたにだけ偉そうにできたから、わざわざ偉そうにして、ストレス発散のはけ口にされていたということ。早くにお前のストレスのはけ口じゃないんだよ、と解らせてあげれば、大丈夫だったと思います。 私がその立場なら、徹底的にスカシますけどね。実際、そういう出来事に遭って、スカシてたら相手がクビになりましたw
お礼
yaasanさんありがとうございます。 思い出しました!ある先輩は、 私が落ち込んでるのに気づいてなのかわかりませんが、俺だってあの人のこと気に食わないと思うことあるよ。でも、年上で先輩だから敬ってるだけだよ。と言われたことがあります。 決して周りから慕われてる感じではなかったです。 私が同じことしたら、ぶん殴られてもおかしくないことを他の先輩がしていて、それでも見て見ぬふり。そして良くあったのが、あいつのあのやり方は真似するなよ!!です。じゃ、自分と同じように注意すればいいのにって思ったのを思い出しました。 でも、他の人にはもう言えるような関係にはなってなかったんでしょうね。だからこそ、唯一好き勝手言える私はよいはけ口だったのかもしれません。じゃ、そんな人に私は必死で病気になるまで認められようとし続けてたってことでしょうか…。怒鳴られるのはすべて私が悪いと思いながら。 ただでさえ、普段人に切れることがないような私(ただ我慢してるだけですが)が、キレてる相手にキレ返すだなんて、倍になって返ってくるだけでしょうしとても怖くてできなかったです。立場的にも1番弱い立場ですし。 周りだって怒鳴られても助けてくれる人はいなかったですから。同じ辛さを分かってくれる仲間もいない1人で、そんなこととてもできなかったです。 ドアの件は怒りを抑えられなくてやってしまったんですが、相手は目の前にはいなかったのに、すぐにその音だけで私の心情を察したのかこちらへ飛んできて、俺だって面白くねえよ!!!!と大激怒してきたほどですからね。 それからは態度が一気に冷たくなり、目も合わさないし挨拶も無視、質問してもあからさまに嫌そうに答えるようになったんですよね…。 当時は嫌われてしまったとショックでしたが。1番恐れてたことですから。もし我慢して耐えていればそうはなってなかった。でもそれだと鬱になってしまうこともわかった。 じゃ、どうすればいいんだって。辞めても職歴が増えるだけ…。
- kurokuro_siro
- ベストアンサー率12% (337/2674)
いつそう思うようになったのか覚えていないのですが、かなり若いときから自分のことをデフォルトダメ人間だと思ってがむしゃらやっているので、ぼきっと折れることはなかったのですが、気持ちはわかります。 (大人のいうことを真面目にきいてきたせいかもしれません。例えば学校の先生たちはさまざまな相手に対してメッセージを出すが、全部まともにうけとめるととても矛盾します。) ふつうの家族や友人などの味方のいる場での処世術では乗り切れないタイプの相手への対処を新規持つことが解決への道なのかなと思いました。 理不尽な相手に対しての喧嘩のやり方がいろいろあって、そういうことを覚えていくといいのかもという気もします。 あきらかに相手が変なこと言ってる場合は、単に同じことを復唱してみるだけで、微妙な雰囲気になったりします。 公民権運動ででてきたといわれるアサーティブ・コミュニケーションという弱い立場とみられる実際に弱い立場にある人がどのようにたたかうのか、というコツ集もあるので調べてみるといいと思います。 戦前の教育、まさにファシズムと市民社会を生きること、公民権運のたたかいはまだ続いていて私たちの日常にあるのです。 と、それから、この上司さんはたぶん周りの人に甘えて生きています。そういうところは哀れであると思えることは大事かなと思います。 誰か身近で手を差し伸べる人(全面的に甘えさせるのではなくて)がいればいいのにね。
お礼
kurokuro_siroさん。 自分でも言うのもなんですが、私はいわゆる真面目な人、いい人だと思います。人に直接怒鳴ったこともほとんどありません。反抗期もなかったと思います。 でもそれは、そうした方が周りから褒められたり、良く思われるからです。人に迷惑かけてはいけない。これも私の絶対なルールとしてあるので、そのためには、自分を抑えてでも人から嫌われないようにしてしまう癖はあるかもしれません。 でもそこで問題なのは、それでも通用しない人がいるってことです。相手にとっては脅威ではなくむしろいい人で優しい人やってるのに、なぜか友好的ではなく攻撃をしてくる人。だから、どうしたらいいか私もわからなくて。でも唯一知ってるのは、相手に嫌われないように気を使っていい人をやること。だから、通用しない人程その度合いをより強くするしか方法がなかった。より自分を押し殺す、より我慢する。より気を使う。より頑張る。みたいな。 アサーティブも勉強しました。そういう類のものはたくさんやりましたね。アンガーマネジメントや様々なストレス対処法や、コミュニケーション術などなど。 でもそれではなかなか自分を変えることはできませんでしたね。なので、さらにそんな自分を自己否定してしまうの悪循環。 ただ思い出しのは、当時それで心も体もおかしくなって、もしかしたらと思い病院に行ってうつ病と診断されたんです。正式には他の病院では別の病名だったり、精神科はいい加減なものだなと思ってるんですが、立場的にはその上司より上の上司に、これまで悩んでたことや病気になったことも話したんです。 休みがほしくて言ったのかな。でも、それでどんなこと言われるか怖かったんです。あまえだ!お前が悪いだろ!仕事できないお前の努力不足!などと。 でも実際は全然違ったんです。そのパワハラ上司は、その上司の前で怒鳴ることはなかったので、そうだったのかとそこで初めて知ったと思うんです。それで、責めるどころかすぐにシフトを変えてその上司とかぶらないように変えると提案してくれたんです。それが私としてすごくびっくりで。ちょっと泣いてしまったと思うんです。自分の辛い気持ち少しでも分かってくれてるような気がして。 結局、そのあと1日しか働けずすぐ休職になったんですけどね。 もっと早くに周りにSOS出せてたら違ったのかなって。 それは新たな選択肢として学んだことかな。
- KZ1105A1
- ベストアンサー率26% (277/1045)
もう昔の事ではありますが、当時は辛かったでしょう・・・・ 私ら昭和30年代前半産まれなぞ、そんな事小学生の頃から日常茶飯事でした。 先生、先輩、上司、皆真実ではなく事実だけを取り上げて、理由も無く殴られ、処罰され・・・それは酷いものでしたヨ。 でも、私らはそんな事にはめげませんでした。 どこかでストレスの発散方法を自ら編み出し、適度に抜いて、そして暴れていました。何度も警察のお世話にもなり、免許も取り消しになったり・・とそれは1冊の本にも収まらない人生です。 人に使われない仕事(起業)をしてみれば良いですよ。 何でもあります。 有る意味別なストレスでもっと酷い目に遭いますが・・・笑 28から代表取締役です。
お礼
KZ1105A1さん。 昔はそうだったんですね。今はまだマシな方だ!と言ってたのも嘘ではなかったんですね。 警察のお世話になってるような人は…と遠ざけたくなってしまうのが私のようなくそ真面目人間の発想ですが、そう言う単純なことでもないんだなって思うようになりましたね。 私にもそういう部分が必要だったなって思います。警察のお世話とかという話ではなく、自分の気持ちを大事にするというか押さえつけず外に出すというんでしょうか。自分だけは自分を認めてる感覚? 私は否定して決して表に出すことはなかったですから。ドアの件はあまりにも抑えられず出てしまいましたが、それでもあとですごく後悔しましたね。なんて馬鹿なことしてしまったんだ!相手を怒らせて完全に嫌われてしまったって。 でも今思うと、それだけ自分の本当の気持ちを誰かに分かってほしかったし苦しかったんだと思います。 趣味でスポーツのサークル活動を10年以上はしていて、そこでは私が代表というほど大きくもなんともないですが、幹事のようなことしてます。人に使われるのが合ってないのでしょうか…。でも、合わないのはごく一部のパワハラ気質な人だけなんですけどね。 それに仕事自体は好きな仕事で、1人でできる仕事ではないので難しいのかなと。 でも何とか自分を変えてもっと楽し人生にしたいです。 その1つが、おっしゃってくれたように、自分を抑えることよりも出すことなのかもと感じました。
- tuyosik
- ベストアンサー率4% (130/2735)
今ここ自分の心と体に集中する、過去に戻らない、他人を気にしない。ありのままに知る。怒らない。悪友から離れる。善友に親しむ。悪口しない、陰口しない、無駄話しない。楽しく。慈しむ、哀れむ、ほめる、放っておく。自慢しない。まっすぐやり終える。精進する、悪いことしない、よいことする。学ぶ。貢献する。ちょうどよく、ふさわしく。生命が幸せで悩み苦しみなく願い叶うように考える話す動く生活する。優しく。確信する。軽く閉める、軽快に、静かに、冷静に。と思います。
お礼
tuyosikさん。 仏教の瞑想の考え方に近いですね! 実は最近はそこにたどり着いてるところです。思考で思考を変えようとするのは無理だなと。むしろ、余計な妄想や思い込みに囚われていて、それを払いのけることができれば、本当の目指すべき課題なり方向が見えてくるのかなと。 実際、言われたことされたことは事実ですが、それをどう受け止めてるかは私なんですよね。 ここで聞いてくださってる方もそうですが、人によって全然捉え方なりそのあとの反応や行動も違いますし。それならおのずと結果も違ってくるでしょうね。 私は他だ一辺倒で同じ方法を取っていただけ。しかも成功した前例もない方法を唯一の方法と信じて…。だから何度失敗してもそれをより強化することしかできなかった。その結果壊れてしまった。 しかも、壊れたのにも関わらず、もっと強化してやれなかった自分を責めてる。 次は変わりたいです…。もうこんな苦しみは味わいたくないです。
- qwe2010
- ベストアンサー率19% (2193/11072)
同じような経験をしています。 良いとか、悪いとかは、別にして、相手に合わせて働いていました。 よくない中にも、何か得る良い技術は持っていましたが、 頭の弱い上司を持つと、疲れるばかりで、効率は悪いですね。 賢い人と、仕事をするのはとても楽です。 7年ほどたって、体を壊して転職しました。 知識と、技術は、習得しましたので、 その後の転職、仕事面では、大きく役にたちました。 まじめに仕事をしていましたので、数社の社長から、うちに来ないかとの誘いもありました。 我慢すること、頑張ることは必要ですが、 それには、自分なりに許容範囲があります。 その範囲を超えれば、逃げ出すことが必要です。
お礼
ありがとうございます。 同じ経験されてるんですね! でも病気になることもなく、今も良い環境で元気に働かれてるんですね。私もそうなれるかな…。 おっしゃる通り、直属の上司ってことになりますが、似たような人が多くて、その前の職場ではおそらく病気になる 直前で数回辞めてたんです。なので、運が悪かったと気持ち切り替えて次に行けたんですが、それは逃げ出し甘えだという負い目もあったんです。 だから次は絶対逃げないと!それで、病気になるまで限界こえてしまったわけです。正直、限界があることもわかってなかったです。だから、病気になった自分をひどく自己否定してました。 なので、転職回数が多くなってしまったし、今そのことが足を引っ張ってしまっています。履歴書にはただ仕事が続かない人としか見られないし、パワハラや病気で辞めたなんて言えませんし。 中には良い上司がいたところもあり、その時は長く続いてましたね。しかも、その人に頭を叩かれたこともあるんです!でも、なぜか嫌ではなかったんですよね。ちゃんと自分のこと思って言ってくれてるとわかってたから。間違ったことは私に謝罪してきたこともあるし、私のために他の人を注意したり庇ってくれたり、食事に連れて行ってくれたり、とにかく良くしてくれた人で、人生で唯一尊敬してる人でもあります。でもそういう人はごく稀。 お話したような上司が多かったです。 年齢的にももう次は逃げられません。だからこそ、当時どうしたらよかったのかなって。それが分かれば、今後似たような上司がいても怖くないので。
- 1
- 2
お礼
KZ1105A1さん さすがにそうですよね。若い時だったというお話ですね。 でも、自分の心が壊れて病気になって働けなくなって無職になるくらいなら、他にできることはあっただろうなとは思います。 私の対処法は我慢して耐えることだったんです。これ以外方法がなかったんですよね。1番上手くやるための方法として。私さえ我慢してれば丸く収まるので。 だから、とにかくそこを強化していかに限界まで我慢できるか勝負になってましたね。 でも、実際は我慢するたびに私の何かが確実に壊れてたみたいです。他人を傷つけることはないけど、自分を傷つけてたのは自分だったのかもしれません。 お寺も良いですね。でもほんと生きること自体が修行のような感じがしますね。これは死ぬまで一生続くもの。 生きるって苦しいことですからね。でもそんなんかで少しでも自分が成長できてるなら、それが幸せと言うのかもしれません。