神輿の担ぎ手が手を離したら、神輿は落ちます。明治維新で新政府軍が徳川幕府軍に勝ったのは錦の御旗を掲げて官軍となったからです。豊臣秀吉が関白になれたのも天皇・公家に媚びを売ったからです。いま、民主主義の世の中で神輿を担ぐメリットが国民にないということなら、負担減の方向に向かうかもしれません。皇室との関係を謳い文句にしている寺社・御用達の老舗などは擁護派でしょう。関係がない人はどうでもいいようですけどね。
費用負担は確かにありますが、それは「定性的」に『負担がある』と言ってるだけで、税負担の何%が皇室維持費かで検討するのが「定量的」なものの見方です。1年間の国の予算100兆円、うち25%が国債費で、残り75兆円のうち250億円がそれだとすると0,03%です。国税で10万払ってる人で言うと30円か?、エッ、30円のことを負担負担と騒いでいることになりますね。他にも地方税・健康保険・年金という分母が増えると、もっと比率は下がります。
外国向けの広告宣伝費だと考えると非常に安いわけですが、プラス効果が無くて、むしろマイナスだとなった場合は世論が擁護しなくなるでしょう。その点、
今上陛下は日本が「世界各国と協調し、平和を希求している」「先の戦争を忘れずにいる」という姿勢を体現されているように思います。
現在の象徴という立場には権力が無いのです。それどころか国民の権利さえないのです。大日本帝国憲法下では統帥権があった訳ですが、戦争反対の意思を表すのに和歌を詠むくらいしかしないという歴史的にお飾りだったのです。なんせ、担がれてるお神輿ですから。
荘園も持ってない、英国王室みたいな御用達ロイヤリティもない、資産は売れる代物ではない、古墳となっている先祖の墓は守らなくちゃならない。それで、こんなに働いてるのに国民は担ぐ手を離そうとするわで、僕が皇族なら『やってられるか』と怒っちゃいます。
「尊敬しなければならない」という雰囲気、無言の圧力が嫌いなだけでしょ?。そういうひとは、親がそういう圧力を掛ける人だったから嫌いなのだと思います。恩着せがましい親、罪悪感を持たせて操ろうとする親、という❝操作的な親❞だったんでしょうね。僕だって嫌いです。
「一生感動 一生青春」で、‘相田みつを’が父として、子どもに あるがままを受け入れ、自分の意志と判断で問題に対応できる知恵と力をつけてやることが大切として、予防接種のことを話しています。
注射は痛い・・痛いけれどやらなければ大きな病気になる・・
避けては通れない・・我慢して耐えること・・
その我慢は他からの強制や、‘痛くない’とだまされてするものではない
・・子ども自身の判断と意志で本心から納得して我慢をする・・
積極的な我慢こそ長続きする・・
5~6才の娘へのことばです。
「わんわんと大声出して泣いてもいいし、
泣かないでじっとガマンしてもいい。
どっちでも自分の好きでいいよ。
それからね、
大声出して泣いてもね、じっとガマンしてもね、
注射の痛さには変わりないんだからね。
そこをよく考えるんだね。」
「一生感動 一生青春」より
こんな風に育てられたかったなぁ。
また、ふつうは雲の上の人のことなんて意識しないんじゃないかと思います。それよりも自分のこと、もっと身の回りの現実に関心を持つと思います。何か問題を抱えているのではないですか?。貴方をそう見る見方が多いと思いますよ。
お礼
御前会議で戦争を止めたことばかり評価されてますけど、 そもそも開戦を止めてほしかったですよね。 どうせ勝てない戦争でしたし、