「熊が可哀想」と言う人は、心の底からそう思っているわけではありません。もしも、本当に熊のことを思うのなら、熊が飢えたりして、人家の近くにやってこないように、そしてハンターに打ち殺されないように、すぐに行動するはずです。その人は、何か行動を起こしましたか?文句を言っただけで何もしていないのではありませんか?
それならば、「熊が可哀想」というのは、単なる思い付きから発せられた言葉であって、いいかげんな出まかせの言葉でしかないと思います。
また、「自分の大切な人が熊に殺されたらどう思う?」とか「あなたは自分の大切な人が熊に殺されても平気なの?」という言葉も、まったく本質を見誤った「熊が可哀想」と言った人と同程度の感情での言葉だと思います。なぜならこの言葉は熊と人間がどうあるべきかについて全く考えられておらず、「熊が可哀想」と言った人を攻撃するためだけに使われているにすぎないからです。
よって、質問に挙げられた言葉を発した人たちは、ろくに深く考えることをせずに、単に思い付きや、その時の感情だけで言っているにすぎないと思います。
熊は一度人間を襲って、その肉の味を覚えたら、何度も人間を襲うようになります。特に柔らかい女の肉は熊の好みであり、特に妊婦などは、絶好の餌となるのです。かつて北海道のある村で、熊が人を襲い、村人が何人も犠牲になったことがありました。熊を目の前にした妊婦が「腹の子だけは食い殺さないでくれ」と泣いて頼んだそうですが、クマに人間の言葉が通じるわけもありません。その妊婦は子供と一緒に食い殺されてしまいました。村人たちは力を合わせて、熊を駆除しましたが、忌まわしい事件のあったその村は、現在は廃村となっています。
あなたは熊の恐ろしさを知っていますか?と、私は問いたい。