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脳の病気でマヒが残った高齢者さん
この間 ボランティアで介護施設に5人でお邪魔しました 私たちがする事は 5人で歌を歌って ゲームをして そしてそこの施設で暮らしておられる高齢者さんと楽しくおしゃべり が目的でした わたしとお話してくださったおじいさんは はじめは楽しい話をしてくださったのですが 病気の事を話されマヒが残ってしまった事 医者からも 諦めて下さい リハビリをして悪くならないようにを維持しましょうと言われた事を話して下さりました 高校生のあんたらにはわからんやろうけど こんな姿で人前に出るのも恥ずかしい… 正直 なんのために生きているかわからん…と どう答えればいいのかわからないお話をされ 聞いていて辛かったです 私のおじいちゃんは よく口癖で もし病気になっても 迷惑かけるだろうけど施設にはなぁ…あまり入りたくない 足が悪くなろうと 手が悪くなろうと はってでも動けるなら 自分で庭に出て 外の景色をみたり 花や鳥をみて楽しみたい とよく言ってました そんなおじいちゃんが交通事故に巻き込まれて亡くなりました まだまだ元気で旅行に行っていた時の事故でした… 私は 死にたくてもこの体じゃ 自殺もできない と言ったおじいさんに 家族の人は 生きてくれていてありがとうって思ってますよ 家族みんなの支えがあって ここまでよくなられたんだから そんな悲しい事言わないでね と言いました だって私は 当時 病院に運ばれたおじいちゃんにどんなおじいちゃんであっても生きていて欲しいって思ったし もしかしたら私や家族のこともわからないおじいちゃんになっているかも と言われたけど やっぱりどうしても生きていて欲しいって願いましたが おじいちゃんは残念だけど亡くなりました 自殺したくてもこの体じゃ自殺もできない って言葉はすごくショックでした… 報告レポートを書くのが気が重いです そんな方にどんなことばがけをして差し上げたらよかったのか ずっと考えてしまいます… 当たり前に学校に行き 友達と笑いながら歩いて 家族と買い物や外食に出かけて… 当たり前の事みたいに思っていた自分が情けなくなりました
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- murayamakun
- ベストアンサー率41% (7/17)
あなたの対応に間違いはありません。 歳をとって自分の身体が思うように動かなくなると、ネガテイブな感情がわき出てしまうことはよくあります。 恐らくその人は自分には生きている価値がないと本気で思っています。 あなたは本心で、その人が生きている意味を伝えることができたんですね。 とても素敵です。 プロの介護士はそのような人達の対応には慣れてきますが、時間をかけてゆっくり話を聞いてあげることは難しくなってきます。どうしても効率よく仕事をこなすことが優先になります。 あなたにしか出来ないことをしたという自信を持ってください。その人はちゃんと救われているはずですよ。
- nekosuke16
- ベストアンサー率24% (903/3668)
いやいや、立派だと思いますよ。 今回訪問されたご老人を含めて、高齢者達は長い長い歳月を生きる中で、高齢になるにしたがって、徐々に体力は衰え、記憶は薄れ、または、病に冒されながら、その度毎に何かを思い、考えながら、また、ある年齢を境に死を意識し始め、そう遠くない未來に必ず訪れるであろう現実に折り合いをつけながら生きています。 そして、仕事を離れ生活の大半を「生きること」のみに費やす年齢に達した時から、未来は失われ、思い出や人の顔などの過去の記憶だけを頼りに生きていきます。 そして、自分自身の全てを理解した上で、過去という一方的な記憶だけが残る状況の中で、その記憶さえ徐々に失われていく。 「どんな言葉掛けをしてさしあげる」 言葉を掛けてあげることも大切かもしれませんが、まばたきもせず遠くの一点を見つめながら語る言葉に、ただ頷きながら、静かに耳を傾けてあげることが大切だと思いますよ。 何も求めない精神に、ただ寄り添ってあげることで十分だと思います。
- SPS700
- ベストアンサー率46% (15297/33016)
質問者さんの心情、実に尊いと思います。これを読んだだけで、どこか遠くのおじいさんは、たいへん幸せにお感じになったことでしょう。 当たり前に学校に行き、友達と笑い合う、と同時にお年寄りのことも考えてあげる、これは高校生にはとても恵まれた心の広さだと思います。感心しました。
- yuyuyunn
- ベストアンサー率41% (20359/48650)
こんばんは 事実ではあるんですけど 病気の後遺症で鬱状態になって居る場合もあるんです それでこういう会話になる場合も 波がすごく大きくて何でもない時もあれば すぐ死んじゃうようなことを言ったりする 家族もにも手に負えないことがあります ここで目の前にある事だけではなく 色んな事を考えてください 本人もつらいんですけど 家族もつらいです、病人が家族にいることと居ないことではまったく違うんです そして事故とはいえおじいさんが老後や介護に直面せずに亡くなられたことはある意味幸せです 年寄りはよく言うんです「ぴんぴんでコロリがいいって」 本当なんですよ、介護の施設とは言いますが 家族や身内は介護の素人なんです 資格を持つている家族がいればいいですが 精神的な負担や、体力的な問題、それで慣れないことをするのは 実際相当な大変なことです 愛情がある、情があるなしではできないことなんです これは根本的に医療が命を救う。と言うのを土台にしているので 救急車で運ばれたり、病院に行くと命を救う方向に全力を尽くします 年齢性別、貧困など関係なくですよね これが医療の基本なんですが これが今日本の医療費を圧迫して居ます なんで介護施設がこんなにできて居るのかと言うと 病院が満杯で出来れば年を取った人に早く病院を出てほしいからです 120日とかルールができて居て これ以上よくならないと分かると病状が安定していなくても退院か転院です これがおじいさんが話された「医者からも 諦めて下さい」です リハビリ病院に転院してリハビリをしたものの「リハビリをして悪くならないようにを維持しましょう」なんです これが現実なんですよ すべて法律で決まってきてこの流れになってきました 実際介護施設に住居されている方でその方たちが決めた政治家の方 当選させた方々がこういう風にしているんだと思うと ちょっと皮肉ですよね こういう弱い立場の人たちもいる こういう考え方の人もいるという人を見ていただいただけでも 凄い勉強になったと思います 実際私の家族も施設に住居していて家族に質問者さんが会いに行かれたのかと 勘違いするくらいでした 私は身近にそういう状態を見て居るので 落ち込むこともないですし家族をちゃんと見送ってあげなければ。って気持ちだけです 心構えができてきましたね そして介護の現場にいる方ってみんなすごいと思います そして自分が介護を受ける時代になると もう施設に入居するのは無理だと思うので(介護人口多くなって居ますので) 質問者さんたちの年齢かそのお子さんたちに介護をお願いすることになると思います それを考えるとぽっくり亡くなられたらな~。と願うんですよ 長々すいませんでした ボランティア素晴らしいですね そのおじいさんももう寝て居ますけど チョットした時に質問者さんたちのこと思い出しますよ あのお嬢さんたちを話せてよかった。って