「目黒のサンマ」という落語の落ちを説明するのは風流じゃない
んですけどね(苦笑)
元々「お殿様の健康を極度に心配したお城の料理人が、せっかくの
サンマを"油が抜けるまで蒸して、かつ冷まして"食卓にだしていた」
という「前提の話」があるんです。ここで、その「サンマの特性を
無視した問答無用の料理方法」で笑いを取るんですが。
で、お殿様が気まぐれで「鷹狩」に行くんですね。で、現地で何も
取れず(当然ひ弱な殿様なので、何も取れるはずがない。ここでも
そのへたくそぶりが笑いになる)、雨にも降られて、農家で雨宿り
をするんです。
で、そこで焼かれていたのが、当時でも「大衆魚」として安く売ら
れていた旬のサンマ。当然、脂の乗った焼きたてのいい匂いがする
わけで、おなかをすかせた殿様が「所望して」それを食べてしまう
わけです。ちなみに「内陸の農家が買える」サンマですから、イキ
も大したこともなく、サイズも小さかったことでしょう。このへん
の家来と農家と殿様のやり取りも面白いところなんですが・・・。
「脂の抜かれた冷めたサンマ」しか食べたことがない殿様は、お城
にかえって「サンマ」をまた所望するわけですが、せっかく生きの
いい大きなサンマを持ってきたのに、見るも無残な料理に化けて
出てくるわけで、殿様が一言「やはりサンマは目黒に限る」でオチ
になるわけです。
「取れるはずのない、手に入っても生きがいいはずがない内陸の
寒村(当時は鷹狩りに行くくらいの超田舎だったんですよ>目黒)
を名所と勘違いする無知な殿様を笑い飛ばす」のが狙いの落語です。
転じて「訳が分かってないのに知ったかぶりする」ことを「目黒の
サンマ」と言うようになったというわけです。
江戸期の落語が言葉のもとになっている言葉って、結構ありますよ。
それだけ江戸期の落語は庶民の芸能だったわけです。
お礼
ありがとうございました。