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トリビアでの「走れメロス」について
さきほど、トリビアの泉を見ていました。 そこでは『走れメロス』は太宰が実体験を小説にしたような話となっていました。 これは有名な話ですから、全国で多数の方が不思議に思われたはずです。 太宰はこのストーリーにおいて自らはほとんど創作していない、という点がまったく無視されていました。 いくら「トリビア」でも、それが歪曲されたものとなってしまってはいけませんよね。 それとも、「トリビア」とは、嘘でもネタとして面白くなりそうならばいい、 ということなのでしょうか? http://www.tulips.tsukuba.ac.jp/memb/hayashi/meros.html http://www.takenet.or.jp/~ryuuji/mother/mls/
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その日のトリビアの泉を見ていないので、何とも言えないのですが、太宰治が借金で苦しんでいたというのは事実だったと思います。ただ、それが元になったとはあまり考えられませんが。走ってたときにこのことを思い出したとか? >「トリビア」とは、嘘でもネタとして面白くなりそうならばいい、ということなのでしょうか? そういえば「山形県 孫様」と書けば『孫』を歌った演歌歌手の大泉逸郎にハガキが届くというトリビア。あれが、「ヤラセだ! あのハガキは替え玉だ!」とかいって話題になったことがありましたねェ。今回ももしかしたらそんな感じ何じゃないですか? そして一番可哀想なのが、その事を知らずにへぇボタンを連打してるパネラーだと思います。
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- TK0318
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トリビアの場合、「そういう説がある」というのがまれに混じっています。「そういう説」ですから嘘ではないです。 そものも今回の場合「太宰はこのストーリーにおいて自らはほとんど創作していない」が実際正しいかどうかも説の1つであって(#1で書いてあるように本人が嘘を書いたとも考えられる)この話の製作自体明快な回答は出ないと思いますが。
お礼
ご回答ありがとうございました。 「そういう説」というのは分かりますが、 この場合は明らかに作為を感じます。 #1さんへのお礼を参照してください。 どうでしょう?
- jj3desu
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太宰治は一流の作品をデフォルメして作品を作る傾向があったそうで「走れメロス」の末尾には、 「古伝説と、シルレルの詩から」と書かれているようです。(シルレルはドイツの劇作家) 本人が末尾に書いたこと自体がフィクションとも考えられますが、確かに「借金で走り回った経験」というのはなんだか変ですね。
お礼
もちろん、原作も有名な話なので、知っています。 何年だったか忘れましたが、1798年あたりのはずです。 原作は、メロス(稿によっては違います)が王を暗殺しようとして捉えられるが、妹の結婚式に出席するために三日間の猶予をもらい、その間に友達を「担保」(人質)として預けて、急いで往復し、友人と抱き合い、 王もそれに感動して「仲間に加えてくれ」と、 三人で抱き合うという話です。 どうみても、ほぼ踏襲した内容のように思えません? ありがとうございました。
お礼
ご回答ありがとうございました。 やはり以前にもこのような事があったんですね~。私はその事件を知りませんでした。 パネラーの方々には確かに気の毒だと思います。 だけど、社会的な影響力を考えますと、何か怖い、 と思うのは私だけでしょうか・・・